224話 高級肉
「美味いな」
「うん、美味しい」
短い煮込み時間に、少し不安があったがどうやら問題なかったようだ。
果物もあまり主張せず甘味とコクを足してくれている。
ただ、もう少し煮込めばもっとお肉がトロトロになっただろうなとは思う。
次はトロトロを目指そう。
とはいえ、短時間で作ったわりには大満足の出来だ。
ただ、黒パンを選んだのは失敗だったけど。
「久々に黒パンを食べたけど、あれだな」
「残っていたので出したのですが。今度はスープを作った時に出しますね」
ドルイドさんが言うあれとは、口の中の水分が全部取られてしまうので食べにくいという事だろう。
私も久々に食べて驚いた。
こんなに水分をもっていかれたかと。
お肉の煮込みソースを黒パンに浸けて食べると美味しいが、水分が足りない。
もそもそする黒パンをお茶で流し込む。
「ご馳走様」
「お粗末様です」
「初めてグースを食べたけど、あのちょっと独特の味が癖になるな」
「えっ、初めて?」
「あぁ、なんせグースは高いから」
高い……先ほど大量のグースの肉を入れたマジックバッグを見る。
「そんなに高いの?」
「珍しい肉だからな、拳ぐらいの大きさが1ラダルで売られているところを見たことがあるよ」
1ラダルって金貨1枚!
拳の大きさの肉が金貨1枚!
もう一度グースの肉が入っているマジックバッグを見る。
……気にしない、あれはただの肉。
バッグを見つめてグッと拳を握っていると、ドルイドさんに心配されてしまった。
ものすごく、恥ずかしい。
「そう言えば最近、何処かの町でグースの肉を巡って争いが起きていたな」
「争い?」
「あぁ、狩りに成功した冒険者たちを、金持ちに雇われた冒険者たちが襲ったとか」
「はぁ、なんだかすごい話ですね」
「まぁ、グースを狩れる力を持った冒険者たちが金で雇われた2流の冒険者たちに負けるわけないからな。返り討ちにあって、雇った奴も一緒に奴隷落ちだ」
「何と言うか……」
「金を出した奴も、金を受け取って襲った奴らも馬鹿だろ?」
「ハハハ、そう思います」
それにしても肉を巡ってそんな争いまで起こるとか、怖いな。
「馬鹿どもが暴走した原因は、グースの肉を食べたら若返りが出来ると言う噂が広まったせいなんだけどな」
「若返り? 出来るんですか?」
「いや、無理だよ。グースの肉に含まれている魔力に出来ることは、体に溜まった疲れを取ったり、体力を復活させる事ぐらいだ。若返りとか絶対無理」
「そうですか」
まぁ、本当に若返ることが出来るなら、グースは既に滅ぼされていただろうな。
「そう言えば、なんでそんな噂が流れたの?」
「その辺りの情報は流れて来なかったから分からないが。まぁ、食べた奴が『若い頃に戻ったようだ』と言った感想を、『若返った』と聞き間違えたんだろう」
なるほど。
聞き間違いは、私もよくあるから何とも言えないな。
「さて、後片付けをして寝ようか」
「うん」
残った煮込み料理をお鍋ごとバッグに入れる。
明日の朝食用に作った、具だくさんスープもいい感じに味が染み込んで出来上がっている。
これもバッグに入れて、良し後片付け完了。
「体は拭いた?」
「いえ、まだです」
「だったら先に戻って体を拭いておいで、しばらくしたら俺も寝に戻るから」
「はい。ソラ、フレム、シエル行こうか」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「にゃうん」
フレムを抱き上げてから洞窟へ戻る。
今日のシエルはアダンダラのまま。
洞窟はかなり広かったので、今日は本来の姿で休憩できるようだ。
それにしてもグースと言う肉は、本当にすごいかもしれない。
フレムのポーションのお蔭で、熱は引いていたが旅の疲れはそう簡単にとれることはない。
少しずつ溜まっていく疲れは、1日寝たぐらいでは完全には改善されないのだ。
それが今、そのずっと感じていた疲れを感じない。
食事が終わったあたりから、少しずつ体が軽くなる感覚がしていた。
最初は気のせいかと思ったのだけど、後片付けをしている時に気が付いた。
溜まっていた疲れが無いと。
洞窟に戻って体を拭いて、少し体をほぐす運動をする。
今日は寝ている時間がいつもより長かったので、体が少し硬くなっている。
少し運動をすると、いつも以上にほぐれるのが早い。
これもグースの肉の効果なのだろうか?
もしそうだとするなら『若返った』と錯覚しても仕方ないかもしれない。
「どうしたんだ?」
ドルイドさんが洞窟に戻って来た。
「グースの肉のお蔭なんでしょうか? 旅の疲れが消えました」
「……やっぱり疲れを感じていたんだな」
失敗した。
「今は全く感じません!」
「アイビー」
「本当ですよ。それに旅の道中で溜まる疲れはある程度は仕方ないと思います」
「まぁ、そうなんだが」
「そうなんです!」
うわ~、ため息つかれた。
笑って誤魔化しておこう。
「まったく。それにしても、アイビーの言うようにグースは凄いな」
「やっぱり?」
「あぁ、疲れが抜けて体が軽い」
「これだと、若返っていると間違っても仕方ないですよね」
「確かにな。さて、寝ようか。疲れが取れても寝不足だと意味がないからな」
「うん。皆、お休み」
皆の声を聞きながら体を横にする。
本当に何だろう、どう表現していいか分からないけど体がスッキリしている。
残りのグースのお肉、ハタウ村まで保つようにしっかり計算して使っていこう。
…………
朝から目覚めがいい。
と言うか、体がものすごく軽く感じる。
昨日の食後以上だ。
朝食を食べながら、休憩ではなくハタウ村へ向かう予定に変更してもらった。
ドルイドさんも自身の体で感じているのか、あまり説得しなくても賛成してくれた。
「それにしても、本当に体が軽いな」
「はい。グースのお肉凄いです。シエル、ソラ、持って来てくれてありがとう」
ソラたちに声をかけると、ソラとスライムに変化したシエルがプルプルと揺れた。
フレムは横で大あくび。
まだまだ眠いようだ。
そんなフレムをバッグに入れて村道へ戻る。
「また競っているな」
「本当ですね」
少し先ではソラとシエルが何かしている。
同じ行動をしているという事はまた競っているのだろう。
「……何を勝負しているんでしょう?」
「それが良く分からなくて」
バキッ。
少し前から木が折れる音がする。
見るとソラがぶつかった枝が折れている。
それを見ていたシエルが、ソラが折った枝より太い枝にぶつかっていく。
「「…………」」
何度かシエルが体当たりをした枝は、バキッと音を立てて折れる。
「「………………はぁ~」」
2人同時にため息をついてしまう。
今日は体当たりをしてどちらが太い枝を折れるかの争いをしているようだ。
なんでまたそんな事を競っているのか。
「止めた方がいいかな?」
「止めたら、違う何かをやりだすと思わないか?」
確かに、絶対に他の事で競いだす。
まだ、枝を折るぐらいなら被害は少ないのかな?
バキッ。
あ、ソラが折った。
「ぷっぷ~」
「にっ!」
バキッ
次はシエルか、しかし2匹ともずいぶんと太い枝を簡単に折るな。
「にゃ~う」
「ぷっ!」
村道に落ちている枝を、邪魔にならない場所に移動させながら2匹の後ろを歩く。
この競い合いっていつまで続くんだろう。
いつか飽きてくれるよね?