209話 いつか……
「なんなの、あの気持ちの悪いドルガスは!」
どうやら昨日の夜にドルガスさんは、家族にもこれまでの事を謝ったらしい。
結果、シリーラさんが早朝からドルイドさん宅の扉を叩くこととなった。
眠い目をこすりながら話を聞く。
「ひねくれ過ぎでしょう。本当は知っていた? だったらもっと早く態度で表しなさいよ! 引くに引けなくなった? そんなこと知るか!」
シリーラさんの愚痴が止まらない。
ドルイドさんと顔を見合わせて苦笑する。
「勇気が必要だったと思いますよ」
「確かに、あんな状態まで悪化させたのだから、それは認めるわ。でも、自業自得でしょ」
「まぁ、そうなのですが」
欠伸が出そうになるのを何とか抑える。
昨日の夜は旅の準備をしていて少し遅かった。
ドルイドさんは大丈夫そうだけど、私はかなり眠い。
気を抜くと目が閉じてしまいそうだ。
「話を聞けば、ドルイドとアイビーに謝ってきたって言うし。本当なのか確認すれば、謝ったけど途中で逃げてしまったって言うし。馬鹿だとは思ってたけど、意気地なしだったなんて知らなかったわ」
すごい言われようだな。
う~、目がしょぼしょぼする。
「お義父さんとお義母さんはなんとなく感じてはいたみたいね。見抜けなかった私はまだまだだわ。それよりドルガスが来た時、怖い思いしなかった、アイビー?」
私?
しまったちょっと意識が。
「大丈夫だった? 何もされなかった?」
えっと、何のことだろう。
「何かされたの?」
「大丈夫ですよ、義姉さん」
「はい、大丈夫です」
何の話か分からないけど、ドルイドさんが大丈夫と言うなら大丈夫だろう。
「本当に?」
「はい」
シリーラさんが大きなため息をつく。
「ドルガスがあんなに意固地になった理由が、分からないわけではないのよ」
えっ?
「問題の土地を買った人たちが、本当は米しか育たない事をギルドは知っていたのではないかと騒いでね。ギルドの人たちはちゃんと対応して何とか収まったのだけど。その事を町の一部の人たちが良く思わなくてね。襲われたり、家に火を点けられたりちょっと大変だったの」
そんな事があったのか。
「ドルガスの親友って子、あの土地に移り住んでからもずっと頑張っていたんだって、これはお義母さんからの情報。私の印象は、ちょっと星を自慢する嫌みな子なんだけどね。でも、失敗続きでも何とかしようとしていたのは知っているわ。私もちょっと尊敬するぐらい頑張っていた。でも、家にいる時に襲われてしまってね」
それはすごく怖かっただろうな。
私だったら絶対にトラウマになる。
「その前から、ドルガスにはいろいろ思う事は有ったけど、あの後からは本当に何を考えているのか分からない子になったわ。きっと親友を守ろうと必死だったのね」
シリーラさんは、もう一度ため息をつく。
「と、分かっていてもひねくれ過ぎだし長すぎる。20年よ、20年。いやもっと若いころからひねくれていたんだから30年、40年? どれにしたって長すぎる!」
理解はするが納得はいかないと言う感じかな。
まぁ、20年でも長いのに30年とか40年とか……。
「でも私の旦那も40年近くひねくれていたから、何とも言えないけどね」
シリーラさんが肩をすくめると、また扉を叩く音が聞こえた。
ドルイドさんが、玄関へ向かう。
「ドルイドのようすはどうかな? ドルガスに対して何か言っていた?」
どうやらシリーラさんは、ドルイドさんが心配で来てくれたようだ。
彼は負の感情や怒りを内に隠すことが上手い。
「大丈夫だと思います。ただ、戸惑っている状態ではありますが」
「そう。ドルイドは気持ちを隠してしまうから」
やっぱりばれているようだ。
「ごめんね。家族間の問題に巻き込んでしまって」
「いえ、大丈夫です」
足音がこちらに近づいて来る。
ドルイドさん以外にもう1人いるようだ。
「やはりここだったか、シリーラ」
「あら、ドルウカじゃない。どうしたの?」
「どうしたって、朝起きたらいなくなっているから驚いただろうが」
まさか無断で来ていたとは。
「えっ? お義母さんには言ってきたけど」
「えっ? どこに行ったのか訊いたけど知らないって……」
奥さんってそんな嘘つくの?
「もしかして何か作業中に声をかけなかった?」
「仕込中だったな」
「それは、あなたが悪い」
「そうだな?」
さすが夫婦、何を言っているのか全く分からない。
私が2人の会話に首を傾げていると、シリーラさんが。
「お義母さんって何かに集中していると、聞いていないのにそれらしい答えを返してしまうのよ。それで何度大変な目にあったか」
そうなんだ。
ものすごくしっかりしている印象なんだけど。
「昔からだな」
ドルイドさんも苦笑いしている。
人は見かけによらないという事か。
まぁ、その代表みたいな人が目の前にいるけど。
シリーラさんを見ると『どうしたの』と首を少し傾げている。
本当にパッと見た印象は、何処かはかなくて守ってあげたくなるんだけど、口を開けばあれだもんな。
人を見た目で判断してはいけませんを実感してしまう。
「ドルイド」
「はい」
「ドルガスのことなんだが、いろいろ許せない事もあると思う。それは俺に対してもだと思うが」
「いえ、そんな事は」
「無理はしなくていい。俺だったら許せないと思うから」
「…………」
「いつか、ドルイドがいいと思った時に一緒に飲もう。待っている」
「……はい」
玄関で2人を見送る。
なんだか昨日の夜から嵐に立て続けに襲われた気分だ。
隣に立つドルイドさんを見る。
困惑と不安と。でも、時折嬉しそうな、何とも表現しがたい顔をしている。
きっと、今までの事とかいろいろ考えているんだろうな。
ドルイドさんの手をぐっと握る。
「えっ?」
「朝ごはん食べませんか? 眠いですが、お腹も空きました」
「そうだな。そうするか」
ゆっくり焦らず心を整理していけば、いつかきっと笑い合う事が出来るはず。
…………
「おはようございます」
「お~、悪いな。こんな所に呼び出しちまって」
師匠さんから伝言が来たのが朝食を食べている時。どうやら今日はずっと忙しいようだ。
「師匠、おはようございます」
「……ドルイド、何かあったのか?」
「えっ、いえ何も」
さすが師匠さん、鋭いな。
「……そうか。頼まれていた魔石の鑑定結果が出た。これだ」
書類を受け取って、深呼吸して中身を読んでいく。
赤の魔石はおそらく前のSSSレベルの魔石ぐらいだと思う。
問題は透明の魔石。
アレが何なのか。
1枚目の書類は赤の魔石でSSSと表示されている。
やっぱり、このレベルか。
何か大きな問題が起きて必要とされない限りはバッグの底で眠ってもらおう。
2枚目に目を通す。
『透明度SSSレベル 魔石の種類:変化』
「変化? なんですかこれ」
変化の魔法なんてあるの?
と言うか何を変化させるんだ?
「分からん。調べたが、文献にもそんな魔石は登場しないし変化魔法なんてものもなかった」
つまり、何かを変化させることが出来るけど、変化出来るモノが分からないって事か。
ん~、レベルはSSS。
変化か。
「シエルを小さく変化させられたら、うれしいですけどね」
「「えっ?」」
「えっ? だって、小さくなれば町でも村でも一緒にいられるので」
そうなれば、きっと冬の間も安心だろうな。
「ありえるか? いや、それはないか……」
「そうとも言い切れませんよ。ソラはアイビーのためにいろいろできます。フレムだってアイビーの望みをかなえようとするのでは?」
「そうだな」
師匠さんとドルイドさんが真剣に話しているが、それはないだろう。
さすがに生きているものを魔法で大きくしたり小さくしたりなんて、無理だと思う。