175話 まだ若い!
「………………おい、ドルイド。これは何だ?」
牛という物ではなく野兎の肉なので、野兎丼を凝視した師匠さんが顔を引き攣らせている。
何か、おかしいかな?
一口食べるが、しっかりと臭みも取れて美味しく出来上がっている。
米の炊き加減もどんどん上手になってきているので、問題なしだ。
少しピリッとした辛みが美味しいな。
「何って『こめ』を利用した丼物です。えっとこれは野兎の肉だな」
うわ~、ドルイドさんの満面の笑顔。
なのに、なぜか黒く見えるのは気のせいかな?
「『こめ』……あれはエサだ。人間が食うもんじゃねぇ! 『こめ』など食わん!」
師匠さんは、スプーンをドルイドさんに突き付けて言い切る。
なんだか、拒絶反応が激しいな。
そんなに駄目だろうか?
美味しいのに。
「だからアイビーは、料理を作る前に食べられない物はないか聞いたではないですか。師匠、何も言いませんでしたよね。だったよね、アイビー?」
ここで話を振るのか。
確かに『食べられない物はないか?』とは、聞いた。
何も言わなかった以上は、食べられない物が出てきても諦めてもらうしかない。
でもまさか、エサとして利用されている米が出てくるとは思っていなかったんだろうな。
「そうですね」
とりあえず、結果だけを見て応えておこう。
「そう言う事です」
「ドルイド、嵌めたな」
嵌めたというより、師匠さん自ら嵌りにいったような。
「師匠も乗り気だったでしょうが、自業自得です。さぁ、師匠食べてください。旨いですから」
「うっ、まさかこの年でエサを食べることになるとは……」
そこまで嫌がられると、理由を知りたくなるな。
「どうしてそこまで拒否するんですか?」
「年をとった者の方が拒絶反応はひどいだろうな」
ドルイドさんの言葉に首を傾げる。
年配の人の方が?
「おい、俺はまだ若い。年寄り扱いするな」
「だったら、食べられますよね? まだまだ若い師匠なら」
アハハハ、絶対さっきまでの仕返しだ。
こんな真っ黒なドルイドさん初めてだな~。
そっと視線を2人から外して、食べることに集中する。
なんだか見ていると消化に悪そうだ。
あっ、米を嫌がる理由を聞けてない。
……後でいいかな、今話しかけるのはちょっと遠慮したい。
「う~、くそっ……」
あっ、食べた。
視線を逸らしていたが、気になるのでじっと様子を窺う。
眉間のしわが酷いな。
もしかして口に合わなかった?
「……旨いな」
「アイビーの作る料理は旨いですよ。『こめ』の見た目はまぁ……」
「毒虫の卵と同じに見えるな」
「アハハハ、それは考えない方がいいですよ」
ん?
毒虫の卵にそっくりなの?
それは知らなかった。
だから、見た目で嫌がられるのかな。
「それにしても旨いな。野兎の肉の癖に臭みがねぇな。いいなこれ」
よかった。
気に入ってくれたみたいだ。
「しかし、『こめ』なんてよく食おうと思ったな」
「えっと」
どうしようかな。
「アイビーは、様々な食材で料理を作ることに挑戦していますから」
ドルイドさん、ありがとう。
どう言えば納得してくれるのか、全く思いつかなかったから助かった。
後でしっかりお礼を言おう。
「ほ~、若いのに。野兎の臭みはどう処理したんだ? 鮮度が良くても少し臭うからな、こいつは」
「薬草を使っています」
「料理に薬草? そんな物を料理に使うのか」
「さすがに師匠でも聞いたことは無かったですか?」
「あぁ、料理に興味はないがそれなりに情報は入ってくる。が、薬草を使った料理は聞いたことがねぇな。薬草で食べると言えば、思い出したくもない野バトのスープだろう」
野バトのスープ。
師匠さんも嫌いなんだ。
「薬草を使って旨く作れるアイビーは、すごいよ!」
前の知識を活用しているので、そう言われると何だかちょっと後ろめたいな。
視線を彷徨わせていると、ポンと頭に手が乗る。
見ると師匠さんが、じっと私を見つめている。
「師匠さん?」
「若いのにすごいな、アイビーは」
なんだか、さっきまでとは反応が少し変わったような気がするな。
先ほどまでは、何処か棘とまではいかないけど何か排除するような……。
ちょっと違うな。
友好的なんだけど、観察されているような……難しい。
「そうだな。すごいわ」
師匠さんの眼尻に、一瞬だけ深い皺が刻まれる。
あっ、笑顔が違う。
裏を感じる笑みではなくて、一瞬だったけど本当にうれしそうだった。
「ごちそうさん。久々に旨い物を食った」
「ご馳走様。アイビー、ありがとう。洗い物はやるよ」
「ご馳走様でした。私もやります。2人でやった方が速いですから」
「悪いな。まだ片手だとなれなくて」
「仕方ないですよ。洗いますから水で流してくださいね」
洗い物を重ねていると、さっとドルイドさんが持ってくれる。
それに感謝を言って、2人で調理場所へ向かおうとすると。
「師匠と弟子かと思っていたが、なんだか雰囲気が親子みたいだな」
師匠さんのからかうような声が聞こえる。
親子か。
父親像にいいモノはない。
でも、ドルイドさんがお父さんか。
「優しいお父さんでうれしいです。お茶を持ってきますね」
「へっ?」
隣から、ちょっとおかしな声が聞こえたけど気にしない。
思うのは私の自由ですから。
「ハハハ、しっかりした子供でよかったな。親としてうれしいだろ、ドルイド」
「大きな声で余計なことを言わないでください。また変な噂が流れるでしょうが」
確かに、『付きまとっている愚かな子供が、実は血の繋がった子供だった!』って。
店主さんとか驚くだろうな。
「悪い、また」
「問題ないですよ」
「噂とか嫌ではないか? 好き勝手なことを言われているし」
1回噂が出回ったら、何をしても消えることは無い。
だったら、気にしないのが一番だ。
「噂は消せないですし、騒ぐともっと広がりますし。だったら、気にしないのが一番です」
「そうだが、悪いな。俺が一緒にいるから」
「ドルイドさんは悪くないです。それに『ついて回っている愚かな子供』とか面白い噂だと思います」
「そうか? ムカつかないか?」
ドルイドさんを見ると、顔が不機嫌なモノになっている。
私の代わりに怒ってくれる人がいる。
それは幸せなことなのだと思う。
「気になりません。ドルイドさんがいてくれるので」
「えっ? 俺?」
「はい。噂を信じますか?」
「まさか、信じるわけないよ」
「大切な人が噂に振り回されないなら、気になりませんし怒りも無いです」
「…………そうか」
「はい」
2人で洗い物を終わらせ、食器と新しいお茶を入れてテントの前へ戻る。
お隣さんを見ると、今日は留守のようだ。
なので、置いてあった机と椅子を無断で借りている。
今度しっかり何か作ってお礼をしよう。
「師匠、少し聞きたいことがあるんですが」
「おぅ、何だ。このお茶、旨いな」
「それはアイビーが森で見つけた茶葉なんですよ。グルバルが凶暴化している原因を知りませんか?」
「森で、そりゃすごい。グルバルの事か、少し調べたんだがな原因は分からなかった。だが、昔もグルバルではないが他の魔物が急に凶暴化した事があるらしい」
グルバルの話とお茶の話が……器用だな。
「昔ですか? その時の原因は何だったんですか?」
「それが良く分からん。寿命で死んだ魔物を食ったために凶暴化したとか」
「はぁ? なんですかそれは」
寿命で死んだ魔物?
ドルイドさんが怪訝な表情で師匠さんを見る。
だが師匠さんも、それ以上は何も知らないのか肩をすくめるだけ。
残念ながら、解決の糸口はなかったようだ。