153話 倒したのはいいけれど……
「すごいな、ここにも痕跡がある」
ドルイドさんが、グルバルが残した痕跡を調べながら険しい顔をしている。
「何がすごいんですか?」
この森は、私が知っている限りずっとこんな状況だ。
何がすごいのか分からない。
森に入ってシエルと合流し、罠を仕掛ける場所を目指しているのだが。
ドルイドさんは、周りを見回しながらしきりに首を捻っている。
30分ほど森の奥に向かって歩くと大木があったのだが、そこにも痕跡を見つけとうとう大きなため息をついてしまった。
「グルバルは、縄張り意識が強く慣れた場所からあまり出ない。こんなに広範囲を歩き回っているなんて考えてもいなかった」
「そうなのですか? でもここだけではなく、この森の何処にでもグルバルの痕跡って残ってますけど」
「ここだけじゃないのか?」
「はい。ちょうど町を挟んだ反対側にも痕跡はありました」
「グルバルの行動範囲を以前調べたが、その時はこんな傾向はなかったんだが」
私の言葉に、ドルイドさんの眉間がすごい事になってしまった。
「そういえば、知り合いが周辺調査の依頼が入ったと言っていたな」
「ぷっぷぷ~」
周りを飛び跳ねていたソラが、鳴きながら大きく飛躍。
「あっ!」
「んっ?」
そのまま考え込んでしまったドルイドさんの頭に着地。
「「…………」」
あまりの事に2人で視線を見合わせる。
「すみません」
「いや、考え込んでしまった俺を怒っているのかもな。罠を仕掛けに来たんだろうって」
「ぷ~!」
まるで『そう、その通り』と、言っているようなソラの鳴き声。
「悪いなソラ。仕掛ける場所を探そうか」
「ぷぷっぷぷ~」
「その前に、ソラ。ドルイドさんの頭から降りようか」
「ぷ~!ぷ~!」
あっ、これは拒否をしているな。
どうやって下ろそうかな、無理に下ろしてもすぐに飛び乗るだろうし。
「ソラはここが良いって事かな?」
「すみません。すぐに下ろしますから」
「ぶ~!」
完全な文句になっているような気がするな。
というか、人の頭の上で縦運動しない!
「大丈夫だよ。ソラは重たくないし」
「ぷっぷぷ~」
あっ、ドルイドさんその言葉は駄目だ。
完全に居座る体勢になってしまった。
「首が痛くなったらすぐに下ろしてくださいね」
これはある程度、ドルイドさんに頑張ってもらわないと降りないな。
すみません。
「了解。ソラ、落ちないように気を付けろよ」
「ぷぷ~!」
かなり機嫌がいいみたいだな。
そういえば、ここ数日機嫌が悪くなっていない。
もう、問題ないという事だろうか?
「さて、場所を探そうか」
「はい。でもグルバルの痕跡が無い場所を探すのが難しくて」
「ここまで歩き回られたら、そうだろうな。どんな場所を探しているんだ?」
「にゃうん」
「ん? どうした?」
ドルイドさんがシエルの頭を優しく撫でる。
そうだ、今日の罠の仕掛けはシエルとの約束だったな。
シエルが守りやすい場所を探した方が良いかもしれないな。
「あの、シエルが罠を守ってくれるので、シエルにとって居心地がいい場所を」
「ん? どういう事だ」
今までの経緯を話すと、ものすごく感心した表情でシエルを見つめているドルイドさん。
「賢いとは思っていたけど、それほどとは」
「にゃうん」
自慢げに鳴くシエル。
何故か頭の上でソラも胸を張っている。
……ドルイドさんがマヌケに見える……。
「アイビー、その生暖かい視線はやめようか。俺も自分の姿を想像してちょっと挫けそうだから」
頭の上でソラが胸を張っているのは分からないだろうが、頭にスライム。
これだけでも、人にはあまり見られたくないだろうな。
子供なら、まぁ許されるだろうけど。
40代ぐらいの男性の頭……。
「アイビー、肩が揺れているけど何を想像したのかな?」
「いえいえ、場所を探しましょう!」
シエルが待機しやすい場所を探しながら、森を移動する。
しばらくすると太い枝が左右に広がっている大木を見つけた。
「これなんてどうでしょうか? グルバルの痕跡はありますが、小動物の痕跡もありますし」
「いいな。グルバルの痕跡は、もう諦めた方が良さそうだ」
確かに、少ない場所を探すのも大変なほどあちこちに痕跡がある。
そういえば、昨日よりこの周辺の痕跡が増えている気がする。
「にゃっ!」
シエルが力強く鳴く。
「おっ! シエル、やる気だな」
確かに罠を仕掛ける約束をした時から、かなりやる気だ。
頑張りすぎて怪我などしなければいいけれど。
「シエル、集団で来られたら逃げるんだよ?」
「……に~」
ものすごく不服そうな声で鳴かれてしまった。
「大丈夫だよ、アイビー。アダンダラがグルバルなんかに負けるわけないから」
私よりいろいろな事に詳しいドルイドさんが言ってくれるので大丈夫なのだろう。
でも、大切な仲間なので心配だ。
罠を仕掛けるとシエルに確認してもらう。
全部で3ヶ所。
シエルはなんだかうれしそうだ。
「休憩しようか」
「はい」
少し森の奥になるが、湖がある。
その場所までシエルを先頭に歩き出す。
「そういえば、もう1匹は?」
「もう1匹? フレムの事ですか?」
「そう」
「まだ弱いのでバッグの中です」
「弱い? あっ、そうか! 崩れスライムって言っていたっけ」
「はい」
「ソラを見ていると、全く『崩れ部分』を想像できないから忘れていた」
ドルイドさんの言葉にソラを見る。
確かに、しっかりした体になったよね。
今ではぶつかっても、平気だし。
「おっ、あそこだ」
視線の先には太陽の光を反射する湖…………と、グルバルの大群。
すぐに近くの大木に身を隠す。
シエルは何故か駆け出そうとしたが、何とか止める事に成功した。
「気が付かなかったな」
「はい」
木の影からそっとグルバルの大群を確認する。
あれ?
「おかしいです」
「おかしい?」
「はい、グルバルの気配がすごく薄いんです」
森の中では、絶えず気配に気を配っている。
それが、危険を回避するのに重要だからだ。
確かに仲間がいる安心感から、少し精度は落ちていた可能性はある。
でも、こんな傍にくるまで気配に気付かないなんてありえない。
不思議に思いグルバルの様子を窺う。
どうやら原因はグルバルの方にあるようだ。
「悪い、俺は気配が読めないんだ。どれくらい薄い?」
「目の前にいるのに、何匹いるのか気配で掴めません」
「そうなのか?」
「生きているグルバルを初めて見たのですが、気配が薄い魔物なのですか?」
「聞いたことないな」
2人で首を傾げる。
これもグルバルの異変に何か関係があるのだろうか?
「に゛ぃや~~!」
木の影に身を潜めておそらく数分。
いきなりシエルの鳴き声が湖周辺に響き渡る。
「「えっ!」」
慌てて木の影から顔を出して、声が聞こえた方を見る。
「あっ!」
「おぉ~、すごい!」
視界に入ったのは、シエルがグルバルに襲いかかる姿。
あっと思った時には、シエルは次のグルバルに飛びかかっていた。
そして数秒後にまた違うグルバルに飛びかかる。
「やっぱり強いな~」
ドルイドさんは感心しているが、私はそれどころではない。
初めて見るシエルの姿に呆然としてしまった。
アダンダラは強いと何度も聞いたが、まさかこれほどとは。
正確な数は分からないが、おそらく30頭以上いたグルバル。
数頭逃げて行く姿があったが、ほとんどがシエルによって数分で倒された。
シエルはかなり満足げだ。
「やっぱりすごいな。圧倒的な強さだ」
「そうですね。……ドルイドさん、ギルマスさんはまた協力してくれるでしょうか?」
確かにシエルは強かった。
ただ、倒したグルバルの数が多すぎた。
ドルイドさんと私が協力したとしても1頭だろう。
シエルの周辺を見る。
20頭以上のグルバルが倒されている。
「あ~、忘れてた。どうしよう?」
「はい。どうしましょう」
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