207話 初孫
商業ギルドを出て、ドルイドさんの実家へ行く。
彼が、旅に出る報告を母親にしかしていないことが発覚したからだ。
忙しかったため、他の家族に報告することをすっかり忘れていたらしい。
ドルイドさんが言うには、『母さんが家族に言ってくれているはずだ』と言うが、こういうのは本人の口から言うべきだと思う。
なので一緒に実家があるお店に行くことになった。
「いらっしゃいって、ドルイドとアイビーじゃない。入って入って」
お店には店主さんと奥さん、それにシリーラさんがいた。
「すみません、仕事中に」
「大丈夫よ。今ドルウカが休憩のお茶を準備している最中なの。自主的に動いてね」
なんだか自主的と言う言葉に力があったような?
「人って変われるものなのね。諦めていたから驚いちゃった」
あっ、シリーラさんのこんな表情は初めて見たな。
何と言うか、包み込むような温かさというか……表現しづらいな。
ただ嬉しいと感じている事だけは、間違いないと思う。
「報告したいことがあってきました」
ドルイドさんが緊張の面持ちで旅に出ることを報告する。
「そうか、旅に」
店主さんは最初驚いていたが、すぐに嬉しそうに表情を緩ませる。
「えっ、母さんから聞いてなかった?」
「知っていたのか?」
「えぇ、そうだったわね。言われるまで忘れていたけど」
「お前な~」
店主さんのため息に、奥さんが肩をすくめた。
「アイビーいいの?」
「えっ?」
何がだろう。
「いろいろ問題を抱えているドルイドだと、邪魔にならない?」
奥さんといい、シリーラさんといい本当に容赦がないな。
と言うか、この2人似てる。
「問題ないです。頼りになるお父さんですから」
私の返答に『お父さん?』と言って首を傾げるシリーラさんたちに、ドキドキしながら家族登録をしてもらった事を報告する。
「そうなの? やるわねドルイド。こんな可愛い娘を手に入れるなんて!」
「ドルイドの娘だったら、俺たちの孫だな。初孫だな!」
話を聞いた店主さんと奥さんが、何故か異様に盛り上がってしまった。
その様子にドルイドさんも驚いている。
「2人ともアイビーが可愛い、可愛いっていつも言っていたからね~」
シリーラさんのちょっと呆れた声。
そうなのか。
えっとやばい、顔が熱くなってきた。
「本当にうれしいわ。ドルイドに、いえお父さんにはちゃんと甘えるのよ、アイビー」
甘える……。
「そうだぞ、甘えられる時にいっぱい甘えておけよ」
店主さんも奥さんと同じことを言いだす。
「ほら、アイビー。もっと甘えていいんだからな」
ドルイドさんが店主さんと奥さんの言葉に便乗しだす。
なぜか、攻撃をされている気分だ。
「えっと、頑張ります」
「甘えるのを頑張るって、本当にアイビーは良い子すぎ」
シリーラさんに頭をくしゃくしゃっと撫でられる。
「どうしたんだ? ドルイド? アイビーも一緒か?」
「兄さん、お邪魔しています」
「……お帰り」
「あっ……ただいま」
ちょっと緊張感のある挨拶をしている2人を見て、皆嬉しそうに笑っている。
なんだかこそばゆい気持ちになるな。
「ちょっと聞いて!」
その雰囲気をシリーラさんが吹き飛ばして、私とドルイドさんの話を報告する。
ちょっと驚いた表情をしたドルウカさんは、でも嬉しそうに『帰って来たら旅の話をきかせてくれ』とドルイドさんと約束していた。
そのままその日は夕飯を一緒に食べることになり、奥さんとドルウカさんとドルイドさんと私で夕飯を作る。
何故かお手伝いはドルウカさん。
ちなみにシリーラさんもいるのだが、ドルウカさんに指示を出す役目だった。
本当にドルウカさん、変わったな~。
2人の様子を見ながらドルイドさんと、こそこそと話す。
それが聞こえたのだろう、奥さんが『本当に、凄い変わりようよ』と教えてくれた。
ドルウカさんとシリーラさんの雰囲気は、前の時より柔らかい印象に。
前には見られなかった2人の世界があったので、ちょっと照れてしまった。
夕飯が終わってゆっくりくつろいでいる時間。
シリーラさんに頭を下げる。
「シリーラさん、ごめんなさい」
「えっ! えっ! 何? 何がごめんと言うか、アイビー頭をあげて」
ずっと謝りたいと思っていた気持ちが先走って、説明を省いてしまったためシリーラさんを混乱させてしまった。
「えっと、米で作る甘味ですが、全然協力できなくて」
一緒に考えようと言っていたのに、全然思いつかなくて。
旅の準備も忙しくなってしまって。
「そんな、全然気にしないで。本来は私が自分で考えることだもの!」
「でも、協力するって言っていたのに……」
ずっと気になっていたのだ。
一緒に作ろうと言ってくれたのに、なにも思い浮かばないし。
料理教室も落ち着いたので、今ではシリーラさんと奥さんが継続しているが私は離れてしまったし。
「本当に気にしないで、これまでの事で十分だから。それに料理教室も順調なのよ。固定客も出来て安定した収入になってきているの」
そうだったのか。
それはすごいな。
「シリーラさん、すごいですね!」
「ありがとう。でもアイビーもすごいからね」
「えっ?」
「アイビーがいなかったら料理教室を思いつきもしなかったわ。アイビーがいたから料理教室が出来たのよ」
この世界には料理教室というようなモノは無いと聞いた。
だから思いつかなかったのは仕方ない。
私だって前の記憶がなければ、考えもしなかっただろう。
「アイビーが色々ときっかけを作ってくれたのよ。感謝しているわ」
「あぁ、『こめ』の普及が成功したのもアイビーがいたからだ。おかげでこの町は持ちこたえることが出来た、ありがとうな」
シリーラさんの言葉の後に店主さんにも感謝されてしまう。
皆、優しいな。
ちゃんと今の気持ちを伝えたい。
「えっと、皆さんと色々と出来て楽しかったです。ありがとうございます」
なんと言っていいのか分からないので簡単な言葉になってしまった。
言葉にするのは難しい。
それでも気持ちをくみ取ってくれたのか、シリーラさんがそっと頭を撫でてくれる。
「ドルイドとアイビーの帰りを待っているからね」
「はい!」
帰りを待ってくれている人がいるのはうれしい。
旅の準備があるため、遅くならないうちにドルイドさん宅へ戻る事になった。
「いつ出発するのか、教えてね。お休み」
「はい。お休みなさい」
家の外まで送り出してくれた店主さんたちに手を振ってドルイドさん宅へ向かう。
「アイビー、明日家を売る手配をしてくるよ。おそらく3日ぐらいで結果が出ると思う」
「そんなに早く売れるんですか?」
「業者が売れると判断したら買い取ってくれるから。それが無理なら気長に待つことになるかな」
「気長に……」
旅に出るのが遅くなるって事かな?
「業者が無理だった場合、管理を父さんに頼んで売れるまで見ておいてもらうよ」
「ご迷惑をかけることになりますね」
「そうだな。でも大丈夫だと思う。値段を決めずに向こうが言ってきた値段で売る予定だから」
ん?
それだとドルイドさんが損をするのでは?
「今この町は人が急に増えたから家とか高値がつくんだ。俺の家の周辺も前より高値で売買されているのを確認しているし、損は出ないと考えている」
さすが抜け目がないな。
「では、家が売れたら出発ですね」
「アイビー」
「はい」
「魔石の鑑定を、依頼しているのを忘れてないか?」
あっ、そうだ。
師匠さん経由でお願いしていたんだった。
「いつ頃、鑑定結果出るんだろうな? 師匠たち少し忙しそうだったけど」
「急がせるのも悪いですからね」
「そうだよな」
どうしようかな?
あまり遅くなると予定が狂うな。
あれ?
誰かがこちらに近づいて来る。
少し急いでいる気配だ。
立ち止まって後ろを振り返る。
それに気が付いたドルイドさんも、私と同じように後ろを見る。
「「あっ」」
少しして見えたのは、走って近づいて来るドルガスさんの姿。
ドルガスさんは、ドルイドさんと私に気が付いたのか少し離れた所で立ち止まった。