223話 贈り物
「これはまたすごい大物を捕まえてきたな」
「すごい大物?」
「珍しい魔物だから、これを目標に旅をしている冒険者チームもいるんだ」
旅の目標になる魔物。
えっ、それをシエルとソラが狩ってきたの?
かなりすごい事だよね。
「これ、たぶんアイビーへの贈り物だと思うぞ」
「なぜですか?」
「この魔物はグースと言う名前なんだけど、体にいい魔力を作り出すことで有名なんだ」
「体にいい魔力?」
「グースの中にある魔力が変化するんだよ。俺達が食べると体にいい働きをする魔力に」
「えっ? そんな魔力があるのですか?」
「あぁ、変化を起こす要因は不明なんだけどな」
へ~、そんな魔物がいるのか。
グースを観察しながらゆっくり移動する。
足は太く、短いが体つきはガッシリしている。
速く走ることは苦手そうな体型だ。
倒れているため正確な大きさは分からないが、私ぐらいの高さはありそう。
顔の見える位置に移動する。
「こわっ」
思わずつぶやいてしまうほど、何とも言えない怖い顔があった。
一番目につくのは大きな口に不揃いに並んだ牙。
見ているだけで、恐ろしく感じる。
「病気や怪我の治療にはポーションがいいんだけど、体力を戻したり日常のちょっとした疲れを取るならグースの魔力の方がおすすめだ」
病気になったらポーション、日頃の体力維持ならグースって事か。
でも、グースなんて言う名前の魔物、聞いたことないのだけど。
もしかしたら場所ごとに名前が違うのかな?
「グースってどの村や町でも同じ名前ですか?」
「たぶん同じだと思うぞ。それにしても、いつみても怖い顔だな」
ドルイドさんの顔の感想に、つい何度も頷いてしまう。
それほど、グースと言うちょっと可愛い名前とはかけ離れた顔をしている。
夜は絶対に見たくない顔だ。
「私、グースと言う名前の魔物がいることを聞いたことがなくて」
「効能から年配者に有名な魔物だ。若い冒険者たちが知らないのは、目撃者が少ないせいかもな」
「そうなんですか?」
「あぁ、森の奥から出てこないから」
森の奥か。
そうなると、会えるのは上位冒険者ぐらいになるな。
目撃者が少ない魔物の情報は極端に少なくなるから、私が聞いたことがなくても仕方ないか。
「こいつらは狩るのも大変なんだ。群れで行動しているから」
群れ、この顔の魔物がいっぱい?
それは恐ろしい。
「ぷ~?」
ソラの声に視線を向けると、少し不安そうに私を見ている。
どうしたんだろう?
……あっ、グースは私への贈り物だとドルイドさんが言っていたのに、返事をしていない。
せっかく狩ってきてくれた魔物なのに。
「このグースと言う魔物は貰っていいの?」
「ぷっぷぷ~」
「にゃうん」
「ありがとう、うれしいよ」
2匹の機嫌がぐっと上がったのが分かる。
かなり嬉しそうにソラが揺れているし、シエルの尻尾の振りで土ぼこりがすごい。
「ありがとう。シエルちょっとだけ落ち着こうね」
「……にゃ~」
シエルはそっと後ろを見て、項垂れてしまった。
分かっていても機嫌が良くなると、ついつい力いっぱい振ってしまう尻尾に落ち込んでいるようだ。
確かにちょっと土が舞い上がったりして大変だが、私としては気持ちが知れてうれしい。
「落ち込まないで、その尻尾も私大好きだから」
ここは森だから少しぐらい被害が出てもいいだろう。
そう細い木の1本ぐらい、尻尾の威力に負けて倒れたって問題ないはずだ。
「それにしてもシエルたちはどこまで狩りに行ってきたんだろうな?」
「どうして?」
「オール町やハタウ村周辺にはグースはいないと言われているからさ」
もしかして、私が考えている以上に頑張ってくれたのかも。
「ありがとう」
シエルとソラをゆっくりと何度も何度も撫でる。
2匹とも目を閉じて気持ちよさそうだ。
ふと2匹がいる反対を見ると、フレムがじっとソラたちを見ている。
「フレム、ポーションを作ってくれてありがとう。助かったよ、とても」
お礼を言ってフレムを撫でる。
プルプルと揺れたフレムは、しばらくすると気持ちよさそうな寝息が聞こえ出した。
「フレムは何と言うか相変わらずだな」
3匹を順番に撫でる。
腕が2本しかないのでちょっと忙しい。
「アイビー、グースの解体を川でしてくるな」
慌てて周りを見ると、少し離れた場所に見える川の周辺に解体の準備が終わっている。
しまった、皆とまったりしすぎた。
「手伝います!」
「いや、倒れたんだからゆっくりしていたらいいよ」
「もう大丈夫です! だから手伝います」
「大丈夫か?」
「はい」
「本当に?」
ドルイドさんの心配性は健在だ。
「本当に、本当に大丈夫です。少しでも異変を感じたら休憩します」
「異変を感じたら俺に言ってくれ」
「分かりました」
「………………じゃあ、手伝ってくれ」
許可をくれたけど、ものすごく心配そうな表情だ。
大丈夫と言う事をちゃんと分かってもらわないとな。
解体のため川辺まで魔物を運ぼうとすると、シエルが手伝ってくれてあっという間に移動完了。
「シエルって、すごい力持ちだよな」
確かにシエルより大きな魔物を、簡単に移動させてしまうのだから。
凄い力持ちだ。
「シエル、ありがとう」
あんなに大きな魔物を解体したことないからドキドキする。
ドルイドさんの邪魔にならないように、頑張ろう。
…………
「これで終わりだ」
ドルイドさんが最後に適当な大きさに肉を切り分けて終了。
ふ~、さすがに疲れた。
此処まで大きな魔物を解体した事はなかったので、ドルイドさんに指示をもらいながら手伝った。
それにしても、凄い量の肉だな。
バナの葉で包みながら、肉の数を確認して行く。
包みの数は85個。
これでも途中でシエルに半分、処理をしてもらった残りだ。
本当に大きかった。
「えっと、切り分けたお肉で夕飯作りますね。お肉が大きいからお肉の煮込みにしましょう」
「疲れていないか?」
「はい。大丈夫です」
「そうか、後の処理をしてくるから夕飯は頼んでいいか?」
良かった、もう大丈夫だと納得してくれたみたいだ。
「はい。任せてください」
「異変を感じたら休憩して良いからな」
ハハハ、まだ無理だったか。
解体している間に随分と日が傾いた。
急いで夕飯を作ってしまおう。
しばらくすると、辺りに肉と野菜の良い匂いが広がる。
肉の味を確かめたが、柔らかくちょっと味に癖があるが美味しい。
煮込みにして正解だった。
「ただいま」
解体の後処理をしたドルイドさんが洞窟まで戻ってくる。
「お帰りなさい。あと少しで出来上がります」
「いい匂い」
「今日はグースの肉と果物の煮込み料理です」
「果物と?」
「はい。味見しますか?」
「いや、後の楽しみにしておく」
そう言うと、ドルイドさんは洞窟の中に入って行く。
体を拭くためのお湯を沸かしておいたので、声をかけて洞窟の前に置いておく。
大きな魔物や動物の解体をすると、どうしても体に血の匂いがついてしまう。
その匂いに魔物が引きつけられないように、解体後は体を綺麗に拭いて服を換える必要がある。
「ありがとう」
「いえ」
お湯を持って洞窟に戻るドルイドさんを確認して、お肉の仕上げに入る。
よし、完了。
マジックアイテムの机と椅子を出す。
ソラとフレムのポーションを並べていると、もぞもぞとフレムが起き出してソラと一緒に食べ始めた。
フレムって、食事の時だけはすぐに起きるんだよね。
……いい性格をしているよ。
お肉をお皿に盛って、後は……黒パンがまだ残っていたな。
それとお茶。
「すごい豪華だな」
「はい、シエルのお蔭です。ごめんシエル、食事時だけ尻尾は抑えてほしいかな」
「……にゃうん」
「ありがとう」
ごめんね。
さすがに食事時に土埃が舞うのは遠慮したいです。