172話 私が代表?
「ありがとう、アイビー。これだったら『こめ』への抵抗感も薄れてくれるだろう」
「いえ、お役にたててうれしいです」
皆が受け入れてくれたらいいな。
なんだかドキドキしてきた。
「今日の配合はアイビーを代表として俺とドルイドの3人で登録しておくから。配当が出たら5対2.5対2.5でいいか?」
ん?
何の事だろう?
登録?
配当?
「あぁ、それで構わない。頼んだぞ、父さん」
「えっ?」
迷っている間にドルイドさんが答えてしまったけど、意味が分からない。
登録って今のソースの事だよね?
「ドルイドさん、どういうことですか?」
「ソースの権利の事だよ。アイビーの作ったソースを誰かが売る場合、権利料を払ってソースを売ることになるんだ。改良しても元のソースに権利が発生する」
へ~、すごいな。
あれ?
「あの、私が代表ってなんですか? この場合は店主さんが代表の方がいいのでは?」
私はほとんど言いたい放題で、頑張って作ってくれたのは店主さんとドルイドさんだ。
「いや、ソースを作るきっかけを作ったのはアイビーだし、味もアイビーが率先して考えてくれたんだから代表だろう」
そうかな?
ドルイドさんにそう言われると、納得してしまいそうになるけど。
本当に良いのかな?
「父さんが言いだした事だからな、大丈夫だって」
「そうですか? まぁ、それだったら」
まぁ、権利とかは人に受け入れられてからの事だからな。
今は、食料不足の解決が先決だろう。
「いつから広めるんですか?」
紙に配合などを書き込んでいた店主さんが終わったようなので、声をかける。
「それなんだが、いい方法があるかな?」
方法?
「広める方法ですか?」
「そうだ。『こめ』だと最初から言うと、人が集まらない可能性が高い」
そんなに米に対する抵抗感があるのか。
方法……あっ、奥さんやお姉さんみたいに匂いにつられて集まらないかな?
「店の前で焼いたら、匂いで人が集まって来ませんか?」
「さっきみたいにか?」
焼きおにぎりを食べに来た奥さんとお姉さんは、3個ずつ食べたらすぐに店番に戻ってしまった。
「はい」
「確かに母さんたちを見ていたら、効果がありそうだな」
ドルイドさんの言葉に、3人で顔を見合わせて笑ってしまう。
それにしても、パワフルな2人だったな。
ちょっと焦げた方が美味しいと分かったら、3個目はその焦げ目を上手に付けようと2人で焼いているおにぎりに張り付いていた。
なんだか微笑ましく思っていたら、私も巻き込まれて3人で焼いているおにぎりを凝視していた。
しかし、どれくらいの焦げ目が一番かという話に、なぜあんなに熱くなってしまったのか。
今思い出したら、恥ずかしいな。
「大丈夫だったか? 母さんも義姉さんも人を巻き込んで騒ぐの好きだから」
「大丈夫です。驚きましたが、楽しかったので」
なんだか自分の新たな一面を見た感じだ。
焼き目であれ程熱くなった事なんて、今まで無かったからな。
「悪いな。何と言うかあの2人が手を組むと大変なんだ」
店主さんのしみじみとした言葉に実感がこもっている気がする。
奥さんの旦那さんだもんね。
色々と巻き込まれているんだろうな。
でも店主さん、困っているというより嬉しそうだ。
きっと楽しい時間なんだろう。
「さてと、まずはこれをギルドに持って行って、明日は……」
店主さんがこれからの予定を考えているので、片づけをしていいかな?
使ったお鍋などを洗っていく。
そういえば、結構な量の米を炊いたのに無くなったな。
まさか店主さんが5個も食べるなんて思わなかったな。
そうだ、今日のソースに薬味を加えて焼くのも良いだろうな。
店主さんにちょっと言っておこうかな。
「あの、店主さん」
「ん? おぉ、アイビーもドルイドも悪い。洗い物をさせてしまって」
「いえ、大丈夫です。奥さんが戻る前に手伝ってくれていたので、残っていたのは少しでした」
「そうだったのか。あっ、それで?」
「今日のソースに薬味を加えてもいいと思いまして」
何が合うかな?
ピリッと辛みを追加したり、食感を追加しても良いな。
「なるほどな、店の前で焼くときに色々とやってみよう」
良かった、採用してくれるみたいだ。
「アイビー、頼みがある」
「はい、何でしょうか?」
店主さんの真剣な声に少し驚く。
「焼きおにぎりを作る時に、手伝ってほしい。『こめ』を炊く指導係として」
「えっ、指導係? えっと、それは?」
いや、無理でしょう。
教えてもらう方もこんな子供では、どうしていいか分からなくなるだろうし。
「もちろん、仕事なので給金も払う。日数的には5日間でまず様子を見るつもりだ。どうだろうか?」
えっと、ちょっと混乱が……。
「アイビー、俺も協力するから頑張ろうな」
「はい。よろしくお願いします……えっ?」
あれ?
条件反射の様に答えたけど……。
「ぶっ」
ドルイドさんの笑い声が調理場に響く。
「ドルイドさん!」
「いや、だって。真剣に考えているのに、速攻で返事が返ってくるから」
私も自分自身で驚いた。
それだけドルイドさんの事を信用しているんだろうな。
まぁ、旅を一緒にするならこんな感じなのかな?
「こらっ! ドルイド。アイビーを困らせては駄目だろう」
店主さんが、ドルイドさんを怒ってくれる。
それに肩をすくめて答える姿に、体から力が抜ける。
指導係と言われると緊張するが、ドルイドさんもいるんだし大丈夫だろう。
「あの、頑張ります」
「そうか! ドルイドをこき使ってくれていいからな」
「父さん、それはないよ」
なんだか2人の関係も随分と自然になったな。
「ん? なんでそんな嬉しそうなんだ?」
2人を見て笑っていたようで、ドルイドさんに訊かれてしまう。
ここで2人の関係とか言ったら、2人とも緊張しそうだな。
せっかく自然に関われるようになったのだから、言わない方がいいよね。
「楽しみだなっと思いまして」
「楽しみ?」
「はい。皆が受け入れてくれるのか心配ですが、楽しみです」
どこまで上手くいくのか心配だけど、どういう反応をするのかは楽しみだ。
「そうだ父さん。食料が足りなくなってきていることは、町の人たちは知っているのか? 何だか皆に危機感が無い様に思えるんだけど」
「あぁ、知っている。ただ、前にも似たような事があったんだが、その時は回避できたからな。今回も大丈夫だろうという気持ちが強いんだ」
なるほど、だから皆焦っていないのか。
現状を知っている店主さんたちは大変だな。
食料確保だけでなく、町の人の考えも変えていかないといけないのだから。
「大変ですね」
私の言葉に店主さんが苦笑いした。
「前回と今回では人の数が圧倒的に違うからな」
あっ、そう言えばトキヒさんが、隣村から人が流れこんで来たと言っていた。
理由を聞き忘れているな。
「ん? もう夕方になりかけているな。急いでギルドに行かないと」
店主さんが用意していた書類を纏めてバッグに入れると、出かける用意を始めた。
「随分と急いでいるんだな」
「ソースの配合は色々な者が考えているから、完成したら早く登録しておいた方がいいんだ。それにギルドから食料について相談を受けていたしな。大量にある『こめ』の活用法を考えたと言えば、少しは安心するだろう」
ギルドから相談されるとか、店主さんはすごいな。
店番をしていた奥さんとお姉さんに挨拶をして店を出ると、挨拶もそこそこに店主さんはギルドに向かった。
「相変わらず、忙しい人だな」
ドルイドさんが嬉しそうに、店主さんの後ろ姿を見ている。
それに、ついつい頬が緩む。
「ん? 何?」
「いえ。ドルイドさん、店主さんのためにも頑張りましょうね」
「あぁ、無理しない程度に頑張ろうな」
あっ、照れてる。
そんな彼の態度に笑みが浮かぶ。
よしっ、皆で笑えるように米もソースも成功するように頑張ろう!