185話 ありえない忙しさ
「米、炊いてきます!」
おかしいな。
どうしてこんなに忙しいんだ!
皆、米への拒絶反応はどこへいった?
慌ただしさに混乱気味の頭でいろいろ考えながら、売り場から奥の調理場へ急ぐ。
調理場に戻ると、新たに米を炊く準備をする。
その隣では4つのお鍋が米を炊いている最中だ。
その中の2つは、あと少しで完成だ。
「ごめん、ソースがそろそろ無くなりそうなんだけど。材料はどこだろう?」
ドルイドさんが大きな陶器の入れ物を持ってくる。
「材料は全て此処にあります。材料を記した紙もそこに……そんなに作るんですか?」
「了解。あぁ、これを渡された。俺でも出来るかな?」
随分大量に作るんだな。
余ると思うけど。
「大丈夫です。しっかり混ぜてくれればいいだけですから」
「なら片腕でもできそうだな」
材料を量る準備を始めるドルイドさんを見ながら、炊きあがった米を木箱に入れていく。
どんなに急いでいても、炊き立ては駄目。
奥さんが急いで握ろうとして、その熱さに驚いていた。
団扇を借りておいたので、風を送って粗熱を取っていく。
「すごいですね。こんなに人が集まるとは思いませんでした」
「俺もだよ。最初の客が『こんなエサを売るなんて』と怒鳴ったから、やはり難しいかと思ったんだが。子供たちは、こだわりが無いみたいで飛びついたもんな」
「はい。良い匂いって集まって来て、米だと聞いても全く躊躇なく値段を見て安いってすぐに買ってくれましたから」
「そうそう。その後店の前で美味いって大騒ぎ。俺一瞬父さんが頼んだのかと慌てたよ」
子供たちの口にあったのか、子供たちは違う子供たちを呼んで一時店の前にはかなりの子供たちが集まっていた。
どんどん注文するものだから、焼くのが大変で。
店番をしていた奥さんまで呼びに行ったんだよね。
店主さんも店の前で対応してくれたっけ。
子供たちが、親にも話したようで最初は米という事で恐る恐るだったけど食べたら気に入ってくれて。
そうしたら次々米が売れていくから、今度は店番の人手が足りなくて一番上のお兄さんも参加することになった。
粗熱が取れたようなので、次は移動。
ちょっと重いけど、大丈夫かな?
「手伝うよ」
「えっ?」
後ろから聞こえた声に視線を向けると、先ほど紹介されたドルイドさんの一番上のお兄さんドルウカさん。
「これを持っていけばいいのかな?」
「はい。ありがとうございます」
「いや。……ドルイド、ソースが出来たら急いで持って来てほしいと父さんが言っていた」
「あっ、あぁ、了解しました」
ドルイドさん、緊張しすぎ!
「ドルイドさん、出来ました?」
「えっ、あ~と、後は混ぜるだけかな」
「しっかり混ぜてくださいね。塩と砂糖が溶けないと味が変わるので」
「分かった。というか、これにいっぱい作ってくれと言われたが、多くないか?」
「そうですよね?」
入れ物は、10リットルぐらい入る蓋つきの壺だ。
作った量を見て2人で首を傾げる。
どう見ても多すぎる。
何かするつもりだろうか?
「『こめ』を購入した奴……客が焼きおにぎりのソースが欲しいって頼み込んでいたんだよ。たぶんその対応をするためじゃないかな」
「売るんですか?」
あれ?
まだソースの評価がギルドから出ていないから、売れないはずだけど。
何処かに同じような分量のソースが無いか、ギルドで厳しく調べられるのだ。
そして不具合がなかったら、問題なしとして売る許可が下りる。
それまでは確か売ることは禁止されていたはず。
「売るのではなく『こめ』の付属品として渡すのかもしれないな」
ドルイドさんの言葉に首を傾げる。
付属品。
そういえば、買いに行った物にプレゼントがついていることがある。
あれかな?
「プレゼントですか?」
「「ぷれぜんと?」」
あっ、やってしまった。
気を抜くとすぐに言ってしまう。
あれ?
でも、占い師は確かプレゼントって……?
「贈り物のことです」
「あぁ、プレゼントか。馴染みがないから忘れていたよ」
あれ、知っているみたい。
「俺達は贈り物と言う方が多いから、なんとなく違和感を覚えるな」
「そうだな」
そうなんだ。
あっ、ドルイドさん普通にお兄さんと話せるようになってる。
よかった。
「待たせているので、戻りましょうか」
それにしても、プレゼントという言葉はあるのか。
どれが駄目で、どれが大丈夫なのかさっぱり分からないな。
「そうだな、いい加減怒鳴り込んできそうだ」
いやいや、そんな人はいないと思うけど。
お姉さんがちらつくけど、今は忙しいはずだし。
「お待たせしました!」
「ごめん、握ってくれる? 余裕なくて、ごめんね」
お姉さんの言葉に、店の前の客を確認するとかなり並んでいる。
しかも、先ほどまでは見られなかったちょっと年配の人の姿もある。
どうやら、エサという抵抗感より興味の方が勝ったようだ。
これなら、米が馴染むのも早いかもしれないな。
一度食べてしまえばこちらのモノだ。
「握っていきますね」
木箱の中を確認したが、残りのおにぎりはかなり少ない。
間に合ってよかった。
数をこなしてきたからか、おにぎりの形が安定してきた。
握る時の力加減も完璧だ。
ただ……握る数が多い!
…………
「お疲れ様~。アイビー、疲れたでしょう?」
「はい。さすがに疲れました」
「休憩部屋があるから、そこでゆっくりしてて。ごめんね、休憩を挟めなくて」
「ありがとうございます」
どうやら『珍しくて美味しい』という噂が町に流れたようで、次々と客が集まってしまった。
その為、お昼頃から夕方まで客足が途絶えることがなく、休憩も挟めなかったのだ。
「はい。水分補給」
ドルイドさんが飲み物を持って来てくれた。
店主さんと奥さんは後片付けをしている。
手伝いたいが、体が動かない。
本当に疲れ切ってしまっているようだ。
「大丈夫か? 最後ふらふらしていたけど」
「大丈夫です」
何度か休憩して良いよと言われたが、さすがに客の多さに遠慮した。
でも、皆さすがだな。
あれだけ忙しかったのに、まだまだ余裕があるように見える。
「はぁ~、疲れた」
隣に座ったドルイドさんを見る。
かなり疲れた表情だ。
「腕を失ってから鍛えてなかったからな、体が鈍っているみたいだ。旅に出る前に鍛え直さないと」
どうやら、ドルイドさんは私寄りみたいだ。
ちょっとうれしい。
「疲れ組ですね」
「疲れ組? あぁ、父さんたちはまだまだいける組?」
「はい。まだ余裕そうに見えるので。私は限界です、残念ながら」
「途中で休憩もなかったから仕方ないよ」
あれだけ忙しいのに休憩とか無理。
気になって休憩できないと思う。
「それにしても、朝組んだ予定は全く意味がなかったな」
隣から聞こえてきた言葉に笑ってしまう。
朝、お店を開く前に店主さんとドルイドさんが予定を組んでいたのだ。
米が受け入れられなかった場合の対処方法を。
とりあえず一口食べてもらう事が重要だと、ある程度無料で配る予定にしていた。
それを聞いた奥さんとお姉さんは、笑って『大丈夫、問題ない』と断言していたけど。
2人には心配だと、小さめのおにぎりを作ってほしいと言われていた。
「奥さんとお姉さんの言うとおりでしたね?」
「確かに。あぁ、そうだ昨日あたりから食べ物が無くなるという噂があったらしい、その影響も関係しているかもな」
お店から商品がなくなれば、気付くよね。
でも、米は大量にあると言っていたから、その不安は少し緩和されるはずだ。
「お疲れさま~! もう、最高!」
売り場と調理場の真ん中にある休憩場所に、機嫌よくお姉さんがやって来る。
何かいい事があったみたいだ。
先ほどまであった疲れが今は見られない。
「どうかしましたか? 姉さん」
「聞いて~、一番買いだめした屑の家の者が、米を買いにきたわ。ざまーみろって感じ」
疲れでちょっと黒さが増してしまっているのかな。
うん、きっとそうだ。
「姉さんの黒さに、慣れてきている自分がちょっと嫌だな」
ドルイドさんの小さな声に、つい頷いてしまった。
慣れって怖い。