235話 ご褒美
「終わった~」
「お疲れ様、凄い量だな」
宿の裏にある少し広い場所を借りて洗濯物を干したのだが、その量はちょっと凄い。
「ずっと洗えてなかったですからね。宿のベッドシーツもあったし。それにしても腕がやばい」
ドルイドさんはクリーン魔法が使える。
ただ、彼はクリーン魔法が体に合わないのか使うと凄い量の魔力を失うらしい。
そのため、洗濯は私と一緒で手作業。
といっても、彼は片腕なので洗う事や絞ることは出来ない。
だから私が一緒に洗った。
彼は汚れた水を換えたり、洗い終わった洗濯物を干したりなど出来ることをしてくれたのだが。
「悪いな」
ドルイドさんの声が沈んでいる。
ものすごく沈んでしまっている。
「大丈夫ですって」
片腕を失ってからオール町では、町にあった洗濯屋に出していたらしい。
洗濯屋はクリーン魔法が得意な人が開いているお店。
お金が必要になるが、お世話になっていたらしい。
と言うのも、旅の途中で洗濯をしようとした時にドルイドさんがクリーン魔法を使わない事を知った。
そこから、洗濯はどうしていたのか訊いて初めて洗濯屋というモノがある事を知ったのだ。
この村にも洗濯屋はあったが、ドラさんに訊いたら止めた方がいいと言われた。
服が破れて返ってくるなど、かなり評判が悪いらしい。
それでも洗濯物の量を見て私が洗うのは申し訳ないと、彼は洗濯屋に出そうとした。
が、止めた。
私は洗濯がそれほど苦ではないからだ。
と言うか、汚れが綺麗になるのは見ていて気持ちがいい。
それに、破れて返ってきたら悔しすぎる。
とはいえ、作業はそれなりに大変だったのでドルイドさんが落ち込んでしまった。
私としては、この干してある光景を見て気持ちがすっきりしているのだが。
だってものすごく『達成感』がある。
でもドルイドさんは、私に洗濯を全て任せたことを後悔している。
あまり負の感情を表情に出さないドルイドさんが、パッと見ただけで分かるほど落ち込んでいる。
次は、知らない間に洗濯屋に行っちゃいそう。
ん~、どうしたらいいのかな?
……あっ、ご褒美!
「ドルイドさん、ドラさんがお薦めしたお菓子のお店に連れて行ってください!」
「えっ、あぁ確かドーナツの店だったか?」
私の急な話にちょっと困惑気味だけど、気にしない、気にしない。
「そうですドーナツです。今日のご褒美にドーナツ!」
「ご褒美?」
「私、頑張りましたよ!」
大丈夫と言っても気にするなら、ここはお礼をもらう作戦に変えよう。
その方が、ドルイドさんの気が紛れるかもしれない。
たぶん、きっと紛れてくれるだろう。
「分かった、美味しいとドラが言っていたからな」
あっ、笑った。
良かった。
ドラさん曰く、この店のお菓子は他より少し高めらしい。
……ものすごく高いとは言っていなかったから大丈夫のはず。
ドラさんに金額を聞いておけばよかったな。
「25種類あると言っていたな」
「はい。何を食べようか楽しみです!」
「よし、ご褒美なら25種類全て買おう」
「へっ? 25種類?」
「あぁ」
少し高いお菓子を25個?
思っていたより、豪華なご褒美になってしまった。
ドルイドさんを見ると、さっきまでのちょっと暗い雰囲気がなく楽しそうに笑っている。
まぁ、いいか。
「一緒に食べようね」
「アイビーのご褒美だよ?」
「一緒に食べた方が美味しいですよ、きっと。それに、25種類の制覇は次の機会でも十分だし」
「そうだな、別に今日ではなくてもいつでも買えるからな」
「いつでもは、駄目ですよ。ご褒美なんですから、何か頑張った後でないと」
「そっか。……次もよろしくな」
「任せてください」
ちょっと胸を反らしてどんと叩く。
と、タイミングよくお腹が鳴く。
恥ずかしい~、でも。
「ドーナツを想像してたらお腹が空きました」
朝ごはんを食べて休憩したあとからずっと洗濯物と格闘していた。
たぶん1時間以上。
お昼には早いかもしれないけど、運動量から言えばお腹が空いてもしかたないと思う。
「ぷっ、ハハハ。今から行くか?」
「なら、すぐに行きましょう。ドルイドさん、ドーナツが私たちを待ってるよ」
嬉しい、久々のお菓子!
頑張った時など、自分へのご褒美としてお菓子を買う事があった。
もちろんその時は、安いお菓子だったけどそれでも十分幸せで。
でも旅に出てからは甘味と言えば果物。
それも贅沢なのだけど、やっぱりお菓子が食べたくなる。
なのに、ハタウ村についてからまだお菓子を食べられていない。
甘味と言えば、昨日の甘いスープ。
あれはお菓子ではないし、甘味はあったが美味しくはなかった。
なので正直、お菓子に飢えていた。
だからいつもより嬉しい。
ドラさんのお薦めの服屋は当たりだったし、ドーナツ屋も期待できそう。
ソラたちを部屋に迎えに行ってから、ドーナツ屋に向かう。
「洗濯は終わったのか?」
宿を出ると、ドラさんが玄関を掃除中だった。
「はい、だからドーナツです」
「ドーナツ?」
あっ、気分が高揚しすぎておかしな受け答えになってしまった。
「俺の洗濯物も全てやってくれたのでご褒美です」
「なるほど。確かにあそこのドーナツは褒美に良いと思うぞ」
「今から楽しみです」
あ~、本当に楽しみだ。
「今日はいつ頃戻ってくる? パンは食堂に置いておけばいいか?」
「ドーナツ屋に行って、ギルドに行って服屋で服を受けとるだけなので、夕食の時間帯には戻ってきます。パンは食堂でお願いします」
「了解。アイビー、『ここら』と言うドーナツが俺の一番のお薦めだ」
「『ここら』ですね。ありがとうございます」
仕事に戻るドラさんにお礼を言って、大通りに向かって歩く。
ドラさんの説明では少し奥まった所にあるお店だそうだ。
「えっと、大通りを3つ……2つ目?」
「門に向かって2つ目の角を右だよ」
ドラさんに聞いた道順を思い出していると、ドルイドさんが答えてくれる。
彼はしっかりと道順を覚えていたようだ。
よかった。
これで迷子にならずにお店に辿り着ける。
「で、角を曲がって3つめの角を左」
「了解!」
ドラさんがお菓子の話をしている時、一緒に道順を聞いたのだけど想像以上に覚えていなかった。
それにちょっと動揺しながら、ドルイドさんを頼りに道を進む。
「どうした?」
「いえ、道順を覚えていなかったことにちょっと衝撃を受けて」
「珍しいな。あっ、道順よりドーナツの方に意識がいっていたとか?」
道順よりドーナツ?
そう言えば、どんなドーナツがあるのか、今まで見てきたドーナツを思い出していたな。
……えっ、本当にドーナツの方に意識がいっていたの?
幾らお菓子に飢えていたからって……。
「……えっ、当たり?」
「へへっ」
あ~、何かがばれたような心境でものすごく恥ずかしい。