234話 はずれだったのか
「お帰りなさい」
「ただいま」
「ただいま帰りました」
宿に戻ると店主のサリファさんが出迎えてくれた。
「お店はどうだった?」
「えぇ、とてもいいお店を紹介していただきました。いろいろ買えたので大満足です」
ドルイドさんが嬉しそうに話す様子に、サリファさんも嬉しそうに笑顔になる。
「そうでしょ? ドラってこの町のお薦めのお店に詳しいから何かあったら聞いてね」
あっ、スープの事を聞いても良いかな?
「あの、この村の屋台はスープが多いのですが昔からですか?」
「いいえ。数年前にスープ専用のソースが販売されてね。それから増えたのよ」
スープ専用のソース?
という事は、みんなあの甘い味のスープ?
「もしかして食べたの? 最近は、はずれのお店が増えたってドラが言っていたんだけど、大丈夫だった?」
はずれの店?
もしかしてばっちりそれにあたったのかな?
「えっと、独特の味でした」
「はずれだと思います」
ちょっと濁して言ったのに、ドルイドさんが正直に言ってしまった。
彼はスープを食べたあと、顔色が悪かったもんね。
はずれだと言いたい気持ちは分かる。
「あらら、はずれは相当だと聞いているけど、大丈夫?」
「えぇ、とりあえず」
「そうよかった。あっ、今日から1週間の夕飯は要らないとドラに聞いたけど間違いない?」
「はい」
今日の朝、1週間夕飯は要らないと伝えておいた。
あっ、いろいろあって食材を見に行くのを忘れてしまった。
まだマジックバッグの中に食材があるからいいけど、雪が降る前にある程度確保しておかないとな。
「あのね、ちょっとお願いがあるのだけど」
「なんですか?」
サリファさんのお願いに、ドルイドさんが首を傾げる。
「分量を間違ってパンを大量に作りすぎちゃったの、要らないかしら? 安くしておくから、お願い!」
パン?
「白パンですか?」
「あっ、今日は木の実を混ぜ込んだパンなのだけど」
白パンではないのか、それは残念。
でも木の実を混ぜ込んだパンも美味しそう。
「ドルイドさん、買ってもいい?」
パン好きなので欲しい!
ドルイドさんも私のパン好きは知っているので、笑って頷いてくれた。
「では、頂きます」
「ありがとう。何を思ったのか30人分作っちゃって」
30人分?
宿にはたしかお客が14人で店主さんたち2人、私たちを入れても18人だよね。
「他の事を考えながら作っていたら、またやってしまって。ドラにばれたら怒られちゃうわ」
また?
少しおっちょこちょいなところがあると思ったけど、少しではなく結構なのかな?
なんだか可愛らしい人だな。
「サリファさん」
「はい?」
「夕飯は自分たちで作りたいのですが、パンだけをお願いする事は出来ますか?」
えっ、パンだけ?
それが出来たらすごく幸せ。
ドルイドさんの提案に、ワクワクしながらサリファさんを見つめてしまう。
「もちろん! うれしいわ~、色々と味も試せそうだし」
やった!
パンが毎日楽しめる!
「では、お願いします」
サリファさんと別れて部屋に戻る。
気分は最高に良い。
「ドルイドさん、ありがとう」
「ん? あぁ、パンのこと?」
「うん。毎日とか贅沢すぎる」
「『こめ』も食べたいから忘れずに」
「それはもちろん」
部屋に戻り、ソラたちをバッグから出す。
「ごめんね、遅くなって。ポーションを置いておくから食べてね」
ソラたちのポーションを用意している間、ドルイドさんが色々なアイテムを部屋に設置していく。
声が外に洩れないアイテム、部屋に誰かが侵入しようとしたら音がなるアイテム。
そして、購入してきたマジックボックスを開けてバッグからポーションなどを移動する。
「アイビー、登録するからおいで」
「は~い。ゆっくり食べるんだよ」
ソラたちのポーションを並べ終えてから、ドルイドさんの傍による。
マジックボックスの蓋の内側がうっすらと光っている。
「この光に掌を翳してくれる?」
「うん。なんだかドキドキする」
「ハハハ、痛くないから大丈夫」
光りに掌を翳すと、光の線がスーッと右から左に移動する。
「はい、完了」
「これで?」
「そう、登録完了」
特に何かを期待したわけではないけど、もう少し何かがあってもよかったような。
「アイビー、俺も登録していいか?」
「えっ?」
ドルイドさんがおかしなことを言ったので首を傾げる。
そんな事は私に訊く必要など全くないのに。
「いや、このポーションや魔石はアイビーが貰った物だから」
「違いますよ、2人が貰った物です。だからドルイドさんが自由に使っても問題ありません」
「そうか」
彼はおかしな所で遠慮をするな。
どうしてこの遠慮が服を選ぶときには、まったく出てこなかったんだろう。
不思議だ。
「よし、あとここにいれたい物はあるか?」
「無いよ」
ボックスの中を見る。
光り輝いているポーション10本。
そして黒光りしているおそらく黒の宝珠。
そして黒石が多数。
透明度の高い赤い魔石。
なんだか、凄い迫力だな。
スッと視線をずらして静かに蓋を閉める。
「かちっと言う音がしたら鍵がかかった音だから」
蓋を閉めただけでは音がしないので、そっと蓋を押してみる。
カチッと音が耳に聞こえたので、これで鍵が作動したようだ。
「問題はこれだな」
そう言ってドルイドさんが持ったのは偽装付のマジックバッグ。
私が首を傾けると。
「何処に置いておこうか?」
「あっ、置く場所か」
偽装機能がついているので、見た目は誤魔化すことが出来る。
が、触ったり上に乗ったりするとばれてしまうらしい。
「触らせないためにも、本棚かなやっぱり」
部屋の中には空っぽの本棚がある。
細身で高い棚なので、バッグを入れておくには最適だ。
「偽装機能があるならだれでも考える場所だから、何かあったらすぐに調べられませんか?」
「……確かに、それは言えるな」
といっても他に良い場所はないのだけど。
部屋に備え付けられている棚の扉を開ける。
シーツやタオルなどが綺麗に並んでいる。
「ドルイドさん、こっちにしませんか?」
「そっちの棚か?」
「はい、詰め込まれているわけではないので、バッグなら余裕で入ります」
でも、この棚もありきたりかな?
気持ち的には扉があるから備え付けの棚の方がいいのだけど。
「あっ、そうだ」
ドルイドさんが何か思いついたのか、ソラたちの方へ視線を向ける。
「ソラ、フレム、シエル、偽装機能の付いたバッグは何処に置いておくのがいいと思う?」
食事が終わって伸びをしていたソラ。
何故か一緒に伸びをしていたシエル。
既に半分寝かかっているフレム。
それぞれがドルイドさんの手に持っているバッグに視線を向ける。
そして、3匹同時に2個あるベッドの間にある棚に飛び乗る。
「そこ?」
ドルイドさんの言葉に、3匹がそれぞれ揺れる。
今まで全く候補に挙がっていなかった場所なんでちょっと困惑してしまうが。
「3対2なのでその棚だね」
「だな」
マジックボックスをバッグに入れて、3匹が指定した棚に置く。
棚には小さな灯りがあったので少し移動させる。
「さて、機能を作動させるからバッグに手を置いてくれるか?」
マジックバッグの機能を動かす場合、ボタンを押す時にバッグに触れていた者は除外となると聞いた。
なので、バッグに手を当ててドルイドさんが機能のスイッチを押すのを待つ。
初めてなのでワクワクする。
「よしっ」
えっ、終わり?
ドルイドさんの言葉に首を傾げる。
でも、彼の様子から機能は動いたようだ。
ただ、目の前のバッグに変化は見られない。
「これって本当に他の人には見られないんですか?」
バッグから手を離して少し離れた所から見てみるが、しっかり見えている。
まぁ、触った状態でスイッチを入れたのだから当然なのだけど。
「ん? ちょっと止めるな」
ドルイドさんがスイッチをもう一度押して機能を止める。
「アイビーはそこにいて、スイッチ入れるからどうなったか教えて」
「うん」
バッグに触っていないので、この状態で機能を発動させれば見えなくなるはず。
ドルイドさんがスイッチを押した瞬間、スーッとバッグが視界から消える。
「うわ~、凄い! ドルイドさん、本当に消えた!」
「見えなくなった?」
「まったく見えない」
「なら大丈夫だな」
バッグが置いてある棚に近づいて手をバッグがあったあたりに置いてみる。
見えないのに何かが手に触れる感触。
『お~』と感動すると、ドルイドさんに笑われてしまった。