162話 少しずつ好転
ドルイドさんが少し緊張気味に肉屋に入って行く。
「お久しぶりです」
「お~ドルイドか。本当に久しぶりだな。腕のことは聞いたよ、大丈夫か?」
ドルイドさんの後から店に入り、店主だろうトキヒさんを見る。
今までの肉屋の店主は皆、恰幅が良かったのだがトキヒさんは細身の男性だった。
「大丈夫です。ありがとうございます」
「冒険者が続けられないんだったら仕事は紹介できるからな、安心しろ」
トキヒさんは、とてもいい人だ。
「大丈夫です。えっと、紹介しますね。アイビーこっち」
ドルイドさんが、少し慌てて私を呼ぶ。
なんだか彼の顔が少し赤い。
もしかして心配されたのが、恥ずかしかったのかな?
「おっ? あぁ、その子か?」
その子?
何だろう、私の事が知られている?
ドルイドさんを見ると、しまったという表情をしている。
どうやら理由を知っているみたいだ。
後で確認しておこう。
「初めまして、アイビーといいます」
「お~、丁寧にどうも。肉屋のトキヒだ。よろしくな」
スッと差し出される手。
珍しいと感じながらも、差し出された手を握って、
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
少し深めに頭を下げる。
顔をあげると、驚いた表情をしたトキヒさん。
……何か違ったかな?
「幼いのに随分しっかりした子なんだな」
……またか。
ドルイドさん、ものすごく頑張って我慢しているみたいですが肩が揺れてますから。
あと、口元が引きつっています。
「あの、9歳のアイビーです。よろしくお願いいたします」
ちょっとだけ9歳のところに力を込めて言う。
「えっ!……そうか。悪かったな、6歳か7歳ぐらいに見えたよ」
……正直な人なんだな、きっと。
「いえ、あの肉を売りたいのですが大丈夫でしょうか?」
「肉?」
「はい、野兎の肉です」
「森へ行ってきたのか? いくらドルイドがいても危ないだろう」
ちょっと声が大きくなって驚く。
この町の人達は心配性の人が多いのかな?
「大丈夫です。で、あの」
あっ、つられて私の声も少し大きくなってしまった。
「大丈夫です。ちゃんと逃げる準備をしてから、森に入っているので」
ドルイドさんが笑いながら間に入ってくれる。
ところで逃げる準備とは?
あっ、もしかして激袋の事かな?
「そうか。しっかり準備していけよ。最近のグルバルはどうもおかしい」
「あぁ、それで肉なんだが」
「それは問題ないというか、ありがたい。こんな状態だからなかなか手に入りづらくなっているんだ」
「よかった。先ほど捌いたばかりです」
バッグから野兎を出す。
売りに出すのは13匹。
2匹は夕飯で使う予定だ。
今日は香草焼きにしよう。
「見せてもらうな」
トキヒさんは、真剣な表情でバナの葉に包まれた肉を見ていく。
全て見終わると、何度か無言で頷いた。
「いい状態だ。鮮度も問題なしだ」
「よかったな、アイビー」
「はい、ありがとうございます」
やはり狩ってすぐに捌くと、鮮度が違うな。
「待っててくれ。金を用意する」
トキヒさんは一度奥へ行くと、すぐにカゴを持って出てくる。
「1匹130ダルで、全部で1690ダルになるがいいか?」
「130ダル! 高くないですか?」
ドルイドさんが驚いた声を出す。
確かに私も驚いた。
野兎は高くても100ダルか110ダルだ。
130ダルって。
「グルバルのせいで森へ行く冒険者が減っている。だから肉がないんだ。棚も空っぽだろう?」
トキヒさんの言葉に、お店の棚を見る。
いつもは店に入る時に確認するのだが、今日はドルイドさんの緊張した顔に気を取られて確認を忘れていた。
見た棚には少量の肉があるだけ。
後は空いている。
「少ないですね。畜産の方はどうなっているのですか?」
「町全部の肉をまかなえるほど成長していない。少しずつ広めて数を増やしている所だからな」
何の話をしているのか分からないな。
「知らなかった。既にある程度まかなえる物だと」
「魔物がいるからな。そうそう町を広げても警備に手が回らない。下手に広げると襲われて被害が出る」
「確かにそうですね」
「途中までは順調だったんだが、少し前に大量に隣の村から人が流れ込んで来ただろう?アレが予定外だ」
えっと、この町の人達全員分のお肉は畜産では用意できないという事かな?
まぁ、冒険者の狩ってくる肉を頼りにしている村も町も多いと聞いているから不思議なことではないか。
それにしても、人が大量に流れ込んだって何だろう?
「それもありましたね。今はグルバルの事もあるし」
「町のトップ連中が大変そうだ。ところで野兎の金額は問題ないか?」
「はい、問題ないって俺が決めていい事ではなかったな。アイビー?」
「はいっ! えっと、大丈夫です」
2人の話の内容を理解しようと奮闘しているところだったので、ちょっと驚いてしまった。
「どうした? 大丈夫か?」
トキヒさんに心配されてしまった。
「大丈夫です。ちょっとボーっとしてしまっただけです」
「そうか。森へ行って、緊張して疲れているのかもな」
森へ行って緊張?
ん?
「はい。お金だ」
「あっ、ありがとうございます」
お金を受け取って、財布用の小さいマジックバッグに入れる。
「今日はこれからどうするんだ?」
「あぁ、これから広場『お米を買いに、ドルイドさんのお父さんのお店に行きます』……えっ!」
あれ?
どうしてそんなにドルイドさんは驚いているんだろう。
行くって言って…………なかったかも!
ドルイドさんに言うのを忘れていたかもしれない。
「こめ? また珍しいモノを買いに行くんだな。まぁ、この時間なら親父さんがいるだろう。行って来い!」
トキヒさんの言葉に、ドルイドさんの眉間に皺が寄る。
失敗したな。
話していると思い込んで言葉に出してしまった。
どうしよう。
「ドルイド、一度しっかり親父さんと話をしろよ」
トキヒさんの言葉に大きなため息をつくドルイドさん。
「えっと予定なので」
私が勝手に組んだ予定だからな。
ドルイドさんを巻き込むのは駄目だな。
「いや、行こうか」
「えっ、行くのですか?」
ドルイドさんの言葉に、ちょっと変な返答をしてしまった。
まぁ、意味は分かるから大丈夫だろう。
「あぁ、いつまでも逃げていても仕方ないし。話したい事も出来たしな」
「本気か!」
トキヒさんがすごく驚いた声を出す。
「トキヒさんが薦めてきたんだろうが」
「いや、そうだが……行くとは思わなかった。そうか、何かあったのか?」
トキヒさんの言葉に苦笑いをするドルイドさん。
その表情の中に少し照れが混じっている。
トキヒさんも気が付いたのか、少し驚いた表情をした後嬉しそうに笑った。
「何があったかは知らんが、よかったな」
「トキヒさんのお蔭でもある。ありがとう」
「良く分からんが、気にするな」
本当に、トキヒさんはいい人だな。
肉屋を後にする時、ドルイドさんがトキヒさんに近いうちに話がしたいと言っていた。
なんだかいい方向へいっているみたいだ。
「ありがとう」
ドルイドさんが、次の店に行く途中でお礼を言う。
「何もしていませんよ」
私の言葉に少し笑って、頭をポンと撫でてくる。
ドルイドさんのそんな行動は初めてだ。
少し驚くが、その手がすごく優しくてうれしくなる。
「ふ~さっきより緊張するな」
ドルイドさんの顔を見ると、噴きだしそうになってしまった。
確かに先ほどより、緊張しているのが分かる表情をしている。
面白い……いや、違う。
頑張れ!