156話 びっくり箱
1つ深呼吸。
話すと決めてから、心臓がものすごい速さで動いているのがわかる。
「私も、ドルイドさんに聞いてほしい事があります」
口の中が異様に乾くので、残っていたお茶を1口飲む。
「あの、私はテイマーです。でも星がありません」
「えっ!」
小さな驚いた声が聞こえた。
「だから崩れスライムであるソラをテイム出来たのだと思います」
「あっ、そうか……あれ?」
「シエルはテイムしていません。私の魔力量では少なすぎて出来ません」
星が無いという事は魔力が少ないという事だ。
膨大な魔力を保持しているアダンダラをテイムできるわけがない。
ん?
どうしたんだろう。
ドルイドさんがソラとシエルを見比べている。
「テイム出来ているだろう? だって」
そう言いながら自分の額を触る彼。
それを見て『テイムの印』を思い出す。
あぁ、そういう事か。
「あれは、シエルが自分で作ってくれたんです。だからあの印からは私の魔力は感じないと思いますよ」
「えっ! そんな事が? あれ? ……アイビー」
「はい」
「あの印から、俺はアイビーの魔力を感じたんだけど」
「えっ?」
そんなはずはない。
私はテイムしていないし、あの印はシエルが自分で作っているモノだ。
2人で首を傾げる。
そして、寝ているシエルに近づいてそっと印を見てみる。
「「…………」」
どういう言う事だろう。
「確かにアイビーの魔力だよな?」
「………………はい」
シエルの額にある印から、微かにだが私の魔力と全く同じものを感じる。
魔力も人それぞれ少しずつ違うので、自分の魔力を間違うわけがない。
えっと。
あれ?
「にゃうん」
「あっ、ごめん寝ていたのに。起こしちゃったね」
「にゃうん」
邪魔をしたら悪いので、2人でそっとシエル達から離れる。
何だっけ?
話をしていて。
あれ?
「大丈夫か?」
今知った衝撃の事実に呆然としていると、心配そうにドルイドさんが聞いて来る。
正直、大丈夫ではない。
頭の中は大混乱だ。
とりあえず、ふ~。
「はい。えっと話を続けますね」
「……まだあるの?」
「ん? えっと、あぁ私は前世の記憶を持っています」
なんだか話がごちゃごちゃになってしまった。
この事はまだ言っていなかったよね?
他に言い忘れはあるかな?
「前世の記憶?」
「はい」
あれ?
何を話して何を話していないのか分からなくなってる。
えっと、星なしという事と前世の記憶持ち……話すことはこれだけだよね。
シエルの事は……ちょっとあとまわし。
「なんだかアイビーってすごいな」
ん?
すごい?
「そうですか?」
「あぁ、びっくり箱みたいだ」
……それはうれしくない。
「ドルイドさん」
「ハハハごめん。でもすごい覚悟をして来た事が馬鹿らしくなってしまって」
覚悟?
あぁ、星を奪った話か。
「昨日の夜、眠れなかったんだ。今日アイビーにちゃんと話してみようって思ったから」
昨日、帰る時ちょっと様子が違った。
あの時には話そうと考えていたのかな。
「どうしてだろうな。ずっと仕方がないと諦めていたのに、アイビーに話そうと思った時はあの目をされるのが怖いと感じたよ」
あの目……きっと憎しみと恐怖が混じった目の事だ。
あの目は私も怖い。
「すごく勇気を振り絞って話したのにな~。アイビーの方がびっくり箱なんだから力が抜けたよ」
「絶対、私のせいではないです!」
私の断言にドルイドさんが噴き出す。
つられて笑ってしまう。
「星を奪ったと言われた時、少し心当たりがあったんだ」
えっ!
「俺の家は商家なんだ。父はスキルがあまり良くなかったが頑張って店を大きくした努力の人だ」
自慢の父親なんだろうな。
ちょっと羨ましい。
「上の2人だが、スキルが良くて星もよかった。その為か父をないがしろにする奴らだった。子供の俺は何度も星がなくなれば、あいつ等が父を大切にするのではないかと考えた」
なるほど。
私が会ったドルイドさんのお兄さんは、昔から性格が残念だったという事か。
なんとなくそんな気はしていたけど。
「だから星が無いと騒いでいる2人を見た時、俺のせいだと思ったから恐かった。でもほんの少し、これで家族が仲良くなれるのではないかと期待した。まぁ、無理だったが」
全てをドルイドさんのせいだと騒いでいるあの人では無理だろうな。
「ドルイドさん」
「ん?」
「私は、今人を探しています」
「……あっ、奴隷を探していると言っていたな」
「はい。でも奴隷とは決めていません。私が信頼出来て、そして一緒に旅をしたいと思う人を探しているんです。奴隷を探している理由は、今話した事情があるからです」
誰にでも話すことが出来る内容ではないので、秘密が守れるように奴隷さんだったんだ。
「なるほど。確かにアイビーのびっくり箱は内緒だな」
「もぅ! びっくり箱は駄目ですよ! それに気が付いていないかもしれませんが、ドルイドさんのスキルもですよ?」
「ハハハ、分かっているよ。でも、星を奪う事はオール町の住人には知られている事だ」
悲しそうな表情のドルイドさん。
……気が付いていないみたいだ。
ずっと奪った事に拘っていたから、見えなくなっているのかもしれないな。
「そちらではなく、授ける方です」
「ん?」
「今まで星が増えたという情報を聞いたことはありますか?」
「星は増えない……あっ! 俺、増やせるんだっけ……」
気が付いたみたいだ。
ドルイドさんという常識を覆すことが出来る存在がいる事を、世間が知ったらどうなるか。
「ドルイドさん、私と一緒に旅をしてくれませんか?」
「えっ、俺?」
「はい。このオール町にすごい拘りがあるのなら諦めます。でも、そうでないなら私と一緒に旅をしてください」
なんだか、もっと慎重に話を進めてなんて考えていたけどグダグダだな。
でも、私らしいという感じがする。
「アイビー、もし俺が星を増やせるなら俺はアイビーにとって邪魔な存在になると思う」
ドルイドさん、まだ混乱しているのかな?
それとも、ちょっと視野が狭くなっているのかな?
「ドルイドさん、ソラは瀕死のドルイドさんを助ける事が出来る力を持っています。しかもフレムまで産みました」
産んだ? でいいよね。
そういえば、まだソラとフレムがポーションを食べる事を言ってないや。
あっ、ソラは剣まで食べ始めたっけ。
「あっ!」
「シエルは魔物の中でもかなり上位のアダンダラです。しかもテイムされていない……テイム出来ていたらもっとすごい事ですよね。星なしがアダンダラをテイムしてしまったのですから」
「あ~……、それってシエルがすごいのか、アイビーがすごいのか」
確かに、でもシエルがすごいような気がするな。
印だって真似できるのだから。
「もしかしたらシエルが私の魔力を作っているのかもしれません」
「いや、アイビー。魔力は真似る事が出来ないはずだ」
「それはテイムの印も同じですよね」
「あぁ。そうか、印を作ったと言っていたか」
「はい」
「……シエルの力もすごいな」
「はい」
「俺もアイビーのびっくり箱の仲間入り?」
「一緒に来てくれるのですか?」
「…………分からない」
迷った後に続いた言葉は、少し弱々しかった。
きっと家族の事だろう。
星を奪った罪悪感が、彼をずっと縛っているみたいだ。
「ドルイドさん、どう生きるかは本人次第だと思います。たとえ途中で思いがけない事に遭遇したとしても」
「アイビー」
私だって、星なしという事を誰かのせいにしたいと思ってきた。
でも、現実は変えられない。
ならいつまでもうじうじとしているのはもったいない。
「ドルイドさん自身がどうしたいのか、それが大切だと思います」