227話 外套を探そう
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
『あやぽ』の店主に見送られながら、宿を出る。
大通りに向かって歩いていると、冷たい風が通り過ぎる。
「うわっ、寒いな。やっぱりこの格好では駄目だな」
「そうですね。さむっ」
ドルイドさんと私が上から羽織っているのは、秋口に着る外套。
ある程度の寒さなら対応できるはずなのに、今年の冬は全く役に立たない。
本当に寒すぎる。
「お店の場所は、大通りを門に向かって2つ目の角を左だったよね?」
宿の旦那さんに聞いた、マントやコートなど外套が揃っているお勧めの店の場所。
「あぁ、その道順であってる」
元冒険者の旦那さんが、この店だったら間違いないと言っていた。
今から楽しみだ。
「ここでしょうか?」
「ここだと思うが……」
冒険者ご用達のような無骨なお店を想像していたが、扉の取っ手にまで拘りが窺えるオシャレなお店。
外観だけで判断するなら、冒険者が来る店ではないような気がする。
「曲がるところを間違ったのかな?」
「大通りを門の方向に向かって歩いてきたよな?」
「はい」
宿のある通路から大通りに出て、間違いなく門に向かって歩いてきた。
「で、2つ目の角を左」
1つ目を通り過ぎて2つ目の角を左に曲がった。
そして角から5番目のお店。
教えてもらったお店の名前は『シャル』。
お店の看板にも『シャル』の文字。
「お店の名前もあっているからここなんだろうけど。予想していたような店ではないな」
旦那さんが教えてくれたとは思えない店構えだ。
旦那さんはおおらかな人柄だが、見た目は強面だ。
「そうですよね」
こんなオシャレなお店にきたことがないので、正直入りづらい。
そもそもこんな薄汚れた状態で入って大丈夫なのかな?
「どうした?」
「いえ、こんなお店に入った事が無いのでちょっと」
「無いのか? 今まで服は冒険者の店で買っていたのか?」
そこにはあまり触れられたくなかったな。
「……捨て場でまだ着られる服を拾って、いろいろ直して着てます」
「そうか」
ドルイドさんが何か考え込んでしまった。
やっぱり捨て場で拾った服は駄目だったかな?
「よし、入ろう」
何だろう、ものすごく嫌な予感がする。
「ドルイドさん、何をするつもりですか?」
「アイビーの服を買おう」
「コートとかマントですよね?」
何だろう、ものすごくいい笑顔なんだけど!
「いや、服一式だ」
「いいです、要らないです」
「アイビーも女の子なんだから、オシャレしないと」
「冒険者だから、オシャレはあまり関係無いと思う」
「そんなことないぞ、女性の冒険者だってオシャレはしている」
確かに綺麗な人たちはとてもおしゃれだ。
でも、それは綺麗な女性がするからいいのであって、私では無駄だろう。
「あの本当に」
「最近のアイビーは、ふっくらとしてきたし髪が伸びてきて可愛らしいから、きっと何を着ても似合うと思うぞ。オシャレをしたら、もてること間違いなしだ。……いや、もてる必要は無いな」
えっと、ドルイドさん?
えっ、私太った?
自分では気が付かなかったな。
それにしても髪が伸びたぐらいでは、それほど見た目など変わらないと思う。
だから、もてる事はないので心配する必要は無いだろうに。
あっそう言えば、ラットルアさんたちも私を可愛いって。
でもあれは、お世辞だよね?
あれ?
でも成長すると1人旅では危なくなるからって……。
「可愛すぎるのは駄目だな。変な男を引っ掛けて来ることもある。まだ娘はやらん!」
「いや、ドルイドさん。絶対にそんな事起こりませんから。と言うか何の話ですか?」
「アイビーを嫁に出すのはまだ早いと言う話だが?」
そういう話をしていたっけ?
「どうかしましたか?」
「「えっ?」」
店の前で、ドルイドさんとおかしな攻防をしていると声が掛かる。
どうやらお店の人が外に出て来てしまったようだ。
「あっ、すみません」
「いいえ、それより当店に何か御用ですか?」
「『あやぽ』の旦那に聞いてきたんですが、冬の外套はありますか? あとこの子に似合う服も」
止める前に言われてしまった。
「あぁ、ドラの紹介でしたか。ちょうど今年のお勧めが色々と入ってきたばかりなんですよ。どうぞ」
旦那さんの名前はドラさんと言うのか。
そう言えば、聞くのを忘れていたな。
お店の中は外観と同じく女性が好みそうな可愛らしい雰囲気。
そこに、色とりどりの服が並んでいる。
シンプルに見える服も、どこかポイントに刺繍などが入っているようだ。
可愛い物に囲まれてちょっとドキドキしてしまう。
「コート型がいいですか? マント型がいいですか?」
「まだ決めていません」
コート型は腕があるタイプで、マント型は腕が無いタイプだったよね?
旅をするならコート型の方が便利かな?
「それでしたら両方のお勧めをご紹介しますね。こちらがコート型で今年のお勧めです。これらは風を完全に防ぎますので人気ですよ」
お店の人が見せてくれたのは、薄い水色で長めのコート。
袖のところにファー、襟には刺繍が施された可愛らしいデザインだ。
サイズから見て、どうやら私に勧めてくれているようだ。
確かに可愛いけど、似合うのかな?
そう言えば、マジックアイテムのコートってこんなに可愛らしいデザインだったかな?
前に見たことがあるけど、もっとシンプルで機能面しか良い所がなかった気がする。
「こちらはマント型です。先ほど同様に風を通しません。こちらのマントの特徴はマント自体が熱を発生させるので、冬に洞窟や狩りに行く冒険者に人気です」
次に紹介されたのはマント、先ほどのコートより少し短め。
色は薄い緑で全体に刺繍が施されていてかなり凝ったデザインだと思う。
首元には大きいファーがあって温かそうだ。
しかも熱を発生させるらしい。
冬にはかなりうれしい機能だ。
ちょっと気になったので、値段を確かめて……手を離した。
5ラダル、金貨5枚とか絶対に無理!
「マジックアイテムのコートやマントは見たことがあるが、こんなにデザインが良かったか? もっとシンプルだった気がするが」
「魔物がドロップするコートやマントはシンプルですね。これは魔物がドロップした糸を使用して作った物です」
「糸?」
「はい。糸をドロップする魔物が5年ほど前に発見されまして、その糸を使って作っているんです」
「風を通さないと言う機能はどうやってつけているんです?」
「糸の特性です。ドロップされる糸には火や水を弾く機能を持った糸があり、それらを生かして作るとこのようなコートやマントになります」
なるほど、魔物からドロップされた糸が材料なんだ。
凄いな、糸だったら色々な物が作れそう。
「アイビー、このマントとか可愛いと思わないか?」
さらっと5ラダルのマントを勧めないでほしい。
金額を見ておいてよかった。
「高すぎます、駄目です」
って、なんでそんなに落ち込むんですか。
「あの」
「はい」
ドルイドさんが何か言う前に、納得いく値段の物を探そう。
「風を通さない機能付きで値段の安めの物ってありますか?」
「ありますよ」
「可愛い物がいいです」
「ドルイドさん!」
「ふふふ、少しお待ちくださいね」
お店の人に笑われてしまった。
「もう、旅に可愛いは要らないですよ」
「でもアイビー、この店に入ってから楽しそうだぞ」
「えっと、それはそうだけど」
確かに、ワクワクしている。
「楽しい気分にしてくれる物を持つのはいい事だよ」
そうなのかな?
「でも、高い物を持つと落ち着かない」
「それはあるな」
ドルイドさんも私も似たような金銭感覚だ。
やっぱり身の丈に合う金額の物を選ぼう。
うん、それが一番だ。