217話 不思議な生き物
歩きながら肩から提げているバッグを見る。
先ほど拾った? 黒い生き物。
バッグの中でごそごそと動くので覗くと、ビクンと固まって動かなくなった。
可哀想なので、動いても気にしないようにしたのだけど……。
「どうしたんだ?」
「少し前まで動いていたのに、まったく動かなくなったから心配で」
バッグの上から軽く撫でるがピクリともしない。
何かあったのかな?
先ほどのように驚かせるのは可哀想だから、バッグを開けるのを躊躇する。
「ソラ」
ドルイドさんの声に、ソラが彼の頭の上でびよーんと上に1回伸びる。
「おい、ソラ。急に動くと落ちるぞ」
ソラが急に動いたため、ドルイドさんが焦っている。
「ソラ、ドルイドさんで遊ばないの」
「ぷっぷ~」
本当にソラは遊ぶのが好きだな。
……いや、この場合はドルイドさんをおちょくるのが好きという事になるのだろうか?
「ソラ」
「ぷ~」
「さっきの黒い生き物、動かないけど問題ないか?」
ドルイドさんの質問にプルプルと揺れるソラ。
揺れるという事は問題なし。
「大丈夫みたい」
「よかった」
「それにしてもこの子、何なんでしょうね? 魔物でしょうか?」
「強くはないが魔力を感じるから間違いなく魔物だと思うが。黒い球体の魔物?」
「噂で聞いたことありませんか?」
ドルイドさんは冒険者だけあって、色々な魔物や動物の事を知っている。
今回旅に出るにあたり、多くの冒険者たちと交流して新しい情報が無いか調べてくれていた。
「これだけ特徴があるから聞いていれば覚えているが、思い出さないという事はまだ噂になっていないのかもしれないな」
噂になるには目撃する冒険者が必要となる。
森の奥にずっといたなら、もしかしたらまだ誰にも見つかっていなかったのかもしれない。
「発見者第1号?」
私の言葉にドルイドさんが笑う。
「そうなるかもな。すぐにギルドに報告するか?」
ドルイドさんの言葉に首を傾げる。
報告はしないと駄目だったはずだけど……。
「てりゅ?」
「あっフレム、おはよう。あとで黒い球体の魔物を紹介するね?」
「りゅ?……りゅ~」
興味がなかったのか、起きたのにまた寝た。
腕の中で寝なおしたフレムの体をちょっとゆする。
「起きるのは遅いのに、寝るのは速攻だよな」
「ぷっぷ、ぷっぷ」
「にゃ」
ソラとシエルが笑ったような気配。
確かにドルイドさんの言うとおり、寝るのは速攻。
しかも場所も時間も選ばず。
「ある意味、良い性格ですよね」
黒の球体の魔物は、攻撃性が見られない事やまだ良く分かっていないので様子を見ることになった。
冒険者ギルドや商業ギルドに登録している者たちは、新しい魔物を発見した場合、少しでも攻撃性が見られる時は報告する義務があるらしい。
が、攻撃性が無い場合は、生態などを調べてから報告しても良いそうだ。
それは知らなかった。
「この辺りは歩きやすいな」
ドルイドさんの言葉に頷く。
洞窟までの道のりは、足元が悪かった。
岩は転がっているし、根っこはあちらこちらから飛び出していた。
それに比べて今はかなり平坦な道だ。
「この分だと、村道に出るのも早そう」
「そうだな。村道の近くまで来たら、とりあえず地図で場所を確認するか」
「ふふふ、うん」
ドルイドさんは、どこにいるのか分からない状態がかなり不安みたいだ。
シエルと旅をしてきた私にとってはいつものことなのだけど。
これに慣れたらダメなのかな?
先頭を歩くシエルを見る。
頼もしい背中だな。
じっと見ていると、シエルが後ろを振り返って視線があう。
すると嬉しそうに尻尾がふわふわと左右に揺れる。
「シエル、ありがとう」
「にゃうん」
うん、可愛い。
…………
そろそろ寝床を探そうか。
ドルイドさんの言葉に、立ち止まって腕を伸ばす。
今日1日で、かなり歩いた。
さすがに少し疲れたな。
「ぷっぷぷ~」
ドルイドさんが立ち止まると同時に、ソラがぴょんと地面に着地する。
そしてキョロキョロと視線を走らせる。
しばらくすると、ぴょんと飛び跳ねてある方向へと行ってしまう。
「ぷっぷ~、ぷっぷぷ~」
相変わらずだ。
ドルイドさんと苦笑いして、見失わないように急いで後を追う。
今日の寝床は少し遠いようだ。
「ソラ、急ぎすぎ!」
姿が見えなくなったので声をかけるが、草を踏む音が止まることはない。
私の隣にいるシエルが焦っていないので大丈夫なのだろうけど、姿が見えなくなるのは不安だ。
木々の間から立ち止まっているソラの姿が見えた瞬間、体に入っていた力が抜けた。
「ソラ、もう少しゆっくり」
ソラに駆け寄り、周りを見て固まった。
ソラから少し離れた場所に、巨大なヘビ。
それがじっとこちらを見つめている。
ドルイドさんが慌てて私の前に出て、剣を鞘から抜く。
「ぷっぷぷ~」
ソラの声が聞こえた事でちょっと緊張が解けるが、それでも怖い。
そっとソラを窺うと、ソラはヘビではなく私を見ている。
不思議に思ってソラを見ていると、その視線が私が肩から提げているバッグだと気付く。
「ソラ、あの魔物は敵ではないの?」
私の言葉にプルプルと揺れるソラ。
えっと揺れるという事は……なんだっけ?
恐怖で少し考えが纏まらない。
揺れたから……敵じゃない時だ。
「ドルイドさん、あの魔物は大丈夫みたいです」
私の言葉に息をつくドルイドさん。
それでも剣はまだそのままの状態だ。
「ぷ~」
ソラの視線はまだバッグにある。
もしかしてきょう拾ったあの黒い生き物だろうか?
そっとバッグを開けて、中の子の様子を見る。
「うわっ」
ドルイドさんの声に体がびくりと震える。
急いで黒の球体からヘビへと視線を向ける。
「うわっ」
思わずドルイドさんと同じ反応をしてしまった。
でも、それも仕方ないと思う。
視線の先には、ヘビの巨大な体のあちこちから黒い球体が飛び出ている。
いや、飛び出しているのではなく黒い球体が私たちから見える位置に移動してきたようだ。
ヘビのすらりとした体にポコポコと黒の球体。
なんだか不気味だ。
と、思いながらバッグから洞窟の前で拾った黒の球体を出す。
それに気が付いたのか、ヘビの体が左右にゆっくり揺れる。
「ヘビも揺れるんだ」
「アイビーの反応ってちょっとおかしいよな」
「えっ?」
ドルイドさんを見ると肩をすくめられた。
不本意だ。
話していると、不意に手の中の黒い球体が動いたため落としてしまった。
「ごめん、大丈夫?」
謝ってから落ちた場所を見ると、黒い球体がヘビの方向へと移動していた。
仲間がいるようなので、移動するのは特に問題ないのだが……。
「俺としては球体がこう開いて……なんて言うか半球体になって、足がでてくるのを想像したんだが」
ドルイドさんの手の動きを見ていると、私が想像したものと似ているかもしれない。
私は、前の私の記憶にあるダンゴ虫のような印象を持っていたのだ。
が、まさかの球体のままの状態で足だけがにょきっとでてくるとは……。
それにしても、足が短いので頑張っているのだろうが遅い。
ようやくヘビのもとへ辿りついた黒の球体。
その姿に何故かホッとしてしまった。
途中で落ちていた石に転がるし、輪っかになって飛び出していた根っこに体が挟まるし。
その都度、手を貸していたため時間がかかった。
「どうせここまでヘビに近づくなら、最初からヘビの上に置けばよかったな」
ドルイドさんの言葉に、確かにと苦笑が漏れる。
黒の球体を手助けしながら応援していると、気が付いた時には目の前に巨大ヘビ。
少し手を伸ばせば、ヘビの体に触れられる距離まで近づいてしまった。
気が付いた時に慌てて後ろに下がろうとしたが、下を見ると窪みに嵌ってもがいている黒の球体。
黒の球体を助け出して、仲間と合流するのを見ていると後ろに下がる機会を逃した。
まぁ、攻撃などしてくる様子もないので大丈夫だろう。
というか、黒の球体が走る姿を微笑ましく見ていたような気がする。
……お母さんなのだろうか?