202話 すごいポーション
書類すべてにサインを書いていく。
金額が金額なので、口座に振り込んでくれるらしい。
よかった。
手渡されたら、怖くてこの部屋から出られないだろう。
振り込みは今日中にしてくれるそうなので、数日中に口座を確認してほしいと言われた。
正直、口座を見るのが怖い。
触れずにそっとしておきたいと思うが、そうもいかないようです。
「分かりました」
「金額に問題があったらすぐに連絡してくれ、頼むな」
「はい」
「そう言えば、ドルイドと旅に出るんだろう?」
「はい。ドルイドさんが一緒に行くと、言ってくれたので」
「そうか。ありがとうな」
「えっ?」
ギルマスさんを見ると、とても優しい表情をしている。
「あいつは、ずっと1人で苦しんできた。笑っている時も、何処か悲しそうでな。それがアイビーと一緒にいる時は本当に楽しそうなんだ。なんだろう、ようやく見つけた居場所と言うか……言葉にするのは難しいが。あいつにとってアイビーは支えなんだと思う」
支え……。
「私もドルイドさんが支えです。と言うか」
「と言うか?」
「私のお父さんです」
「ぶっ、お父さん? ハハハ、そうか。家族か」
そう、私にとってドルイドさんは家族のような存在になっている。
私が何か始めると見守ってくれて、迷ったらそっと手を貸してくれるような。
大切な、大切な私のお父さん。
「ドルイドの事、頼むな。大切な親友なんだ」
「はい。って何かおかしいですね。私がお世話になっているのに」
「いや、外から見ているとドルイドの方が世話になっているように見えるぞ」
「まさかっ!」
「ハハハ、そうだ。森の奥で収穫してきた果実に青いモノがあっただろう?」
「はい。結構高く買い取ってくれたモノですよね」
「あぁ、あれはどこでもそれなりの値段で取引される品物だ。薬実などは変動があったりするがな。収穫するならあの果実を中心にするといい。安定した収入になるはずだ」
薬実って値段が変動するんだ。
知らなかったな。
青い実って、少し独特の味がある実の事だよね。
何と言うか、甘味だけではないちょっと個性的な味だった。
私は苦手だったな。
「教えてくれてありがとうございます。見つけたら収穫します」
かなり森の奥で収穫したはずだ。
シエルの負担にならないようなら、少しだけ森の奥を探索してみよう。
そう言えば、あの青い実の名前知らないな。
お店でも、見かけたことがない。
「ギルマス!」
聞こうかと思ったが、部屋の外からギルマスさんを呼ぶ声。
忙しいのだろうな。
「では、私はこれで。ありがとうございました」
「いや、遅くなって悪かった。確実に今日中にいれるから」
私よりギルマスさんの方が気にしているようだ。
了解の旨を伝え部屋から出ようとすると、ギルマスさんがマジックアイテムの発動を止める。
部屋の外では、綺麗な女性がちょっと怒った表情で立っていた。
「あっ、ごめんなさい。遅くなって」
「えっ! 違う違う。あなたのせいではないわ。気にしないでちょうだい」
女性はそう言うと、扉を開けた状態で部屋に大股で入って行く。
「うわっ、アルミ。お前子供は!」
「子供は? ではないです! 問題がおきたら報告してくださいって言いましたよね? 何も言ってこないから安心していたのに、仕事はたまっていると言うしミスもあったそうではないですか!」
「いや、だって」
「だってではありません! こういう時こそ問題なく仕事を回さないと駄目なんです。子供をしっかり育てるためにも町がちゃんとしてくれないと落ち着いて子育てなんて出来ません! 休みをもらう前に何度も言ったでしょう。無理だったら早めに連絡を寄越せと!」
どうやらギルマスさんの補佐の人の様だ。
噂を聞きつけたのか、問題に気付いたのか。
とりあえず、ギルマスさんはこれで大丈夫だろう。
「ギルマスの奥方には、数日家に帰れない事は伝えました。溜まった仕事が終わるまで帰れませんからね!」
「なんだと、アルミ!」
「な・に・か?」
「ひっ……いや。何でもないです」
そっと部屋から離れ、ギルドから出る。
扉の近くでは、2人の冒険者が話し込んでいた。
すぐに通り過ぎようとしたのだが。
「そんなにすごいポーションだったのか?」
ポーションの話だったので立ち止まってしまう。
「あぁ、すごいポーションだった。俺さ、グルバルの角で思いっきりやられて絶対に死ぬと思ったんだ。意識も、朦朧としてくるし。で、気が付いたら傷も治療されて出血の後遺症も無くて、驚いたよ」
「はっ? 何があったのか知らないのか?」
「実はそうなんだ。完全に意識失ってたから」
「なんだよそれ!」
「仕方無いだろう。出血がひどかったんだから」
「だったらポーションの事は何も知らないのか?」
「いや、見た」
「見た?」
「あぁ、おそらく怪我が一番酷くて助からないと判断された奴が最後だったんだろうな。そいつの治療のために残ったポーションを全て飲ませている姿を見た。光ってたんだ、そのポーション」
「光るポーション? 聞いたこと無いな」
「最初、何を飲ませているのか分からなかったんだ。でも間違いなくあと数秒で死ぬって奴が、しばらくしたら起き上がってさ。あの時は驚いたな。腹に開いた穴もふさがっているし、出血の量も半端なくて青白かったのに、普通の顔色だったし」
「本当に? いくらすごいポーションでもそんな話聞いたことないが」
「だから最初に言っただろうが、見た事もない凄いポーションだったって!」
「分かったから怒鳴るなって! と言うか。よくそんなポーションを俺達に使ってくれたよな。確か師匠と呼ばれている人が、持っていたポーションだったんだよな?」
「あぁ、訊いても詳しくは答えてはくれなかったけど、師匠のポーションで間違いないよ」
「そうか。恩人だな」
「あぁ、恩人だ。今回の任務で俺は、死ぬ確率が高いと分かった上で盾役として立候補した。だから生きて町に戻って来た時、家族の顔を見た時、号泣しそうになったわ」
「俺は、お前の姿が見えた時に本気で泣いた」
盾役?
たしか、任務を成功させるために仲間の盾になる人たちのことだったはず。
そっと2人の顔を窺う。
まだ2人とも若い冒険者だ。
その1人が死ぬ確率が高いと知った上で盾役に?
ちょっと泣きそうになったのを、ぐっと耐えて足を動かす。
「泣いた?」
「本気泣きしてしまった」
2人の笑い声が後ろから聞こえる。
ソラのポーションが役に立ってよかった。
肩から提げているバッグをそっと撫でる。
心の中でありがとうと言うと、バッグが少しプルプルと揺れた。
「ありがとう、ソラ、フレム」
やはり声に出してちゃんと言いたい。
周りに聞こえないように小声でささやくと、バッグから先ほどより大きなプルプルが伝わってくる。
それに心がホッと温かくなる。
今日はポーションも剣も、魔力切れした魔石もいっぱいあげよう。