203話 家族登録
ギルドからドルイドさん宅へ行くと、買取業者の人たちが荷物を運び出しているところだった。
その様子を玄関の所で見ているドルイドさん。
「こんにちは」
「用事は終わった?」
「はい。そうだ、アルミさんという方がギルマスさんに会いに来ていました」
私がそう言うと、隣をたまたま通りかかった業者の人から「げっ!」と言う声が上がる。
驚いて声を上げた人を見ると、何とも言えない表情をしていた。
首を傾げると、ドルイドさんが笑い出す。
「どうしたんですか?」
「アルミは交渉担当だから、業者関係者に恐れられているんだよ。取引等の交渉をしていると、いつの間にかアルミの要求通りになっていることが多いとかでさ。でもまさか、名前を聞くだけであんな表情をするなんてな」
ドルイドさんはかなり楽しそうだが、業者の人は苦笑いで仕事に戻った。
そう言えば、ギルマスさんも交渉を任せていると言っていたな。
「ギルマスさん、怒られていました」
「ハハハ。ギルマスには、何度か忠告したんだけどな」
「忠告ですか?」
「あぁ、仕事がうまく回っていなかったし、ミスも出てきていたからさ。アルミに早めに相談しろよと」
「そうなんですか」
「あぁ。でも子育ての邪魔をすることになるとか言って、相談できなかったみたいだけどな」
そう言えばギルマスさんは、アルミさんが来た時も子供の事を心配していたな。
彼女の方は何も言わなかった事に切れていたけれど。
「彼女が帰って来てくれたんならもう大丈夫だろう。なんせ仕事の鬼だから」
仕事の鬼、それは怖い。
「あっ、溜まった仕事が終わるまでは帰れないそうです。ギルマスさんの奥さんにも許可を取ったとか」
「うわ~、ギルマスの唯一の癒しを味方につけたのかアルミ。さすが容赦がない」
ギルマスさんの怯えた声で、見た目以上の人なんだろうとは思ったけど。
本当にすごい人だったようだ。
「あ、そうだ。これこれ」
ドルイドさんがズボンのポケットから何かを取り出す。
見ると緑のカード。
初めて見るカードなので、これが何かは分からないが口座のカードに少し似ている。
「これは?」
「商業ギルドが登録者に発行しているカードだよ」
えっ?
「今日、商業ギルドに登録してきたんだ。無事登録が済んだから」
「あっ、ありがとうございます。お願いしたこと、すっかり忘れてました」
「いろいろ忙しかったから仕方ないよ。それで、アイビーさえ良かったら家族登録をしないか?」
「家族登録?」
「あぁ。商業ギルドでは家族で事業を引き継ぐことが多いから、家族登録が出来るんだ。調べたら、血の繋がりが無くても登録できるみたいでな。身元の保証に口座カードを使っているが、ギルドのカードの方が安全だと思うんだ」
冒険者ギルドのチーム登録の家族版と言う感じだな。
それにしても血の繋がりが無くてもいいんだ。
それは不思議。
「家族登録にはスキル登録は必要ない。本人の意思と少しの血だけだ」
血?
「あの、血ってなんですか?」
「あれ? 口座を作った時に血を登録しなかったか?」
したっけ?
あの時は口座を作ることにちょっと興奮してしまって、あまり記憶が。
そう言えば、何かに指を押し付けたような。
「したような?」
「なんだ? 記憶にない?」
「口座を持てるなんて考えたことがなかったので、気持ちがいっぱいいっぱいで」
「なるほどな」
そう、あの時はちゃんとしているつもりだったけど、後で思い出すと夢の中のようにふわふわした記憶となっていて、よく覚えていなかった。
その事を、ものすごく残念に思ったことは強く記憶に残っているが。
「確かに、自分の名前で口座を作る時はワクワクするよな。俺も依頼料を振り込む口座を初めて作った時はかなり興奮した」
「ドルイドさんもですか?」
ドルイドさんが苦笑いしながら頷く。
今の落ち着いた彼を見ていたら、まったく想像が出来ないな。
と言うか、彼の若い頃が想像できない。
「終わりました」
玄関で立ち話をしていると、業者の人から声が掛かる。
どうやら全ての荷物を運び出せたようだ。
「ありがとう」
「いえいえ、これだけの物を売ってもらえたので、こちらとしてもかなり助かりますよ。しばらくしたら、冒険者たちが押し寄せるでしょうから」
冒険者が押し寄せる?
何かあるのかな?
「ハハハ、確かに。お金は口座に頼むな」
「はい。分かりました。では」
大量の荷物を積んだ馬車が動き出す。
「あの、冒険者が押し寄せるってなんですか?」
「魔物の凶暴化が原因なのかは不明なんだが、グルバルの中に高純度の魔石があると分かったんだ」
高純度の魔石。
間違いなく冒険者が集まる情報だな。
「全部のグルバルではないそうだが、かなりの確率で当たりがあると言う噂だ」
「それは、凄いですね。どんなレアモノか見てみたいな」
「見せてもらったけど、最高でレベル2だそうだ」
レベル2?
「立ち話もなんだから、家に入ってゆっくりしようか」
「はい」
あっ、さっきの返事をしていないや。
「あの、ドルイドさん。家族登録、お願いします」
「……いいのか?」
ちょっと心配そうな表情でドルイドさんが訊ねてくる。
どうやら、答えるのが遅くなったために不安を感じてしまったようだ。
「はい。もちろん、よろしくお願いしますね。お父さん」
「ハハハ、ギルマスに自慢してやろう」
えっ?
何を?
ドルイドさんを見ると、とても優しい笑みが浮かんでいる。
先ほどの不安な表情はどこにもない。
よかった。
「今ギルマスさんに会いに行ったら、アルミさんにも会えますね」
「……今は、止めておくよ。ギルマスの邪魔をしても悪いし」
今までの事があるからなのか、時々すごい不安そうな表情を見せるドルイドさん。
少しずつ、そんな感情が消えていってくれたらいいな。
「本当にそれが理由ですか?」
食事の部屋に入ると、ものすごくさっぱりしている。
どうやら家財道具も必要ないと売ってしまったようだ。
やる事が早い。
「バレたか。アルミは人使いが荒いから、今行ったら確実に手伝わされる。今までに何度ギルマスに巻き込まれたことか」
ドルイドさんが大きなため息をつく。
確かにアルミさんの勢いで来られたら、断れないだろうな。
ドルイドさん、優しいから。
「そうだ」
ドルイドさんがマジックアイテムのボタンを押す。
見たことのないアイテムだ?
「これは?」
「これも周りに音が洩れないようにするマジックアイテムなんだ」
今まで使っていたマジックアイテムより少し小ぶりだ。
「音を届けない範囲が少し狭いんだけど、2人だったらこれで十分だから」
なるほど。
「ただし、これは家の中かテントの中だけでしか使えないけどな」
「そうなんですか?」
「あぁ、口元までは隠してくれないから」
「口元?」
「知らない? 外で使っていたマジックアイテムは、口元が見えないようになっているんだ。口の動きで話を読める奴がいるから」
「そんな事が出来る人がいるんですか?」
「あぁ、読唇術と言うスキル持ちがいるからな」
知らなかった。
読唇術か、マジックアイテムがあるならこのスキルって活用できる場所ってあるのかな?
「それで? 提示された金額は満足できるものだったか?」
「口座カードを持つのが怖くなる金額でした」
「怖くなるって、大げさだな」
「大げさではないですよ。あの、金板が3枚」
「だろうな」
知ってたの?
私が首を傾げると、ドルイドさんはぽんぽんと頭を優しく撫でてくれた。
「冒険者の命を守ったポーションの値段としては妥当なんだよ。ギルドにとって冒険者は財産だから。冒険者によっては5枚を要求するだろうな」
えっ!
5枚とか書かれていたら、きっと意識が飛んでいたと思うな。
3枚でも混乱したのに。
「あっ、俺の方もかなり高額で売れたから、旅の費用にプラスできるから」
そう言えば、旅の費用とか2人でどう分けるかなどの話が出来てないな。
口座を確認するのは明日でもいいし。
「あの、旅の費用をどのくらい準備するのか話し合いませんか?」
「そうだな。準備が終われば出発したいしな」
「はい」
よし、ドルイドさんだけに負担がかからないようにちゃんと決めるぞ!