155話 ぷらす? まいなす?
「お疲れ様です」
なんだか、すごく疲れた顔したドルイドさんがやってきた。
何か問題でも起きたのだろうか?
「大丈夫ですか?」
「あぁ、見ていないって言っているのに、どんな魔物だったのかとしつこくてな」
うんざりした表情の彼に笑う。
ギルマスさんが送り込んだ冒険者さんは、ちょっと問題があったようだ。
「お茶を入れますが、飲みますか?」
「あぁ、ありがとう」
ドルイドさんにお茶を入れながら、話を聞く。
グルバルを回収にきたまでは問題なかったようなのだが、その数の多さに驚いて狩った魔物に興味が出たみたいだ。
そこから何度も見ていないと説明しても、影ぐらいは、後ろ姿ぐらいはとしつこかったらしい。
冒険者としては興味が出て当然かもしれないが、ドルイドさんからしたらいい迷惑だろうな。
「面倒事を押し付けてごめんなさい。ありがとうございます」
「謝る必要は全くないから。あれだけのグルバルの大群を、今のオール町の冒険者が対処できたかどうか分からない」
そんなにグルバルは強いのかな?
今日もシエルにあっけなく蹂躙されていたから、強さが分からない。
ただ、意外に逃げ足が速かったのでアレがこちらに向かってきたら怖いだろうな。
「シエルにぼろぼろにされていたから、グルバルの強さが良く分かっていない?」
「はい、シエルの強さは分かりましたが。ただあの足の速さは驚きました。見た印象はあてになりませんね」
「人より速いからな。しかもあの巨体でぶつかって来るから、子供だったら一撃だ」
確かに、倒されていたグルバルはかなり大きかった。
アレが激突してくるのか……私だったら間違いなく一瞬だな。
「怖いですね」
「シエルがいない時は気を付けないとな」
「はい」
ゆっくりとお茶を飲む。
そういえば、予定が大幅に狂ったな。
今日はドルイドさんに、色々と訊こうと思っていたんだった。
ここで訊く?
「アイビー」
「はい」
丁度話しかけようかと迷っていた時に名前を呼ばれたので、ドキリと驚いてしまった。
ドルイドさんを見ると、何かを決意した表情をしている。
「話があるんだ。全てを聞いてから判断してほしい」
ドルイドさんの言葉に一度だけ頷く。
「まずは兄の事を謝らせてくれ。あんな風にしてしまったのは俺のせいなんだ。……俺には3個のスキルがある」
スキルが3個?
一般的には2個だから、すごいな。
「1個目は剣術、2個目は体術。問題なのは3個目なんだ。文字ではなく記号のようなモノが現れた」
記号?
「調べてもらったが、今も意味は分かっていない」
意味の分からなかったスキル。
そういえば、新たなスキルが発見されることがあるって聞いたことがある。
それかな?
「両親は新しいスキルだと喜んでいた。だが、俺の3個目のスキルが知らない間に兄達の星を奪ってしまった」
星を奪う?
星が3つなら2つにするとか?
「あの……」
「なに?」
ドルイドさんの声に緊張が混じっているのを感じる。
「スキルの表示は……えっと、どんな記号でしたか?」
「これだよ」
ドルイドさんが木の棒で土の上に何か描く。
描き終わったモノを見ると……
+/-
「……プラススラッシュマイナス?」
「えっ? アイビーもしかしてこれを知っているのか?」
いえ、私は知りません。
前の私の記憶の中にある記号と一致はしたが。
自然とプラススラッシュマイナスと言っていたので、そう呼ぶのだろう。
頭に浮かんだ意味は『足すか引く』だ。
「アイビー?」
-は確かに星を奪ったのかもしれない。
でも+は真逆の意味だ。
この記号だと、スキルの星を増やしたり減らしたりすることが出来ることになる。
これって、かなりすごいスキルだよね。
今まで、星が増えるとは聞いたことがない。
産まれ持った星が1つなら一生1つだ。
それが増える可能性があるのだから。
でも、どうしてお兄さんの星を奪ったのだろう。
先ほどの話からすると無意識にだ。
あれ?
兄達って言った?
それに奪ったって……という事はドルイドさんの星が増えた?
「アイビー?」
ドルイドさんの不安そうな声が耳に届く。
しまった。
考えに没頭してしまった。
私の悪い癖だな。
「すみません。えっと、最初の記号がプラス、真ん中はスラッシュ。最後がマイナスです」
「ぷらすすらっしゅまいなす」
「意味はプラスは足す、マイナスは引く。スラッシュは……または? です」
「または?」
どう説明したらいいのかな。
orって何?
意味が分からない。
「『足すか引く』……えっと、星を奪うだけでなく増やすことも出来るスキルだと思います」
「えっ! 増やす?」
「はい。記号から考えるとそうなります」
「増やす……兄の星は……」
先ほどのドルイドさんの説明には疑問があるな。
スキルは意識しないと発動しない。
テイムもしようと思って、初めてスキルは利用できる。
無意識にテイムしていたら大変だ。
私の場合、魔力切れで死んでしまう。
「お兄さんの星は……全く知らない間に?」
「あぁ、使い方も分からなかったし」
そうだよね。
無意識に奪ったり、足したり……。
そうだ。
「あの奪うって言いましたよね」
「あぁ、成人の儀ではスキルが表示されるのだが、長男の星が減っているのをその時に知ったんだ。両親が慌てて二男と俺のスキルを調べたら、二男の星も消えていた。逆に俺の『ぷらすすらっしゅまいなす』の後ろに括弧が表示されて中に4という数字が表示されていたんだ」
本当に『奪った』なのか。
「お兄さんは何人いるんですか?」
「上に2人だよ。話し忘れていたな」
苦笑いしてお茶を飲むドルイドさん。
この話をするのに、彼は相当勇気を振り絞ったんだろうな。
「兄達はスキルを2個ずつ持っていて、それぞれ1つずつ星を奪ったんだ」
星か……。
星を奪うドルイドさん。
星が無い私。
こういうのって、巡り合わせって言うのかな?
「ぷっぷ~」
不意にソラの声が聞こえた。
視線を向けると、木の根元でシエルのお腹の毛に埋もれて寝ているソラの姿が見えた。
あっ、巡り合わせとは違う。
これはソラが導いた出会いだ。
「ドルイドさん」
「はい」
その言葉に、違和感があって彼を見ると、表情が強張っていた。
スキルの情報は、すぐに広まってしまう。
心無い言葉を、いっぱい言われてきたのかもしれない。
それだけではなく、離れていった人達もいるのかもしれない。
ドルイドさん自身も、怖かったはずだ。
意味の分からないスキルが、知らない間に兄弟の星を奪っていたんだ。
一緒にいるだけで星を奪ってしまうのではないかと……あぁ、だからチームを組んでいないんだ。
一緒にいる事を一番怖がっているのはきっと彼だ。
「話してくださってありがとうございます」
「……いや、もっと早く話す必要があったんだ。アイビーの星を奪ってしまう可能性もあるんだから」
星を奪う?
もう一度、寝ているソラを見る。
マイペースでちょっと意地悪でポーションを食べて、瀕死を癒す力を持つレアスライム。
そして、私に良い出会いを持ってきてくれる大切な仲間。
無意識に星を奪ってしまうドルイドさん。
奪われる星が無い私か……。
最強のコンビだね、ソラ。
「私は大丈夫です。問題ありません」
「えっ?」
ドルイドさんが不思議そうな表情をする。
さて、今度は私の番だ。
……さすがに緊張してきたな。
でも全てを話そう。
そして旅に誘おう。
一緒に来てくださいって。