210話 変化
「本当に試すんですか?」
「ちょっとだけな。お願い」
師匠さんを睨むと拝み倒された。
シエルで変化の魔法を確かめたいらしい。
「シエルに何かあったら、どうしてくれるんですか?」
「シエルが嫌がったら止めるから。と言うか、シエルが嫌がったら俺たちなんて一瞬で跳ね除けられるから」
「大丈夫だって。絶対に無謀なことはしない」
師匠さんとドルイドさんに説得されて、シエルを探しに森へ来てしまった。
もしも本当に小さく変化出来るなら、ずっと一緒にいれると頭の片隅で考えてしまった事が原因だ。
「大丈夫かな?」
「ちゃんとシエルに許可を取ってからやるからな」
私の心配は、変化の魔法を使ってシエルに何か問題が起きることだ。
2人とも、変化の魔法を知らないと言うし。
う~、やっぱり来るの止めればよかったかな。
駄目だ、頭の中がごちゃごちゃだ。
悩んでいると肩から提げているバッグがごそごそと動く。
「あっ、ごめん。今出すね」
バッグからソラとフレムを出す。
「ぷっぷっぷっぷぷ~」
「てってってってりゅ~」
何だ?
2匹とも今までにないほど機嫌がいい。
何かあったっけ?
「なんだかずいぶんと機嫌がいいな?」
「ドルイドさんもそう思いますか?」
「あぁ」
2人で首を傾げて2匹を見つめる。
私たちの視線に気が付いたのか、2匹が同時にプルプルと揺れる。
やはりかなり機嫌がいいようだ。
「どうした? 何かおかしいのか?」
師匠さんが2匹を見ながら問いかけてくる。
「いえ、機嫌がいいみたいなんで。何かあるのかなって」
「へ~、スライムの機嫌が分かるのか。すごいな」
師匠さんの言葉に首を傾げる。
そう言えば、前も会話と言うか意思疎通が出来ることをすごいと言っていたな。
「あの、普通のスライムってどんな感じなんですか?」
「あぁ、テイムした者にしか聞こえない声があるのが有名だな。あと無表情」
テイムした者にしか聞こえない声?
無表情?
え、無表情?
とりあえず1つ1つ確かめていこう。
「声ってどんな声ですか?」
「俺も聞いたことがないから何とも言えないが、頭に音が響いてお腹空いたという事が分かるらしい」
「お腹が空いたと分かる音?」
ソラとフレムを見る。
一度もそんな音を聞いたことがない。
「聞いたことがあるだろう?」
「いえ、まったく」
「「えっ?」」
無いよね?
考えてみるが、やはり無いな。
「お腹が空いたとか、どう伝えてくるんだ?」
「ソラはポーションが入っているバッグに突進していきますし、フレムは頬を膨らませて転がることを最近覚えました」
「……すごい伝え方だな。それ普通じゃないからな」
「そうなんですね。今知りました。スライムが鳴くのは問題ないですよね?」
「珍しいが、いるな。ただし、ソラ、フレム。ちょっと鳴いてくれ」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「こんな可愛い声ではないぞ。俺が聞いたのはもっと低い声だった」
低い声なのか。
2匹はどちらかと言えば高い鳴き声だな。
まぁ、鳴くぐらいなら誤魔化せるかな。
「シエルがきてくれたみたいです」
「てっりゅりゅ~。てっりゅりゅ~」
えっ?
どうしてだろう?
いつもはあまり興味を示さないフレムが、シエルが来たことを喜んでいる。
「にゃうん」
「シエル、こんにちは。ごめんね、こんな時間に」
「にゃうん」
グルルルと喉を鳴らして全身で私にすり寄って来る。
何だろう、シエルも今日は機嫌がいい。
すり寄られて転びそうになった所を慌ててドルイドさんが支えてくれた。
「えっと、シエル。ちょっと加減をお願いします」
「にゃ~ん」
あっ、ちょっと機嫌が下がってしまった。
「全身で甘えられるのはうれしいけど、ごめんね。私がまだ体力がないからさ」
「にゃ~?」
「ん? 心配してくれているの? 大丈夫だよ」
あ~、可愛いな。
シエルの頭を撫でていると、視界の隅にじりじりと寄ってくる師匠さん。
視線を向けるとデレデレした表情をしていて、さすがにちょっと引いてしまった。
「師匠、気持ち悪いです」
「お前、失礼な奴だな。って、アイビーまで引いているのはどうなんだ?」
「いえ、ちょっと顔が……いえ、なんでもないです」
「ほら師匠。アイビーも師匠の顔がものすごく気持ち悪いって」
「そこまでは思っていませんよ!」
あれ?
間違えた?
「はぁ、お前らな~」
盛大にため息をつかれてしまった。
最近言葉をちょっと間違う事が多いな、気を付けよう。
シエルの許可を取って師匠さんがシエルを撫でる。
あ~、師匠さんの顔がまた……あっ。
「ぶっ」
隣にいたドルイドさんが、シエルの行動に思わず吹き出してしまったようだ。
「シエル、師匠さんの顔を前足で押さえたら駄目だよ」
そう、師匠さんの顔がデレてきたと思ったら、シエルが前足で師匠さんの顔を押さえたのだ。
まるで見たくないって言っているみたいに。
いや、確かにちょっと気持ちわる……不気味……残念だったけど。
だからと言って前足で隠すのはどうなんだろう。
「シエルまで、ひどいぞ!」
師匠さんが、にやけながら怒っている。
「あれは駄目だな。手遅れだ」
ドルイドさんの言葉に何がと訊きたいが、なんとなく理解できたので黙っておく。
確かに色々と残念すぎる。
シエルだって、師匠さんを見て体が引けている。
魔物にまで引かれる師匠さんって、ある意味怖い。
「さて、シエル。今日はお願いがあって来たんだ。アイビー」
「シエル、嫌だったり駄目だと思ったらすぐに跳ね除けてね」
バッグから透明の魔石を取り出して見つめる。
全く濁りの無い透明の魔石。
心配だけど……ん?
「あの」
「大丈夫、無理やりはしない」
「いえ、そうではなくて。変化の魔法の発動方法は知っているんですか?」
「「………………」」
師匠さんとドルイドさんが黙り込む。
どうやら2人とも分からないようだ。
それはそうだろう、まったく未知の魔法なのだから分かる訳がない。
「重要な事を見落としていたな」
「そうですね」
2人とも自分たちの考えに興奮して度忘れしていたようだ。
突っ走り過ぎだ。
「にゃうん」
「ごめんね。シエル、来てもらったけど、あっ! シエル!」
私の慌てた声にドルイドさんたちがこちらを向く。
そして目を見開いた。
「シエル、それは駄目。魔石だから吐き出して!」
何を思ったのか、シエルが私の持っていた魔石を飲み込んでしまった。
慌てて背中を軽く叩くが、シエルは平然としている。
「どうしましょうか、ドルイドさん」
「落ち着いて、シエルが自分で飲んだんだから。大丈夫なのだろう」
それはそうかもしれないが。
でも魔石を丸呑みするなんて。
「てっりゅっりゅ~」
シエルの周りをフレムがコロコロ転がっている。
「大丈夫?」
「にゃうん」
大丈夫みたいだけど、やっぱり試すなんてしなければよかった。
シエルがいきなりぶるぶると体を揺らす。
それに驚いて数歩後ずさると、シエルの体から光が溢れ出す。
「シエル!」
やっぱり駄目だったんだ。
どうしよう。
眩しさに腕で目を守っていると、少しして光が消える。
そっと腕を下ろしてシエルを見る。
「えっ?」
「おっ!」
「あ~、なるほどな」
「ぷっぷっぷっぷぷ~」
「てりゅ~てってりゅ~」
シエルがいた所には、1匹のスライム。
「なるほど、小さく変化するのではなく。スライムに変化するのか」
師匠さんの言葉に、私の目は正常だと知る。
「にゃうん」
スライムに変化しても鳴き方はそれなのかと、おかしな所で感動してしまった。
それにしても。
「はぁ、無事でよかった」
3匹のスライムが楽しそうに遊んでいるのを見て、大きなため息が零れた。