216話 シエルの怒り
噂の事は気にしないことにした。
あるかないかも分からない噂を、気にしていても仕方ない。
「ギルドで売っている地図が正しいとは限らないが、それでも地図上で場所を確認しておくのが常識だ。今の俺達のように、全くどこにいるのか分からない状態はとても危険だ」
確かに言われて見ればその通りだ。
もしも今、シエルがいなくなってしまったら間違いなく路頭に迷う。
だけではなく、洞窟内にいる魔物にも襲われるだろうな。
「この状態でシエルがいなくなったら、俺たちは終わりだ」
「うん」
「にゃっ!」
ドルイドさんの言葉にシエルが不服そうに鳴く。
見ると、凄い表情でドルイドさんを睨んでいる。
ドルイドさんも、シエルの表情を見てビクリと体を震わせた。
「いや、シエルが本当にいなくなると言っているわけではなくてだな。もしもの話だから。もしも!」
ドルイドさんの声がちょっと震えている。
さすがのドルイドさんも、今のシエルは怖いらしい。
それも仕方ない。
今のシエルからは、表情だけでなくどことなく怖い気配も漂っている。
「シエル、ドルイドさんを睨んだら駄目だよ。旅の仕方の勉強中だから」
「にっ?」
「シエルがいなくなるなんて思っていないよ。一緒にいてくれるよね?」
「にゃうん」
ずっと一緒にいてほしいと言いそうになったけど、それは止めておいた。
旅の途中、シエルに良い出会いがあるかもしれない。
そうなれば旅よりそちらを優先してほしい。
寂しいけど!
「ありがとう」
私の言葉にシエルの雰囲気が落ち着く。
それを見てドルイドさんの緊張が解けたようだが、その顔は少し青ざめている。
「大丈夫ですか?」
「アハハ、大丈夫。まさかあんなに怒るとは思わなかった」
「そうですね」
シエルがそっと私に顔を寄せる。
目が少し垂れている。
可愛い。
「大丈夫。シエルを怖がってなんていないよ。シエルが優しいのは知っているからね」
頭をゆっくりと撫でる。
ふわふわと揺れる尻尾が可愛い。
「ぷぷ~ぷぷ~」
その尻尾にソラがじゃれている。
相変わらずソラは通常運転だ。
まったく空気を読まない。
「ごめんなシエル」
「にゃ~ん」
ドルイドさんにも顔を寄せるシエル。
よかった、元の2人の雰囲気にもどってくれた。
それにしてもあんなに怒るなんて、驚きだ。
ふ~、ちょっと疲れたな。
「ドルイドさん、今日はもう寝ませんか? えっと、私の旅が他の冒険者たちとは違うという事は理解したので」
その事は、しっかり覚えておかないとな。
第3者がいる場所で目立つ行動をしたら、勘ぐられてシエルたちの事がばれてしまうかもしれない。
うん、ちゃんと覚えておこう。
「そうしてくれると助かるよ。さっきので疲れた」
シエルの睨みが、ドルイドさんには効いているようだ。
青ざめた顔色は戻っているが、疲れがにじみ出ている。
夕飯の後片付けをして、寝床に潜り込む。
何かあった場合すぐ動けるように、こういう場所では靴を脱がない。
そして明かりもある程度灯したままとなる。
ちょっと窮屈で明るいがしょうがない。
もしもの時の対策は必要だ。
「おやすみなさい」
「にゃうん」
「あぁ、おやすみ」
「ぷ~」
「……りゅっ……」
フレムのは寝言だな。
…………
洞窟から外に出る。
今日もいいお天気だ。
木々の間から日の光が差している。
ただ日増しに風が冷たくなってきているのが分かる。
村道へ向かった方がいいかもしれないな。
「俺もアイビー流の旅に慣れてきているな。うん」
洞窟の入り口で、伸びをしているドルイドさん。
疲れも取れてすっきりした表情だ。
それにしても私流?
「どういう意味ですか?」
あっ、また失敗。
「熟睡してた」
「まぁ、寝ているわけですから」
「そうなんだけど、前までだったら熟睡はしてないな」
あぁ、なるほど。
確かに私も、シエルと会う前だったら森の中で熟睡なんて出来なかったな。
それこそ木々が擦れる音にだって起きていた。
風の強い日などは、寝ていると逆に疲れることもあった。
「シエルという安心感は駄目だな。警戒心が薄れてしまう」
「それはありますね。ついつい甘えてしまって」
確かに熟睡できて疲れが取れるのは、シエルという大きな存在に守られているから。
シエルがいなくなったら、本当に色々大変だ。
「にゃうん」
私たちの会話を聞いていたのか、シエルは満足そうだが。
「甘えすぎないように気を付けないと駄目ですね」
「そうだな」
「にっ」
今の会話は少し不服そうだけど、甘えてばかりは駄目だからね。
気を付けよう。
「ぷ~」
「てりゅ~」
2匹の声に視線を向けると、何かが落ちている。
近付くと、地面に転がっている黒い球体。
「なんですかこれ?」
ドルイドさんを見るが彼も首を傾げている。
もう一度黒い球体を見る。
石のように見えるが、よく見ると呼吸をしているのか微かに動いている。
指先でちょんと突いてみる。
それにビクリと震えて、ギュッと少し小さくなってしまった。
どうやら怖がらせてしまったみたいだ。
「ぷ~」
「てりゅ~」
ソラとフレムに何かを要求されている。
えっとこの場合は……拾ってほしいのかな?
「拾うの?」
「えっ?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
ドルイドさんは驚いたようだけど、ソラとフレムの要求は理解した。
なので怖がらせないようにそっと黒い球体を拾う。
微かに暖かい熱が手に伝わる。
やはりこれは生き物のようだ。
「アイビー、拾うのか?」
「はい。ソラとフレムにお願いされましたし」
「そうか。洞窟の中で寝ることに驚いたけど、正体不明の物をそんな簡単に拾うアイビーにも驚きだ」
どうやら私の行動には、少し問題があるようだ。
でも、ソラとフレムが私に怪我を負わすようなモノを拾わせる事はないと、信じている。
なので、次に同じような事があっても普通に拾うだろうな。
「それって生き物だよな」
「たぶん、ちょっと温かさが伝わってきますし、微かに動いています」
丁度私の両手に収まる大きさの黒い球体。
じっと見ていても特に動きはない。
本当に何なんだろう。
「まぁ、ここにいても仕方ないし。行くか」
「うん。フレムおいで」
黒い球体はソラたちのバッグへ入れてフレムを抱きあげる。
ソラはピョンと跳ねてドルイドさんの頭の上。
そして先頭はシエル。
「シエル、村道の近くに戻ろうか」
「にゃうん」
「バッグの中身は既に怖いぐらいだから、収穫や採取はなしでお願い」
「…………」
「シエル、もう十分すぎるぐらいの収入分だから、何も採らずに村道へ行こう!」
「にゃうん」
ものすごい不服そうな返事が返ってきた。
でも、ここは譲らない。
今日の朝、整理もかねてバッグの中身を確認した。
ドルイドさん曰く『ハタウ村の一番いい宿に泊まれるな』との事。
それも2年。
ソラとフレムはポーションに魔石。
シエルは鉱石に木の実。
3匹が頑張ると、やはりこうなったかと苦笑が漏れた。