178話 魔物の世界は厳しいな
「悪いが、俺は戻って文献と報告書を見直すわ」
ギルマスさんが慌ただしく席を立つ。
「俺も行こう」
師匠さんは、ギルマスさんのお手伝いをしてくれるようだ。
……ギルマスさん、その嫌そうな表情を見られたら。
「おっ、何か問題でもあるのか? 優しい師匠が手伝ってやろうって言うのによ」
ほら、絶対に付け込まれるから。
「ハハハ、あ~感謝します」
ギルマスさんの諦めた表情と、師匠さんの満面の笑み。
ドルイドさんの時も思ったけど、いい関係に見えるから不思議だ。
「じゃ、またな」
「はい。頑張ってくださいね」
これからギルドに戻って文献とか読み直すのか、大変だなギルマスさんは。
あっ、ドルイドさんに訊きたいことがあったんだ。
「ドルイドさん、魔物は魔力を食べたりするのですか?」
先ほど感じた疑問をドルイドさんに訊いてみる。
「ん? もしかしてアイビーは知らない?」
「えっ?」
何のことだろう?
「悪い、知っていると思い込んでいた。魔物の多くは魔力を食べると言われている」
「そうなんですか?」
食べるのか。
というか、ドルイドさんの言い方からして、これって知っていて当たり前のことなんだよね。
……うわっ、恥ずかしいな。
「魔物の中には、森の奥に自生する魔魂と言う木の魔力を含んだ実しか食べない魔物もいるそうだ」
「そんな魔物が……魔物の中の草食動物?」
「えっ、何?」
「いえ、なんでもないです」
また、前の知識が……。
ドルイドさんだと、緊張感が薄れてしまってどうも口が滑りやすい。
気を付けないと、他の人の前でもやってしまいそう。
「魔物が寿命以外で死ぬ場合は、何が考えられますか?」
他の原因で死んだ場合も、魔力は溢れだすのかな?
いや、もしそうなら凶暴化する魔物の情報がもっとあるはず。
という事は、他の原因で死んだ場合の魔力は……消える?
「寿命以外で死ぬとしたら、戦って死ぬ場合が多いだろうな。その場合は戦いで相当な魔力を使うから、死んでもそれほど魔力は残っていないはずだ」
あっ、そうか。
戦う時に魔力を使うのをすっかり忘れてた。
命を懸けて戦っているのだから、魔力の出し惜しみなんてしないはず。
そうなると、負けた方の魔力は相当減っているだろうな。
残っている魔力ぐらいなら、食べても凶暴化はしないという事なのかな?
ん~、他に死ぬとしたら病気かな?
でも病気だとしても、弱っていくと狙われやすくなるんだろうな。
寿命を迎える魔物って、かなり珍しいのかもしれない。
だから文献もあまり残っていないのかもしれないな。
「でも、どうして文献に魔力の事を書かなかったのでしょうか?」
魔物が魔力を食べるのが当たり前なら、文献にそう書くはず。
どうして書かなかったんだろう?
「もしかしたら、知らなかったのかもしれないな」
「えっ? でも当たり前のことなんですよね?」
ドルイドさんが、言ったんだけど……。
「魔物が魔力を食べると分かる以前の文献には、『黒い靄のような』と書かれてあったりするんだ」
そういえば師匠さんが、古い文献で読んだと言っていた。
つまり魔力を食べるという事が、まだ知られていない時代の文献の可能性があるのか。
「もう一度、読み直すと言っていたから何か分かると良いけどな」
「そうですね」
「さて、そろそろ帰るな。お茶のコップは」
「あっ、私がします。お湯を作っている間に洗っちゃいますから」
「いいのか?」
「はい、お湯が沸くのを待っている間は暇なので、何かやる事があった方がいいんです」
お湯が沸くのをただ待っていると、なんとなく時間が長く感じるんだよね。
洗い物などしている時は、あっという間に過ぎるのに。
「そうか、ありがとう。野兎の丼物美味しかったよ。また明日」
「また明日。帰り気を付けてくださいね」
「ハハハ、ありがとう」
ドルイドさんが広場から出ていくのを見送る。
「今日は、なんだか慌ただしい1日だったな」
お湯を沸かしている間にコップを洗い、テントに戻る。
「ごめんね、お待たせって既に寝ているよね」
ソラもフレムも既に夢の中だった。
体を拭いて新しい服を着る。
そろそろ服の洗い物が溜まっているな。
森の川を探すか、町の洗い場を探すか。
シエルと一緒にいられる時間が長くなるので、川の方がやっぱりいいよね。
「よし、明日は川を探そう」
寝る場所を整えて体を横たえる。
「ソラ、フレムお休み」
明日は川へ行って洗濯して、店主さんの店へ行ってソースの事について話を聞こう。
ふわ~……お休み。
…………
人が行きかう気配に意識が浮上する。
「んっ、おはよう。ソラ、フレム」
声をかけるが、2匹はまだ寝ている。
その様子を見て、もう一度寝たくなるがテントの外がかなり騒がしい。
何かあったのだろうか?
もしかして寝過ごした……いや、それは無いな。
テントの入り口から入ってくる光の角度から、まだ朝だと分かる。
なのにテントの外では、慌ただしく人が動き回っている。
「……確かめた方がいいよね」
体を起こし腕を上に伸ばす。
気持ちいい~。
その間にも、テントの外は騒がしさが増している。
急いで確かめよう、不安になってきた。
服を着替えて、テントの外に出る。
「おはよう」
声に後ろを振り向くと、お隣のマシューラさんだ。
「おはようございます。何かあったのですか?」
「グルバルの件を調べに森の奥へ行っていた上位冒険者たちが、数名戻って来たらしい」
「えっ、本当ですか?」
よかった、無事だったのか。
……あれ、でも今数名って……。
「全員ではないのですか?」
「まだ、ちゃんとした情報ではないが3人らしい。それに、かなりひどい怪我をしていると聞いた」
3人!
確か上位冒険者の3チームが、グルバルの件で森の奥へ行っていたはず。
ドルイドさんは3チームで……13人だと言っていた。
それが3人なんて。
昨日の情報が、役に立てばいいけれど。
マシューラさんにお礼を言って、テントの中に戻る。
今すぐドルイドさんのところに行って情報を訊きたいけど、少し時間を置こう。
私が行っても、何の役にも立たないし。
「ソラ、フレム、起きて。ご飯食べよう」
ご飯の言葉に目を覚ますソラ。
ポーションを並べていると、ゆっくり目を覚ますフレム。
2匹がポーションを食べているのを確認してから、自分の食事を始める。
朝は干し肉と果物。
「やっぱり気になる! ドルイドさんを探しに行こうかな? でも邪魔したら……」
私の独り言に、ソラとフレムがそれぞれプルプルと揺れる。
まるで応援されているみたいだ。
……違うかもしれないけど。
よし。
「探して、いなかったら諦める。見つけて、忙しそうなら戻ってくる。そうしよう」
うん、けして邪魔はしないように気を付けて……。
「アイビー、起きているかな?」
「うわっ!」
「えっ、アイビー。ごめん」
「いや、大丈夫です。ちょっと待ってください」
考えていたドルイドさんの声が、不意に聞こえたから驚いた。
というか、考え事に没頭しすぎて周りの気配をすっかり確認し忘れていた。
ふ~と気持を落ち着ける。
それにしても、まだ早朝だ。
こんな時間にドルイドさんはどうしたんだろう?