167話 白パン!
目の前のドルガスさんの顔がどんどん真っ赤に染まっていく。
怒りと羞恥からだろう。
大丈夫かと問いかけたいが、原因に心配されるともっとひどい事になりそうだ。
どうもドルガスさんと話していると突っ込みたくなる。
なんでだろう?
「アハハハ、アイビー最高だ!」
しかも先ほどからドルガスさんの怒りを煽る存在が隣にいる。
あ~また、余計なことを言う。
「ギルマス!」
「どうしたドルガス。言い当てられて焦ったのか? それとも怒ったのか?」
ギルマスさんの言葉に、ドルガスさんの体が怒りでだろう微かに震えている。
「なんなんだ、お前ら。俺は星を奪われた被害者だぞ」
被害者ね~。
「はぁ、ドルガス。お前、いつまで被害者でいるつもりだ?」
ドルガスさんが、驚いた表情を見せる。
「確かにドルイドが星を奪ったのかもしれないが、だが20年以上前のことだ」
「うるさいっ!」
ドルガスさんは、ギルマスさんを怒鳴りつけると広場から出ていった。
本当に慌ただしい人だな。
「すまない。何でもないから、もう寝てくれて大丈夫だ」
ギルマスさんが、調理場周辺のテントに向けて声をかける。
ドルガスさんの声が大きかったので、かなり注目を浴びてしまったようだ。
というか、声の大きさに目を覚ました人もいるみたいだ。
私もギルマスさんの隣で頭を下げる。
少しざわついたが、しばらくするといつもの雰囲気にもどった。
「大丈夫か?」
「はい、助かりました。ありがとうございます」
「アイビーが謝る事はない。悪いのはドルガスとドルガスの軌道修正を怠った周りだ」
軌道修正って……。
もっと優しく……って、詳しく事情を知らない私が口を挟むことではないな。
それに優しく言い聞かせていた時期だってある筈だ。
「大変ですね」
「ハハハ、まぁな。そういえば、どうしてあんなに怒っていたんだ?」
「知りません」
「ん? 知らない?」
私の答えに首を傾げるギルマスさん。
お湯が沸いたので、持ってテントまで歩く。
隣をギルマスさんがついて来る。
「ここに来た時から、理由を言うことなくずっとあんな感じでした。なので怒っている理由は不明です」
少し、思い当たる事があるけど。
臆測だしな、違う可能性もある。
「そうか、しかしあの言葉は良いな『弱い犬ほど良く吠える』か~。ドルガスにぴったりの言葉だな」
「口に出すつもりはなかったんですが。彼はやっぱり小心者なんですか?」
あっ、かなり失礼な聞き方になってしまった。
「俺の見立てだとな」
ん~、ギルマスさんもよく人を観察しているからな。
それに今の表情、いつもと違う。
「ん? どうした?」
あっ、戻った。
もしかして、いつもの何処か情けない表情って人当たりを良くするためかな?
ギルマスさんは、ガラガラ声でかなり損をしている。
それに、この何処かぬけた表情を消すと、目つきとかきついし。
「アイビー?」
「いえ、送っていただいてありがとうございます」
ぬけた表情は失礼だったな。
声に出さなくてよかった。
「いや、何事も無くてよかった。何かあったらドルイドに何を言われるかわかったもんじゃない」
ん?
最後の方は声が小さくて聞こえなかった。
「なんですか?」
「いやいや、なんでもない。もう大丈夫だと思うが、見回りには注意するように言っておくから」
「ありがとうございます」
「おぅ。じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
ギルマスさんを見送ってテントに入る。
なんだか、疲れたな。
とっとと体を拭いて、寝よう。
…………
「ソラ、フレムおはよう」
2匹が同時にプルプルと震えて挨拶してくれる。
ソラはちょっと激しく、フレムは何と言うかゆら~ゆら~と、ゆっくり。
これも個性なんだろうか?
「アイビー、起きてる?」
ん?
この声はドルイドさん?
「はい、ちょっと待ってください。すぐに出ます」
「ゆっくりでいいよ」
何だろう、門の所で待っているはずなんだけど。
何か予定変更?
テントから出ると、少し困った顔のドルイドさんがいた。
私が首を傾げると。
「ごめん、自警団の奴らに聞いたんだ。2番目の兄が夜中にアイビーに怒鳴り込んだって。本当に悪い」
頭を下げるドルイドさんに、慌ててしまう。
「ドルイドさんが謝る事ではないです。それにまったく気にしていません」
それは本当。
ドルイドさんの顔を見ても、昨日のことは思い出さなかった。
私の中ではどうでもいい事として処理されたみたいだ。
まぁ、気分的に言えば酔っぱらいに絡まれた程度だろう。
冒険者をしていると、たまにある事なのでいちいち気にしていられない。
「だが……」
ドルイドさんは、お兄さんがあんな風になった事に責任を感じている。
だから気にしてしまうんだろうな。
どうしようかな。
あっ!
「ドルイドさん、お詫びなら白パンで手を打ちましょう」
この時間なら、焼きたての白パン!
「えっ? しろぱん……あっ、白パンか。了解」
良かった。
しかも白パンだ!
「ドルガスさんに感謝ですね」
「えっ? 感謝?」
ドルイドさんが、かなり驚いた表情を見せる。
「だって、ただで白パンです」
私の表情を唖然と見て、次の瞬間噴きだした。
「アハハハ、アイビー、アハハッハハ」
「そこまで笑わなくても……」
「ごめん。ぶっ……くくく」
ツボにはまったみたいだ。
落ち着くまで待とう。
でも、白パンが売切れる前には落ち着いてくださいね。
ドルイドさんが落ち着いてから、用意を終わらせて広場を後にする。
白パンだ。
ちょっとわくわくしてくる。
「ぷっ、そんなに白パン好きなのか?」
そんなにおかしいかな?
「白パンは高いので、私にとってはご褒美パンなんです。なので本気でドルガスさんに感謝しています」
「なんだかすごいなアイビーは」
何がすごいのだろう?
首を傾げるが、ドルイドさんは何も言わずにただ笑っただけだった。
白パンを無事に手に入れて、森へ向かう。
お腹が空いたけど、さすがに食べながら歩くのは駄目だろうな。
でも、食べたいな。
「そういえば、今日の予定は? 罠でも仕掛けるのか?」
「いえ、今日は捨て場に行きます」
そう言えば、今日の予定を話していなかったかもしれない。
「捨て場?」
「はい。ソラとフレムの食料確保です」
「あっ、そうか。2匹ともスライムだもんな。ゴミ処理で活躍か」
活躍と言えるのかな?
まぁ、捨てられたゴミを食べているのだから間違いではないのかな。
ただ、普通のスライムとは違うからな。
これは言っておいた方が良いよね。
「えっと……森へ出たら話します」
「何だろう、今までの事を思うとちょっと怖いような……」
今までの事?
「何かありましたっけ?」
「アイビーには普通のことなのか。それにもびっくりだ」
ん?
私にとって普通のこと?
シエルのことかな?
まぁ、あれは普通ではないか。
本人が知らないところでテイムが完了しているのだから。
あっ、でもそれならフレムは生まれた時から印があった。
「……普通って何でしょうね?」
「アイビーが言うと深いよな」
そんな、しみじみ言わないでください。
門番に挨拶をして森へ出る。
しばらく歩くと、シエルの気配を感じた。
「来ました」
立ち止まってシエルが来るのを待つ。
しばらくすると、シエルの登場。
「おはよう。あっ、ソラ出すのを忘れてた」
そっとバッグを開けると、ちょっといつもより大きくなっているソラ?
「えっ、ソラが大きくなってる?」
「えっ?」
ソラがぴょんとバッグから飛び跳ねて、外へ出てくる。
降り立ったソラはいつもの大きさのソラ。
「あれ? 見間違いかな?」
じっとソラを見るがいつものソラだ。
見間違えたのか。
「ごめんね。遅くなって」
私が謝ると、ピョンと大きく跳ねてドルイドさんの頭の上へ。
彼も既に準備万端だったようで、驚くことなく乗せている。
いいコンビだな。