171話 おにぎりは難しい
前の私の記憶が、焼きおにぎりには醤油だと主張している。
確かに醤油を塗って焼けば、香ばしい匂いが食欲をそそるだろうな。
少し甘味を足してもいいと思う。
だけど醤油を使うには、大きな壁がある。
この世界、醤油が高い。
食料不足を補うために、米を広める必要がある。
その為には『手軽に作れて安い、そして食べなれている味』。
これが重要になると思う。
そうなると、使い慣れているソースを基本に改良をした方がいいだろう。
少しでも抵抗感を減らすためだ。
とりあえずこの町のソースを、少し舐めてみる。
味は塩が強く、甘味が少ないように感じた。
このまま使うと、米がソースを吸ってかなり濃い味になってしまいそうだな。
隣でドルイドさんも舐めて味を確かめている。
「どう感じますか?」
「ちょうどいい味だと思うけど。まぁ、小さい時から馴染みのある味だからな」
そうか。
この町の人達にとっては、この味が食べなれている味なんだ。
塩を減らしたら、味がぼやけたと感じるかな。
「好きなように作ったらいいと思うぞ」
「そうですか?」
「あぁ、俺達も意見を言うから問題ないよ」
あっ、私1人で作るわけではないんだった。
皆で作るんだ。
「はい。どんどん意見お願いしますね」
「了解」
なんだか気持ちに余裕が出来たな。
よしっ!
「店主さん、このソースは何がベースになっているんですか?」
「あぁ、これだ」
出してくれたのは、大きなビンに入った黒い液体。
話を聞くと、全てのソースのベースになる物らしい。
少しだけもらって、味を確かめる。
あっ、醤油に少し似ている。
これだったら大丈夫だ。
「甘さとコクを足したいのですが」
「それだったら、カゴの中に蜂蜜と果物の蜜煮があったはずだ」
教えてもらった甘味を少しずつ足して味を確かめていく。
2人にも味を見てもらいながら意見をもらう。
店主さんがコクにと提案してくれた、果物の蜜煮を足してみると数段味が良くなる。
さすが、色々調べているだけあって店主さんの知識はすごい。
それから果物の果汁を足してみたり、薬草を足してみたりでほぼ1時間。
甘味があって旨味のあるソースが出来た。
「すごいな、薬草を入れるとは。考えた事もなかったよ」
一緒にソース作りをしていた店主さんは、私のやる事に色々と感心していた。
その姿に少し不安を覚える。
もしかして、また何かやらかしていないかな?
そっと隣で作業をしているドルイドさんに訊くと、大丈夫と小声で教えてくれた。
ホッとすると、続いて『後で、アイビーのことは広めないように言っておくから』と。
あ~、やっぱり何かしたらしい。
小さく頭を下げて、ドルイドさんにお願いしておく。
何をやらかしたのか分からないので、自分で対処は不可能。
ここは事情を知っている彼に丸投げしておこう。
「よし焼くか。このソースは焼く前に塗るのか?」
「えっと、焼く前に塗って米に少し染み込ませて、焼いてからまた塗ります」
おかしいな、前の私が焼きおにぎりを作った記憶がない。
なんでだろう?
あっ、炊いた後ご飯をそのまま放置してしまった。
冷えて硬くなっているかもしれない。
急いでお鍋の中を確かめる。
米の表面が微かに乾燥してしまった。
失敗したな。
「どうしたんだ?」
「米が乾燥してしまって」
店主さんがお鍋の中を確認する。
「もう、おにぎりは作れないのか?」
「いえ、大丈夫です。ちょっと味が落ちてしまうかもしれませんが」
木のお櫃があったらいいらしいけど、代用できる物ってあるかな?
「あの、木の入れ物ってありますか? 炊いた米の水分調整をしてくれるので便利なんですが」
「木の入れ物? バナの木で作った物だったらあるが」
バナの木?
それってバナの葉のように、殺菌効果があるのかな?
それだったら、かなりいいかもしれない。
店主さんが持って来てくれた入れ物は、丸型で蓋まである。
見た目が記憶にあるお櫃に似ているかも。
「ありがとうございます。本当は炊き立てを入れるんですが、忘れていました」
入れ物を借りてご飯を入れていく。
まだ、ほんのり暖かいので問題ないかな。
バナの葉を浮かべた水で手を洗い、おにぎりを作っていく。
記憶では、ギュッと力任せに握っては駄目とある。
でもこれ、気を付けていないと手に力が入ってしまいそうだ。
なんとか、6個のおにぎりを作る。
並んでいるおにぎりを見て……歪な形に小さなため息が出る。
見ている限りでは簡単そうなのに、実際に作ると難しいな。
作ったソースを塗って、網にのせて焼く。
しばらくすると、辺りに香ばしい匂いが広がってくる。
「食欲をそそる匂いだな~」
店主さんの言葉にうれしくなる。
これで熱が加わっても、問題がなければ完成だ。
思ったよりソースのベースが、醤油味に近かったから簡単だったな。
後で材料を聞いてみよう。
「ねぇ、義父さん。焼きおにぎりの匂いなの? すごくお腹が空く匂いなんだけど」
店の方から女性がやって来る。
先ほど見た女性よりかなり若い。
「そうですよ。焼きおにぎりのソースが焼ける匂いです。アイビー、兄さんの奥さんだよ」
「初めまして、アイビーです」
私の挨拶に、少し目を見開いて驚いた表情を見せる。
それに驚いていると。
「あなたがアイビーなのね。会いたかったの、あの馬鹿って失礼。義理の弟が本当にお世話になってしまって、ごめんなさいね」
ド……あれ?
また名前を忘れてしまったな。
ドルイドさんのお兄さん、義理の姉に『あの馬鹿』って呼ばれているのか。
「いえ、広場の管理人さんやギルマスさんに守ってもらいましたから、大丈夫です」
あっ、ちょっと嫌味に聞こえたかな?
「ギルマスから話は聞いているわ。自警団の人達からも注意されちゃったし」
そうか。
家族も大変だな。
「まったく、旦那はようやく目を覚ましたみたいでまだ見込みはあるけど、あれは駄目ね」
お姉さん、辛辣だ。
しかも、『あの馬鹿』のお父さんと、弟がいるんだけど。
「本当にね~。それにしても、本当に良い匂いね」
店主さんの奥さんも来てしまった。
店番は大丈夫なんだろうか?
「お前達、店番は良いのか?」
「大丈夫よ。この時間に来る人は少ないし、音で気がつくわ」
奥さんとお姉さんが焼きおにぎりをじっと見ている。
おにぎり、もう少し作ろうかな。
「私たちも頂けないかしら? 『こめ』という事でちょっとって思っていたけど、この匂いは駄目。我慢できないわ」
奥さんの言葉にうれしくなる。
匂いは人を引き寄せる。
店の前で焼いたら、いい宣伝になるだろうな。
「はい。大丈夫です」
木の入れ物の蓋を開けて、おにぎりを追加で作っていく。
作ったソースはまだまだいっぱいあるから問題ない。
網の上に新しく作ったおにぎりを乗せてソースを塗る。
焼けてきたおにぎりにも追加でソースを1回塗る。
ドルイドさんがお皿を持ってきてくれたので、焼けたおにぎりからお皿に移動させる。
「えっと、食べたら味の感想をお願いします」
奥さんとお姉さんにお皿を渡す。
「はぁ、お前たちは」
店主さんの少し呆れた声が聞こえるが、2人は気にしないのか焼きおにぎりを食べ始めた。
この2人の女性ってなんだか似ているな。
顔立ちなどは違うんだけど、雰囲気が似ている。
「美味しい。いつものソースとは違って、なんだか新鮮」
「この甘味良いですね。美味しい」
2人の感想にホッとする。
良かった。
これで、ちょっとでも首を捻られたら1からやり直しだ。
店主さんとドルイドさんにも、焼きおにぎりをお皿に移して渡す。
「悪いな。先にもらってしまって……」
店主さんもドルイドさんも気になるのか口にしない。
「温かいうちの方が美味しいので、食べてください。次がすぐに焼けますから」
私の言葉に、ありがとうと感謝の言葉を言ってから2人とも食べ始める。
やはりこの2人も似ている。
って、こちらは親子だったな。
「美味いな。このソースの少し焦げたところがかなり美味い。このソースで大丈夫だ!」
良かった。