165話 親子だな~
ドキドキする。
これで失敗していたら、今日の夕飯は全て失敗になる。
成功してますように!
「……アイビー、さっきからお鍋に向かって拝んでいるけど必要なことなのか?」
ドルイドさんの、かなり戸惑った声が耳に届く。
チラッと声のした方を見ると、ものすごく複雑な表情の彼と目が合った。
……恥ずかしいな、これ。
「えっと、失敗続きなので神頼みというか、何と言うか」
「なんだ、そういう事か」
ものすごく安心した表情をするドルイドさんに、不安を覚える。
どう見られていたんですか?
「いや、昔の記憶が影響しているのかと思ってな」
昔の記憶?
あっ、前世の記憶のことか。
なるほど昔と言えば、周りに人がいても問題なく話すことが出来る。
なるほど、さすがです。
ん?
前世の記憶の影響?
それってご飯を炊くたびに、お鍋を拝んでいたのかっていう事?
……それは、ちょっと不気味では?
「ドルイドさん、それはさすがに……」
「そうなんだが、アイビーを見ているとちょっと不安になってな」
そんなお鍋を拝むなんて、あっでも、昨日も成功するように祈ったかも。
……もしかして、昨日隣で調理していた人がびくびくしながら去って行ったのは私のせい?
「……ハハハ、さて美味しく炊けたでしょうかね?」
過去は振り返らないぞ。
昨日の人はきっと急ぐ用事があっただけのはずだ。
けして私が不気味で逃げたわけではない! はずです。
「既に何かやらかしているな」
聞こえません!
首を横に振って、お鍋の蓋を開ける。
上手くいっていますように。
「あっ! 今までで一番かも」
見た目はとても綺麗だ。
びちゃびちゃした感じはなく、全体的にふっくらとした見た目だ。
記憶の中の炊き立ての状態と似ている、これは成功したかも!
大き目のスプーンでご飯をかき混ぜる。
見た目は完璧。
小さいスプーンで、少しだけご飯を取る。
さて、味は? 食感は?
「……やった、成功! やっぱり水の量が大切なのか。あとは毎回同じように炊けるかが問題だな」
「何とも言えない見た目だな」
ドルイドさんがお鍋の中を見ながら、少し眉間に皺を寄せる。
……見慣れていないとこうなるのかな。
私は、記憶の中と一緒なので違和感を覚えることは無いけれど。
「味見していいかな?」
「良いですよ」
スプーンに少しだけご飯を取って渡す。
ドルイドさんにとって初のご飯。
まぁ、結果は見えているけど。
「……味は無いよね?」
やっぱり。
「ほのかに甘さがあるんですけど、難しいかもしれませんね」
「甘味? ん~……、分からない……」
やはり濃い味に慣れているからなのか、食べなれていないからなのか米の甘さは判らないようだ。
こうなると上にかける味に頼る事になるな。
「今日は丼物と言って、上にしっかりと味付けした物がのるので問題ないと思います」
おにぎりという物を作りたいけど、ドルイドさんには無理かな。
塩味をきつくすると米の旨味が損なわれるみたいだし。
「そうか……そっちのお鍋?」
「はい」
あっ、広場の入り口あたりに店主さんの姿が見えた。
「ドルイドさん、いらっしゃったみたいです」
「ん? あっ、本当だ」
……あれ?
迎えに行かないの?
場所、分からないと思うけど。
動かないドルイドさんを不思議に思い様子を窺うと、なぜか緊張した面持ちで店主さんを見ている。
「……どうしてまた緊張しているんですか?」
「い、いや。なんとなく」
「頑張れ! さっきは普通に対応できたんですから」
「おす」
おす?
駄目だ、完全に緊張している。
迎えには行ったけど、大丈夫かな?
「あっ、完成させないと」
米のお鍋を持ってテントに戻り机に置く。
その間に、上にのせる具を火にかけて温めておく。
調理場所に戻り、温まった具の上に溶いた卵を一気に入れてお鍋をゆする。
そして蓋をして火を止め、テントに移動。
移動中に卵にいい感じに火が通っているはずだ。
あれ、店主さんまで緊張している。
……ふふふ、親子なんだな~。
緊張の仕方が似てる。
「アイビー、待たせたって。何だ?」
私が笑いを堪えているのに気が付いたようだ。
「いえ、2人とも親子なんだな~って思いまして」
「「えっ!」」
「アハハハ、さっ、座ってください」
今日もお隣さんに椅子と机をお借りした。
なので、今日の夕飯の用意は4人分。
米料理なので、明日にしようかと提案したが米を食べてみたいと言ってくれた。
少し大き目の深皿にご飯をよそって、その上に卵でとじた具をのせる。
卵がとろりとしていい状態になってくれたみたいだ。
4人分完成させて、1人分を隣のテントに持っていく。
「お待たせしました! 親子丼もどきです」
「待ってました! 良い匂いだな。この白いのが『こめ』?」
「はい、口に合うと良いですけど」
「ありがとう。頂きます」
ドルイドさんと店主さんのもとに戻る。
2人とも親子丼を凝視している。
先ほども感じたけど、この2人行動が似ている。
離れていても親子なんだな。
「お待たせしました」
「いや、これが親子丼?」
「それっぽい物です」
「「「いただきます」」」
あ~、米に出汁がしみてて美味しい。
野バトの肉もちょっと歯応えがあるけど美味しいな。
「……これが『こめ』? さっきとはずいぶんと違うな、旨い」
ドルイドさんの口にもあったようだ。
出汁をしっかりと取ったのが正解だったな。
「出汁を濃い目に取ったので、旨味がギュッと詰まっているんです」
「すごいな。確かに美味しい」
店主さんの口にもあったようだ。
しきりに食べては頷いている。
「炊いた『こめ』だけはあるかな?」
店主の言葉に首を傾げる。
何だろう?
「ありますけど、味はつけていませんよ」
「食べてみたいんだが、いいだろうか?」
「えっと、ちょっと待っていてくださいね」
お鍋には、明日のおにぎり用が残してある。
……仕方ない。
記憶にある造り方を真似て、おにぎりを作る。
……簡単に作っているから大丈夫かと思ったけど、難しい。
三角にならない!
歪な三角形のおにぎりが出来た。
えっと、まぁ仕方ない。
「どうぞ、もう冷めていますけど」
「あぁ、ありがとう。これは?」
「……おにぎりです。のりを巻くんですが、今日は無いので」
「のり?」
あれ?
この世界でのりは……見たことないな。
「いえ、なんでもないです。塩味が付いています」
誤魔化せるかな?
ドルイドさん、笑っていないで助けてください。
ほら、笑いすぎて気管にご飯が入ったんでしょう?
まったく。
お茶を入れて彼の前に差し出す。
「ごめっごほっごほっ……ありがとう」
お茶を飲んで深呼吸している。
店主はおにぎりを、一口食べて何か考え込んでいる。
「父さん、どうしたんだ? 米に関係した何かがあるんだろう?」
「ん? まぁ、食料がな、足りなくなってきているんだ」
「それは肉屋で聞いた。もしかして穀物もか?」
「あぁ、グルバルの問題で隣町から物資が届いていない」
「そうなのか?」
「あぁ、どうやら村道で群れになったグルバルに襲われたらしい。その情報がきてからは物資が滞っている」
食料問題か。
人が増えたと言っていたので、かなり深刻なのかも知れないな。
「『こめ』はほっといても大量に採れる穀物だ。だから美味しく食べれれば何とかなるかと思ってな」
ほっといても大量に採れる?
あれ?
米って結構手間暇かけて育てる物だよね?
「米はほっといても育つんですか?」
「ん? 知らなかったのか? 『こめ』は畑を耕して種さえ蒔いておけば、勝手に育って収穫できるんだ」
「そうなんですか」
記憶の中にある米と全く違う。
記憶の中では田んぼという場所で手間をかけて育てている。
この世界の米は楽でいいな。
「丼物なら使えるのでは?」
「あぁ、使えそうだ。ただ、もっと手軽に広められないかと思ったんだが、おにぎりは味がな……」
広めやすい事を考えたら、おにぎりはいいと思うけど味か。
……あっ、おにぎりを焼いて醤油を塗っている焼きおにぎり? があるみたい。
醤油は高すぎるからソースで代用できないかな。
ちょっと甘めにして塗って焼く。
「あの、そのおにぎりに甘めのソースを塗って焼いて『焼きおにぎり』なんてどうでしょうか?」
「『やきおにぎり』? 焼く、あぁ『焼きおにぎり』か。ソースを塗って」
店主さんが、味を想像しているのか残っているおにぎりを凝視する。
ちょっと異様な見た目だな。
「いいかもしれないな。臨時の食料だが、美味しければそのまま食料として売り出せる」
……さすが商売人。
「アイビー君。協力を頼めないだろうか?」
協力?
「おにぎりに塗るソースを作ってもらいたい」
ソースを作る?
まぁ、問題はないな。
というか、楽しそうだ。
「はい。よろしくお願いします。あっ、ドルイドさん良いですか?」
色々と一緒に決めていこうと話をしていたのに、勝手に決めてしまった。
「大丈夫。俺も参加希望な」
「もちろんです!」
良かった。
ソース作りか、楽しそう。