174話 師匠さん
「そういやお前、腕を食われたんだって? まったく馬鹿だな~」
師匠さんは容赦がないな。
「はぁ~、師匠は本当に変わらないですね」
「人間、この年になったらそうそう変われるもんじゃないよ。おっ、こっちが噂のアイビーか?」
ん?
そう言えば、私の噂が流れているのだったな、興味がないから忘れてた。
「初めまして、アイビーです。ドルイドさんにはお世話になっています」
頭を下げて挨拶をすると、ちょっと驚いた後にニヤリと笑われた。
ん~、この笑顔。
何か企んでいそうで、ちょっとぞわっとするな。
「ドルイドについて回っている愚かな子供がいると聞いたが、どうやら噂とは違うようだな」
ついて回っている愚かな子供?
そう言えば、最近は色々と一緒にいるからな。
周りから見たらそう見えるのか。
「そんな風に言われているんですか?」
ドルイドさんの少し焦った声。
別に気にする必要は無いのにな。
「師匠さん」
「おっ、異論ありか?」
「異論? いえ、ありません。私は愚かな子供でいいです」
「「えっ?」」
子供は皆、何処か愚かな部分を持っていると思う。
それの何処が悪いというのか。
「なんだかずいぶんと変わった子供だな」
「師匠! 失礼ですよ」
「相変わらず、真面目だね~」
師匠さんの少し呆れた表情に疲れ切ったドルイドさんの表情。
2人の表情はまったく違うのに、何だかとてもかみ合っているように感じるな。
それにしてもこの師匠かなり癖が強いな。
「師匠は、ここで何をしているんです?」
「飯の調達だな。ドルイドたちもか?」
「えぇ。って違います。どうしてこの町にいるんですか?」
「隣町にいたんだが、この町から援助依頼が出たと知ってな。弟子たちがどうしているか気になって顔を見に来た」
「そう言えば、ギルマスが援助を依頼したと言っていたな」
師匠が弟子を心配して顔を見にきたって事か。
優しいところもあるんだな。
「困っているギルマスと俺を見て笑いに来たのでは?」
ん?
さすがにそれは……。
「まぁ、そんな感じだ。だがほんの少しは心配したんだぞ」
……そうなんだ。
まぁ、本心を言っていない可能性もあるしね。
「しかし、かなりグルバルの影響が出てるな。半分ぐらいの屋台が閉まってやがる」
「そんなにですか?」
「おぅ、一周見てきたから間違いないぞ」
2日前までは、まだ多くの屋台が開いていたのにな。
「そうですか。どうしようか、アイビー。屋台がこの状態だと飯屋も駄目だろうな」
「広場に戻りませんか? 食材ならまだありますし、簡単な物なら作れます。師匠さんもどうですか?」
「え゛っ!」
「おっ? いいのか? ドルイド悪いな~」
ドルイドさん、そこはぐっと耐えないと。
口に出すから、師匠さんに遊ばれるんです。
「はぁ、師匠。アイビーに迷惑をかけないようにお願いしますよ」
「……本当に噂とは違うな」
どんな噂が流れているのか、聞くのが怖いな。
これは今まで通り、気にしない方がいいかな。
「アイビー、気になるか?」
あっ、師匠の狙いが私になったな。
「いえ、あまり気にならないので。それより食べられない物はありますか?」
「なんだか、子供らしくない子供だな」
私が師匠の話に乗らないからと拗ねないでほしいが……。
いや、これも罠かな?
ちょっと窺うような気配を感じる。
……無視しよう。
「好き嫌いはないようなので、勝手に作りますね」
「ぅわ~、ドルイドやゴトスの子供の時と全く違う。本当に6歳か7歳か?」
もう、慣れたもん!
ってゴトスって誰だろう?
……あっ、ギルマスさんが確かそんな名前だったような……違うような?
「師匠さん、私は9歳です」
「……9歳? その小ささで?」
ぐっ、小さいという言葉が一番心に刺さるな。
「とりあえず、広場にもどろうか。アイビー、途中で買い物が出来るところがあるか探した方がいいか?」
材料は、えっと野兎と野ネズミの肉がまだあるし、野菜もまだ残っている。
困った時の米も、今日新たに確保したし。
調味料や薬草は旅の道中でかなり確保してきているし。
「大丈夫です。ただ、ドルイドさんは昨日と同じ丼物になるかも知れないですが、いいですか?」
「もちろん。手伝うから何でも言ってくれ」
「いえ。大丈夫ですよ、簡単なので」
大丈夫と言うか、手伝われるのがちょっと苦手だ。
手伝ってくれるのはうれしいのだけど、自分の段取りで料理が作れなくなってしまうんだよね。
それがちょっと嫌。
お皿を取ってくれるぐらいだったら、ありがたいと思うのだけど。
そう言えばラットルアさんたちと一緒の時、最初の頃は一緒に料理を作っていたんだよね。
いつの間にか、お皿を出したり水やお茶の用意をするだけに変わっていたけど。
……もしかして、無意識に態度に出てしまっていたのかな?
あっ、一度聞かれた事があったな『1人で作る方が気楽にできる?』と。
あの時は気が付いていなかったから、どうしてそんな事を聞くのか疑問だったけど。
私が気持ち良く料理できるように、気を使ってくれたのかも。
今度会ったら、お礼を言おう。
「どうした?」
「いえ、ちょっと前の事を思い出して」
「そう? 何かあるんだったら言ってくれ」
「はい」
昨日が親子丼もどき、今日はお肉がいっぱい入っている牛丼?
野兎や野ネズミのお肉で代用できるかな?
まぁ、作ってみよう。
お肉がいっぱい入っていればある程度は大丈夫でしょう。
あっ、丼物ってけっこうお肉の味がわかるから、野兎も野ネズミも薬草で臭みをしっかり取ろう。
「『どんぶりもの』ってなんだ? 聞いたことがないが」
あっ、師匠さんに米が大丈夫か聞いてないや。
「出来てからのお楽しみです」
ドルイドさん、表情で何かある事が分かってしまいます。
師匠さんもそれでは。
「ほ~、面白そうだな」
……師匠さんの性格を上手く利用したのかな?
なんだかこの2人の間に居ると、心臓に悪いな。
広場に戻り、テントに入ってソラとフレムをバッグから出す。
「ポーション、置いておくね。ゆっくり食べてね」
2匹がそれぞれの速さでプルプルと揺れるのを確認してから、テントを出て料理を開始する。
まずはご飯を炊いて、次に野兎のお肉の臭み取りに薬草で揉んで、次は醤油を揉み込む。
そう言えば記憶の中では米を水につけてから炊いているけど、ここの米はそれをすると柔らかすぎるんだよね。
やっぱり、ちょっと米の性質が違うんだろうな。
「お茶の用意をするよ」
「ありがとうございます。師匠さんは良いんですか?」
「あぁ、大丈夫だ。というか、俺が休憩したい。なんであんなに元気なんだ」
アハハハ、師匠さんにずっと遊ばれていたみたいだからな。
「お疲れ様です」
ドルイドさんはお茶の用意を終わらせると、大きなため息をついて師匠さんのもとへ。
そんな悲壮感を漂わせていたら、また遊ばれると思うけど……。
あっ、何か言われたみたい。
大丈夫かな?
米は炊けて後は蒸らすだけだから、その間に具を完成させないと。
出汁に野兎のお肉と野菜を入れて煮込んで、味付けは醤油に蜂蜜。
今日は乾燥させた辛みのある薬草を入れて。
あとは卵……六の実でとじて完成。
「出来た」
さて、持っていこう。
ん?
どうしてドルイドさんは崩れ落ちているんだろう?
師匠さんは、あ~ものすごく楽しそうですね。
あそこに近づくのは勇気がいるな。