187話 上に立つ素質
大量にあったおにぎりとおかずはかなり減ったが、やはり残ってしまった。
奥さんは2人分だと言っていたけれど……。
3人でかなりの量を消費したが、余裕であと1人前はありそうだ。
とりあえず、おにぎりとおかずを1つの木箱に詰め直し、時間停止がしっかり出来るマジックバッグへと入れる。
これで明日も、安心して食べることが出来る。
「はぁ~、朝から何も食っていなかったから助かったよ」
師匠さんが、お腹をさすりながらお茶を飲む。
なんだかものすごく寛いでいるな~。
「森へ行く日程は決まったんですか?」
ドルイドさんの質問に、1度頷く師匠さん。
「まぁな、あぁそうだ。ギルドに、俺の時代に活躍していた冒険者どもが集まっているから面白いぞ」
俺の時代?
そういえば、ドルイドさんが『師匠は、当時の仲間に声をかけているだろう』と予測していた。
本当に集まってくれたのか、すごいな。
「この町に無事、到着できたのですか? 相当強いんですね」
それともこの町にいたのかな?
「あいつ等は俺より下だ。とはいえ、グルバルが凶暴化したぐらいだったらチームワークさえしっかりしていれば突破は出来る。まぁ、倒すとなると難しいが」
そうなんだ。
この町の上位冒険者が倒されたから、誰もこの町へ来ることはできないと考えていた。
師匠さんのような強い人でないと。
「町の冒険者どもが死んだのは、自業自得の面が強いな」
「えっ? 自業自得ですか?」
ドルイドさんも首を傾げているので知らないようだ。
「何かあったんですか?」
ドルイドさんの言葉に師匠さんが大きく肩をすくめる。
「あの馬鹿ども、今回の件を甘く見たんだよ。道中、主導権争いを繰り広げていたらしい。まったく、何を考えているんだか」
「「…………」」
それは確かに、自業自得の面があるかも。
「しっかり、自分のやるべき事をしていれば逃げることは出来ただろう。馬鹿な考えを起こして、手柄を立てて出し抜こうとさえしなければな」
「今まで引っ張ってきていた上位冒険者が、人さらいの組織に加担していたことが発覚して急にいなくなりましたから、欲が出たんでしょう」
欲を出すのはいい事だと思う、向上心にもつながる。
でも、それも時と場合によるだろう。
亡くなってしまったので可哀想だが、彼らの失敗で被害が大きくなる可能性がある。
まず、何を優先するかを考えるべきだ。
「集まった冒険者の中にも、上に立ちたいと思っている奴らが混じっていてな。これが暴走すると厄介だ。どうしたモノか」
森の奥へ行くならチームワークが大切だろう。
それを乱されたら、危険度が上がる。
「目に余る者がいるなら、外したらどうですか?」
「さすがに人数が足りなくなる。色々と人手が必要だからな」
上に立ちたいと思っている人がいる。
それも数名。
どうやったら落ち着かせることが出来るのか?
順番に上に立ってもらって、仕事をしてもらいどれだけ大変かを身を持って実感させる?
うまくこなせる人がいるなら、そのまま上にいてもらえばいいのだし……。
あれ?
上に立つ人は何をするんだろう?
ボロルダさんみたいに、討伐隊が組まれた時のリーダーとか?
「あの、上に立つ人とは討伐隊のリーダーのことですか?」
「それも含まれるが、それだけじゃない。ギルマスの片腕と言われ、冒険者を身近で見て判断する役目もある。それに伴い、ある程度の権限ももらえる」
そんなに重要な立場になるのか。
軽く決めていい事ではないな。
どんな人が上に立てば、皆納得するんだろう?
「あの、上に立つ人の最低条件ってなんですか?」
ある程度これでふるい落とせるのでは?
「条件か……絶対に必要なのは強さだな、あと人を導く力も必要となる。引っ張る力は必要だが、周りが見えない独裁者は駄目だ。あと、今何が必要で不必要かを判断できる頭も必要だな。やるべき事を間違うと、仲間の命にも関わってくる」
ドルイドさんの話を聞く限り、とりあえず強さが重要。
そして人を導く力……これは難しいだろうな。
それにその立場になってから、力を付ける人もいる。
後は引っ張る力か、でも独裁者では駄目。
それと、必要な事を判断出来る頭。
……何気にこれが一番重要かも、命も関わってくるし。
「アイビー、何かいい方法がありそうか? とりあえず、なりたい奴全員に回してみるかって提案が出たんだが、さすがに今回は危険すぎるからな。却下された」
あっ、一緒のことを考えた!
でも駄目なのか、残念。
条件の中で、分かりやすくふるい落とせるのは強さかな。
強さ、強さか~。
あっ、強さなら……。
「殴り合いで、一番強い人を決めたらどうでしょう」
「……………………まさかの方法が出てきたな」
「アイビー、さすがにそれは」
師匠さんとドルイドさんが、驚いた表情を見せる。
えっと、駄目?
「えっと、強さが必要みたいだったので。時間もないし、だったら手っ取り早く殴り合いである程度の人をふるい落としたらって思って。そうしたら無謀なことをする人は減るかと……駄目ですか?」
語尾がどんどん小さくなる。
う~、やはりちょっと過激すぎたか。
「怪我人が出ると人手が足りなくなる可能性があるからな。手加減なんてしないだろうし」
ドルイドさんの言う通りだ。人手が足りない時に怪我などとんでもない事だ。
「すみません、怪我のことを考えていませんでした。確かに今は駄目ですね」
「アイビー、今っていうか……」
ん?
あぁそっか、時間がある時ならもっと他の方法を取るか。
わざわざ殴り合いなんてしないよね。
「ハハハ、すみません。殴り合いは無しで」
「アイビーは面白いな~」
師匠さんを喜ばせてしまった。
「しかし殴り合いか。手っ取り早く強さだけを見るならいいかもな」
「師匠、駄目ですよ」
「分かってるよ。今、そんな事をしようとする奴がいたら、それこそ上に立つ素質なしだ」
う~、実行しようとした私は、上に立つ素質はないらしい。
まぁ、ものすごく大変そうなので考えることもないが。
「「あっ!」」
ん?
何故か師匠さんとドルイドさんが驚きの声を同時にあげた。
何か良い案でも浮かんだんだろうか?
「アイビー、それだ。それっ!」
「本当にアイビーは面白いっ!」
……それって何?
どうして面白いの?
困惑している私の様子には気付かず、何か重要なことでも話す様に声のトーンを抑えて2人が話し出す。
「殴り合い、採用するんですね」
えっ!
でも怪我をする可能性があるからダメだって。
「あぁ、参加希望者を募る。で、参加を表明した奴は全員資格なしだ」
どういう事?
参加希望者を募るのに、参加希望を出したら資格なし?
えっと、殴り合いでは怪我をする可能性がある……参加者は怪我をするかもしれない……。
あっ、今必要な事と不必要な事が判断できるかどうかを調べるのか。
怪我をする可能性がある殴り合いに参加するなんて、人手が足りない今は特に駄目だ。
それなのに自分の欲を満たすために参加しようとする。
確かに、こんな人に命は預けられないな。
「この方法なら、間違った事をしようとしている上に意見を言う事が出来るかどうかも調べられますね」
なんだか、他にも良い点があるようだ。
「アイビー、ありがとうな。殴り合い、使わせてもらうがいいか?」
「もちろんです。頑張ってくださいね」
2人につられて小声で話す。
というか、別に殴り合いのことで私に許可を取る必要はないのだけど。
「明日は楽しい事になりそうだな」
「……師匠、やり過ぎは駄目ですよ」
ドルイドさんの言葉に師匠さんを見ると、ものすごい良い笑顔。
これは絶対に何かやりそうだ。
「大丈夫だ。まぁ、騒ぐ奴はちょっと黙らせる予定だが」
何とも言えない笑顔を見せる師匠さん。
ドルイドさんが大きなため息をついた。
どうやら諦めたらしい。
確かに、今の師匠さんは止められる気がしないな。