225話 ハタウ村に到着
風が吹く度に体温が奪われる。
「大丈夫か?」
風が吹いた時に震えたのを見られたのか、ドルイドさんが心配そうに訊いてくる。
口を開くと寒いので1回頷く。
「あと少しでハタウ村に着く。頑張れ」
予定より早くハタウ村に着く。
が、予定よりかなり早く寒波が来た。
いつもだったらまだ1ヶ月ぐらい余裕がある筈なのに。
嫌がらせだ~!
心の中で冷たい風に文句を言いながら足を速める。
それにしても、シエルとソラがグースを狩ってきてくれて本当に感謝だ。
ここ数日の冷え込み方は命に関わるという事で、3日ほど寝ずに歩き続けている。
睡魔に襲われるのはどうしようも無いが、体は軽い。
グースのお肉を食べると、疲れがスッと消えて体が軽くなる。
なので、歩き続けても速さを維持できた。
ただ、ものすごく眠い。
半端なく眠い、歩いていても目が閉じそうだ。
早くハタウ村に行って宿で思いっきり眠りたいです。
「あっ、あれですか?」
視線の先には門が見える。
「あぁ、ハタウ村に着いたようだな」
ドルイドさんの顔に安堵が浮かんだ。
きっと私も同じだろうな。
肩から提げたバッグにむかってハタウ村に着いたことを告げる。
「もう少しそこで待っていてね」
微かにバッグが振動する。
フレムは寝ているだろうから、ソラかシエルかな。
門番が私たちの姿を確認したようで、門を開けてくれる。
「こんにちは」
門番さんの声に驚いて顔を見ると女性だ。
初めて女性の自警団の人を見たな。
ただ、寒さ対策の格好のせいか姿からは女性だと分かりづらい。
「ありがとう、ハタウ村で冬を越す予定なのですが問題ないですか?」
ドルイドさんが商業ギルドのカードを出すので、私も急いでカードを出す。
「確認いたしますので、こちらにカードを翳してください」
門の横にある机の上に何かマジックアイテムが置いてある。
初めて見るアイテムだ。
ドルイドさんがカードを翳すと、緑に色がつく。
「お名前は?」
「ドルイドです」
彼が答えると、緑が点滅する。
「ありがとうございます。そちらの娘さんもどうぞ」
あっ、娘さんだって。
なんだかちょっと気恥ずかしいな。
それにしても髪を少し伸ばしただけで、男の子に全く見られなくなってしまった。
そんなに変わったかな?
「よろしくお願いします」
持っているカードをマジックアイテムに翳す。
ドルイドさん同様に緑の色がつき、名前を答えると点滅した。
「問題ないようですね、ようこそハタウ村へ。ではこちらが長期滞在許可証となります。名前を登録しましたので、他の方は使えません。ご注意ください」
白に緑の線が入ったプレートが渡される。
「ありがとうございます」
目を見てお礼を言ってから、頭を下げる。
女性の門番さんは少し驚いた表情を見せた後、綺麗に笑った。
「ドルイドさん、アイビーさん。宿は決めているのですか?」
「いえ、まだです。これから探す予定です」
「宿の条件などありますか?」
「アイビーがいるので、親子で安全に泊まれる中級レベルですね」
「では、大通り5本目の角を左に曲がると『あやぽ』と言う宿があります。女性の店主で宿は綺麗ですし、旦那さんが元冒険者でちょっと強面ですが、その分安心して泊まれますよ」
「そうですか、良い情報をありがとうございます。早速行ってみます。あっ、お風呂はありますか?」
「もちろんです」
「ありがとう。では」
「ありがとうございます」
この門番さん、凄くいい人だ。
これから探す予定だった宿の情報を頂けた。
深くお辞儀をして、ドルイドさんと宿を目指す。
「いい人だったね」
「あぁ、まぁきっとアイビーの対応が良かったから教えてくれたんだよ」
私の対応?
何かしたかな?
……考えるけど、何も思い浮かばない。
と言うか、眠い。
後ちょっとだ、頑張れ私!
「それにしても眠いな」
「はい。すぐに眠りたいです」
「宿に着いたらすぐにお風呂な」
「えっ、寝たいです」
「体を温めてから寝た方が、ゆっくり寝れるぞ」
「そうなんですか?」
「……たぶん?」
「ドルイドさん、たぶんって」
「いや、誰かがそんな事を言っていたような、気がするような?」
どっち?
でも確かに体は凄く冷え切っている。
冷えで頭も少し痛い。
お風呂で温まってから寝た方が、良く寝れるだろうな。
「お風呂で温まって即行寝ましょう。でも、お風呂で寝ないか心配だな」
「それは言えてるな。それにしても、もう少し冬の装備をしっかり準備しておけば、こんな寒い思いせずに済んだんだよな。悪いな」
「いえ、2人で考えて準備したんですから、謝る必要なんて無いです」
今の時期にここまで寒くなるなんて、思わなかったのだから。
「宿でゆっくり寝たら、冬のマントかコートの調達だな」
「うん」
教えてもらった5本目の角を左に曲がる。
甘味屋さんや、服屋の看板が並んでいる比較的静かな通り。
「あれだな」
ドルイドさんが指す方を見ると、看板に『あやぽ』の文字。
それにしてもちょっと不思議な名前。
何か意味があるのかな?
『あやぽ』の扉を開けて中に入る。
木のぬくもりを感じさせる綺麗な宿。
門番さんがおすすめするだけはある。
「いらっしゃい」
部屋を見渡していると、扉の奥から女性がでてくる。
年の頃は50代ぐらいだろうか?
穏やかな笑顔がどことなく暖かさを感じる人。
この人が店主さんかな?
「冬の間、2人部屋を借りたいのですが空いていますか?」
「えぇ、空いてますよ。冬の間という事はだいたい2か月ぐらいですかね?」
「寒さが完全に抜けたと判断出来るまでなので、2か月半ぐらいになるかもしれません」
「分かりました。朝食、夕食はどうします?」
「朝食はお願いします。夕食は、当日にお願いするか決めることは出来ますか? それと調理場を貸していただきたいのですが」
「朝食は了解しました。夕食がいる場合は、その日の朝に言ってくだされば用意できますから。あと、自由に使える調理場を2階に作ってあるのでいつでも使ってください。ただし火の管理はしっかりしてくださいね」
「はい。それにしても2階に調理場を作るなんてすごいですね」
「最近の流行に乗って作ってしまって。ハハハ」
2階に調理場か、ちょっと楽しみだな。
「値段はいくらになりますか? あと割引きされる条件などありますか?」
「えっと2人部屋で朝食だけということだから、月6ラダルで2か月半だとして15ラダルになるわね」
15ラダル。
金貨15枚か。
予算内だからここで決定かな?
「アイビー、ここでいい?」
「うん」
「では、2か月半よろしくお願いします」
「こちらこそ。そうだ割引の条件だったわね。火魔法と水魔法のレベル5以上の魔石1個に付き5ギダルよ」
レベル5以上の魔石1個で5ギダル?
随分と割引してくれるのだな。
「魔石1個に5ギダルですか? 少し高いのでは?」
「そうなのよ! 魔石が大量に採れていた洞窟が何故か崩れ落ちてしまって。それから魔石は高騰するばかり、本当に頭の痛い問題だわ! しかも冬の間、冒険者たちは魔石を取りに行かないし」
ドルイドさんの質問に興奮して答える店主さん。
声がいきなり大きくなったので驚いた。
「何を騒いでいるんだ?」
店主さんの声に奥から強面の男性がでてくる。
門番さんが教えてくれた元冒険者の旦那さんかな?
確かに少し強面だけど、今まで出会ってきた中ではそれほど怖いと言う印象はない。
ただ、顔にある3本の傷はちょっと痛そうだ。
「お客さんの前で騒ぐな。手続きは済んだのか?」
「……えぇ、終わったわ」
店主さんの答えにドルイドさんが、苦笑を浮かべる。
「すみません。まだ何も手続きしていないのですが」
「おい」
「あらまだだったかしら? ごめんなさいね。えっと、こちらに名前とあと何か証明できる物を提示してくれる?」
「はい」
ちょっとおちゃめな店主さんの様だ。
すぐに手続きは完了して、部屋は2階の一番奥。
店主さん曰く、一番お薦めの部屋らしい。
楽しみだけど、とりあえずお風呂に直行して寝たい。
本当に限界。