164話 あった!でも逆?
まさか本当にあるとは。
しかも醤油だけではなくポン酢まであるとは、驚いた。
ただし、ちょっと疑問が。
記憶の中のポン酢は黒を薄めた印象なのだが、目の前のポン酢は黒い。
そして、醤油の方が少し色が薄いような気がする。
本当に醤油? ポン酢?
「ものすごく不安だけど、買って試すしかないよね」
「えっと、アイビー? 大丈夫か?」
2本のビンを前に眉間に皺を寄せる私を、かなり不安そうに見ているドルイドさん。
周りから見たら、ちょっとやばい子供に見えるだろうな。
でも、私は真剣なのです。
理由は、目の前の商品がかなり高いから。
1.5リットルのビンなのだが、醤油もポン酢も3000ダルもしている。
失敗したら痛すぎる。
どうしようか。
買いたい……でもこの大きさでもし醤油でない場合、使えるか。
いや、なんとしても使って見せればいいだけか。
3000ダルもするのだから!
「頑張ろう」
「えっ?」
ドルイドさんが首を傾げるが、今は決心が鈍らないうちに。
「いえ、なんでもないです。すみません、これ両方とも下さい」
「もういいのかい? ずっと見ているから何かあるのかと心配したよ」
「ちょっと味が分からなくて」
やっぱりちょっと恥ずかしいな。
「だったら、味見をするかい?」
「えっ? ……あるんですか?」
「あぁ、味見用に置いてあるから」
店主さん、もっと早く教えて欲しかった。
いや、私が聞けばよかったんだけど……。
あっ、ドルイドさんが笑いをこらえている。
視線を向けると明後日の方向を見るが、全身がプルプルと震えている。
彼の態度を見ていると、断りたいが……。
「お願いします」
「ぶっ、くくくく」
ドルイドさんが噴きだした。
悔しい。
今日は米だけの料理に決定!
「はい、『しょうゆ』と『ぽんず』」
「ありがとうございます」
小皿に入れてもらった醤油を、人差し指につけて舐めてみる。
あれ?
想像と違う、酸味と柑橘系の香り……これってポン酢?
もう1つの小皿も同様に人差し指につけて舐める。
……香ばしい香りの醤油だ。
入れ物に書き込まれている名前を見る。
『しょうゆ』がポン酢で『ぽんず』が醤油?
「あの、これ入れ替わっているって事はないですよね?」
まぁ、目の前で小皿に入れてもらったのでありえないのだが。
「ん?」
店主さんが、ポン酢味のする小皿に鼻を近づけて確かめる。
「大丈夫、間違いないよ『しょうゆ』だ」
やはり、記憶の中の物とは名前が逆だ。
……ややこしい!
「それにしても、珍しい物を買っていくな。この調味料はなかなか出ないんだ」
確かにこの世界の基本はソースだ。
しかもサラダソース、肉ソースが町には1種類ずつしかない。
何故かギルドで規制されているため、同じ味のソースがどの店でも売られている。
ただ、村や町でそれぞれ名産品の野菜や果物を足しているので、場所によって味は異なる。
まぁ、今はソースは関係ないな。
「そうなんですか? 色々な料理に合うと思いますよ」
「へ~。幼いのに料理が好きなんだな」
「……はい。料理は好きです」
もう、見た目は気にしない。
「アイビーは料理上手ですよ」
ドルイドさんが笑いを堪えながら、助け舟を出してくれる。
笑っていなかったら、純粋に感謝出来るのにな~。
「すごいな。ほい」
2本のビンが渡される。
「あっ、お金」
お金が入っているマジックバッグから6000ダルを出そうとすると。
「はい」
「どうも」
ん?
ドルイドさんと店主を見ると、既にお金がドルイドさんから払われている。
「えっ? あの?」
「さっ、行こうか」
「えっ? ってドルイドさんお金」
「行くぞ~」
ドルイドさんがさっと醤油とポン酢が入った紙袋を持つと店から出ていく。
「また何か入用になったらよろしくな」
「はい、今日はありがとうございました」
店主が笑いながら手を振ってくれる。
それに会釈をして、急いでドルイドさんの後を追う。
「ドルイドさん、お金」
「良いよ、これぐらい」
「でも……」
いいのだろうか?
ん~、いや、こんな感じでずるずると払ってもらうのは駄目だ。
ちゃんと2人の間で決めていかないと。
「ドルイドさん、これからの事もあるので決まりを決めましょう」
「決まり?」
「はい。えっと、狩りや収穫の収入の分け方やお金の出し方などです」
「……アイビー、少しは甘えてもいいと思うけど」
甘える?
「私はドルイドさんに甘えていると思いますけど」
「えっ? そうかな?」
「はい、気持ちの面でかなり」
何かあったら頼れる人がいる、それだけで心に余裕が出来るものだ。
そして、その環境を何気に作ってくれたドルイドさんには本当に感謝している。
「そうか」
「はい。でも、それはお金を出してもらう事とは違います。お金のいざこざは後々関係を駄目にします。だからしっかりとした決まりごとが大切なんです」
「…………ギルマスに聞かせたい」
なぜここでギルマスさん?
首を傾げると、ギルマスさんがお金にだらしない性格だと話してくれた。
一時期、賭け事に嵌って借金を作ったことで、奥さんに町中追い掛け回されたことがあるらしい。
「すごいですね」
「あぁ、他にも……」
沢山お金を持っていると、気持ちが大きくなって周りに奢りまくって散財するとか。
友人にお金を貸して、逃げられた経験があるとか。
「今は奥さんがギュッと引き締めているから、問題ないが。若いころはすごかったんだ」
確かにお金にいい加減というか、緩いというか。
ただ、賭け事以外は自分以外のためなのがギルマスさんらしい。
「でも、確かに決まりごとは必要かな。これからの長い旅のためにも」
「はい」
「ただ、俺に収入は無いからな」
「何を言っているんですか? ギルドに登録してもらうんですから2人の収入です」
「いや、それだけで収入を分けるのは駄目だろう」
「ドルイドさんには収穫した物を運んでもらう仕事があります。もちろん出来る範囲でですし、私も運びますが」
私の言葉に驚いた表情をするドルイドさん。
何だろう?
「……そうか。運ぶ仕事……」
「当然です。頑張ってくださいね」
あっ、でも運ぶ仕事が嫌な場合もあるかな?
勝手に決めてしまったけど……。
ん?
私も仕事という仕事はしていないような……。
だって、ほとんどシエルとソラの手柄だ。
「あぁ、任せておけ。体力はあるからな。いっぱい運べるぞ」
彼はふっと嬉しそうに笑うと、2本のビンを持っている手を持ち上げる。
「そうか、仕事か~」
何だろう。
ものすごく機嫌が良くなった。
運ぶのがうれしいのかな?
……分からない。
「えっと、よろしくお願いしますね」
私の仕事のことは後で考えよう。
「おう。さて広場に行こうか。今日は手伝うよ、出来る範囲でだけどな」
「ありがとうございます」
あれ?
なんだか、決まりごとの話が一切出来ていないのに終わった雰囲気になっている。
まぁ、まだ時間があるから今でなくてもいいのだけど。
広場に戻り、店主さんが来るまでに用意を済ませる。
まずは米だ。
水加減を微調整して再挑戦。
炊いている間に、野バトのお肉を野菜から取った出汁で煮て醤油と砂糖で味付け。
味見をして……なにこれ美味しい。
ちょっと味が濃いけど、記憶の中では白ご飯にかけるからいいらしい。
後はご飯の上にかける前に卵でとじれば完成。
「……簡単にできてしまった」
ご飯がまだ炊けていないし、店主さんもまだだ。
親子丼? ってかなり手軽にできる料理だな。
まぁ、成功するかは米の炊き具合に懸かっているけど。
今度こそ成功しますように!