160話 決定!
「アイビー、おはよう」
「えっ! あっ、おはようございます。どうしたんですか?」
森へ行こうと広場を出ると、ドルイドさんがいた。
どうやら私が広場から出るのを待っていたようだ。
何かあったのだろうか?
ん?
いつもと表情が違う。
何と言うか、嬉しそう?
「何かいい事でもありましたか?」
「えっ!!!」
なっ、なに。
何でそんなに驚くの?
「あぁ、ごめん。えっとまぁちょっと色々あって」
しどろもどろ?
「大丈夫ですか?」
「ハハハ、大丈夫。ごめん」
やはり嬉しそうだ。
「いえ、問題がないならいいです」
ゆっくり森へ向かう。
今日は昨日仕掛けた罠の確認だ。
「罠、成功しているといいですが」
私の言葉にドルイドさんが何か考え込む。
何だろう。
「シエルが守っているから大丈夫だろう。ただ……」
ちょっと困った表情の彼に首を傾げる。
「また、グルバルが大量に転がっていたりして」
「……ハハハ、まさか」
ドルイドさんの言葉に少し想像してしまう。
シエルならそれもあり得る事だ。
というか、喜んでやりそうだ。
「グルバルは狩らないように言ってきた?」
えっとどうだったかな。
あの日は、シエルがグルバルを狩った騒動で慌ただしくなって。
それで、その後はドルイドさんと私がそれぞれ話をして……。
そのまま、一緒に広場に戻って……。
「忘れました」
「アハハハ。今日もギルマスのお世話になるのかな?」
「……否定できないです」
う~、シエルお願いグルバルは駄目って今ここで祈っても仕方ないのだけど。
森へ入り、ソラとフレムをバッグから出す。
ソラは定番になってしまった、ドルイドさんの頭の上。
なんだか、見慣れてきている。
ドルイドさんも、良いのかそれで。
フレムはまだ弱々しいので私の腕の中だ。
「アイビー、少し聞いてほしい事があるんだ」
彼の声に視線を向けると、いつもと少し違う笑み。
本当に良い事があったようだ。
「なんでしょうか」
ドルイドさんの話は夜中に起こった、1番上のお兄さんとのやり取りだった。
それだけではなく最初は戸惑った事、次に兄の事を疑ってしまった事、それを恥じた事などドルイドさんの気持ちも話してくれた。
「話した時の事を思い出して笑ってしまった。俺も1番上の兄もたどたどしくて、兄弟なのにどこか他人みたいな会話で」
そう語る表情は今まで見た事もないほど穏やかで、私もうれしくなる。
「話してくれてありがとうございます」
「アイビーには聞いてほしいと思ったんだ。切っ掛けを作ってくれたから」
切っ掛けを作った?
……何の事だろう?
思い当たる事がまったくないのだけど。
「アイビー」
「はい」
「俺は腕を失ったため、冒険者としてはもう働けない。アイビーに何かあった場合、助けられるか分からない。それでも一緒に旅をしたい。家の事、家族の事をずっと気にして身動きが出来なかった。でも、俺もいい加減前へ進むときだと思うから」
まっすぐ見つめてくる瞳は、綺麗な色をしていて迷いは見つけられない。
「ありがとうございます。うれしいです」
「でも、良いのか? 本当に役にたたないぞ」
「森の中の脅威はシエルと私が何とかします。それにドルイドさんだって黙っている人ではないでしょう?」
「まぁ、やれるだけの事はやるな。それにシエルがいたな」
「はい、シエルに頼り切るつもりはありませんが、後ろに大きな存在がいたら頑張れます」
「ハハハ、本当にアイビーはすごいよな」
何が?
「シエルに全て、任せてしまう事も出来るのに」
「それは駄目! 一緒に旅をする仲間なのだから出来ることは自分でする! です」
「了解」
何故か嬉しそうなドルイドさん。
「色々と知識を教えて欲しいです。特に人の良し悪し」
「人の良し悪し?」
「はい、ここまで来るのに本当に色々あったので。危険を回避するためにも必要だと思って」
本当にあり過ぎる。
少しでも人を見る目を養って、危険を遠ざけたい。
「なるほど、分かった。俺を選んでくれてうれしいよ」
「私もうれしいです。よろしくお願いします」
立ち止まってドルイドさんに頭を下げる。
ドルイドさんも慌てて頭を下げたモノだから、彼の頭から落ちたソラが2人の視界に入る。
「ぷ~~!!」
「わっ、ソラごめん!」
ドルイドさんが慌ててソラを抱き上げる。
彼の腕の中で激しくプルプルと揺れるソラ。
かなりご立腹の様だ。
「ソラ、ごめんね」
「ぷ~ぷ~」
なんだかドルイドさんと真剣に話し出すと、途中でおかしなことになるな。
なんでだろう?
「ぷっ、ククク。なんだかアイビーとは真剣な話が続かないな」
どうやら彼も同じことを思ったらしい。
「はい。不思議です」
「まぁ、これからよろしく。えっと、商業ギルドに登録した方が良いのかな?」
「えっと、問題がなければお願いしたいです」
商業ギルドに登録してもらえるなら、森で収穫した物を安全に売る事が出来る。
冒険者だったドルイドさんの収入には追いつけないだろうけど、少しは足しになるだろう。
「了解。スキルの事は既に冒険者の方で登録して知られているから問題ないよ」
「ありがとうございます。冒険者時代の収入には届かないと思いますが、頑張りますね」
「アイビー、そこは一緒にがんばりましょうだな」
ん?
あっ、そうか。
奴隷さんではないので、私が全てのお金を工面する必要は無いのか。
「すみません。奴隷さんをお供にする予定だったのでつい」
「ハハハ、アイビーは本当にしっかりしているな」
そんなつもりはないけれど。
あっ!
「シエルが近くにいるみたいです」
「何処? というか、アイビーはしっかりシエルをテイムしていると思うぞ。繋がっているから、近くに来ると自然とわかるんだと思う」
ドルイドさんの言葉に首を捻る。
どうやってテイムしたんだろう。
テイムの方法って別にもあるのかな?
「星なしにしか出来ない方法があったりしてな」
「えっ!」
それは考えた事が無かったな。
シエルの気配が濃くなったので立ち止まる。
「おはよう、シエル」
私の言葉に木の上から姿を見せるシエル。
「にゃうん」
どうやらご機嫌らしい。
嬉しそうに尻尾が左右に揺れている。
その姿に少しドキドキする。
大量のグルバルが転がっていたらどうしよう。
「よかった~」
罠を仕掛けた場所に着いて、ホッと体から力が抜けた。
目の前にグルバルは転がっていなかった。
どうやらシエルは、追い返すだけに止めてくれたようだ。
「よかったな」
ドルイドさんも、ちょっと安心した表情を見せる。
さすがに連日ギルマスさんに迷惑をかけるわけにもいかない。
「結果が楽しみですね」
「俺は、罠による狩りは初めてだからドキドキする」
確かに冒険者の人達は剣や武術に長けている人が多い。
罠を仕掛けるより、自分で狩った方が速いため罠など使わない。
「ここですね。えっと……さすがシエル」
「お~、すごい」
仕掛けた罠には、野兎が4匹。
どうして1匹用の罠に4匹も入るのか。
きっとシエルがこの場所に追い詰めたのだろう。
「にゃうん」
シエルの声に顔をあげると、誇らしげな表情のシエル。
それを見たドルイドさんの肩が震えている。
「すごいねシエル。ありがとう」
「あぁっ、シエルすごいな」
「にゃうん」
シエルの声のトーンが少し上がる。
「ぶっははは。悪い」
「いえ」
どうやらドルイドさんのツボにはまったようだ。
いきなり噴きだして笑い出してしまった。
シエルは、不思議そうな表情で彼を見つめている。
頭の上に戻っていたソラは……なぜか縦運動。
何だろう、この何とも言えない場の雰囲気は。