149話 らいす、こめ?
「……ライス?」
確かに名前を確認すると『らいす』と書かれている。
だけど、どうも想像していた物と違う。
私が想像したのは白いお米。
目の前の物は、籾殻付きの小麦を真っ白にしたような物。
私の説明が悪かったのだろうな。
小麦と似たような見た目と言ってしまったから。
でもまさか白い小麦があるとは思わなかった。
そしてもう1つ気になる物が隣にある。
この棚には家畜のエサしかないので、おそらく気になる物もエサなのだろう。
私が想像した白米とは違うが、籾殻付きの米がある。
しかも名前が『こめ』だ。
「『らいす』に『こめ』」
何だかものすごく気になる。
誰が考えた名前なのか。
「どうかしたか?」
私があまりにもライスと米を凝視しているので不思議に思ったのだろう。
少し離れて様子を見ていた店主と思われる人が、おもむろに訊いてきた。
この胸のもやもやを話したくなるが、それは出来ない。
「いえ、なんでもないです」
「そうか? 若いのに、エサに興味があるのか?」
えっと、どういう説明をすれば不審に思われないかな?
……無理だ、何も思い浮かばない。
もう、いいや。
「あの、この米って精米してもらえますか?」
「精米? 精麦の事か? まぁ出来るとは思うが、エサにそんな手間かけてどうするんだ?」
「いえ、エサではなく……食べてみようかと思いまして」
「……食べる?」
絶対に変な人だと思われるんだろうな。
でも、ここは諦めよう。
お米を手に入れるためだ!
「はい」
「『むぎ』ではなくてか?」
「はい」
あれ?
『むぎ?』
お店を見回して『むぎ』を探す。
あった、大麦の事か。
記憶の中の大麦は『むぎ』なのか。
ここの棚は食材だったよね?
あっ、隣に『こむぎ』もある。
そういえばパスタに似た食材があったな、小麦があっても不思議ではないか。
それにしても大麦は『むぎ』で小麦は『こむぎ』。
この世界の名前は不思議だ。
「まぁ、食べれない事はないとは思うが。ほんとうに『こめ』を食べるのか?」
「はい」
あっでも、こっちのライスという物も気になるな。
両方はさすがに勇気が無いな。
よし、今日は『こめ』の方に挑戦してみよう。
次に『らいす』だ。
「どれくらい必要だ?」
「小袋1つで」
どれくらい入っているのかは不明だけど、大きさから考えて1人分を3回炊けるぐらいはあるだろう。
失敗する事を考えると少し不安だけど、足りなければまた買いに来ればいい。
「ちょっと待っとれ、精麦……精米? してくる」
「はい、お願いします」
なるほど、堂々とすれば結構通るモノだな。
まぁ、かなり奇怪な行動をとる子供だと思われているだろうけど。
そういえば精米ってどうやるんだろう?
待っていたが気になるので、隣の部屋に移動した店主の後を追いかける。
見ていると籾のついた米を箱のような物に入れて、左右に振っている。
ん?
何だろうあれ?
「ん? どうした?」
「いえ、精米ってどうやるのかと思いまして」
「マジックアイテムの箱を使用しているよ。熱を発生させないから『むぎ』の旨味が逃げないって評判だ。……『こめ』に通用するかは分からないが」
私の想像している米なら、かなりうれしい精米方法だ。
と前の私が言っている。
なので、問題ないのだろう。
「待たせたな」
「ありがとうございます」
しまったな。
値段を聞く前に購入してしまった。
ものすごく高かったらどうしよう。
「25ダルだ」
「えっ、あっはい。これで」
あまりの安さに驚いた。
もしかして、ものすごく不味いって事なのかな?
ちょっと、怖くなってきた。
「あ~」
「はい?」
店主が何か言おうか迷っているようだ。
口を開けたり閉じたりしている。
しばらく待ったが。
「いや、なんでもない」
「そうですか? ありがとうございます」
まずは挑戦してみないとな。
これが食べられたら、ものすごくうれしい。
食費も抑えられる。
……ものすごく不味かったら、まぁ仕方無い。
諦めて、ライスに挑戦だ。
広場に戻り、明後日のための夕飯作りを始める。
買ってきたお肉はグルバルの塊肉。
これをじっくりと煮込むつもりだ。
一緒に煮込む野菜を切ってお鍋に入れていく。
水を入れて火をつける。
沸騰するまでにお肉の表面を焼いていく。
少しだけ、お肉を削ってお肉の味を確かめる。
お店の人が言っていた様に、少し歯ごたえがあるな。
味は、グルバルの見た目に反して繊細な味だ。
旨味もあるし、これはかなり期待できそう。
お肉の塊をお鍋に入れて……誕生日の贈り物に貰った4人用のお鍋だけど役に立つな~。
後はじっくりと煮込むだけ。
味付けはまずは塩だけ。
野菜の旨味とお肉の旨味が出てから最終的に味を調えよう。
「さて、米だ」
えっと、前の記憶だと洗って、水に浸けて、炊く?
強火で炊いて、弱火にして……蒸らす?
……なんだかものすごい挑戦になりそうだな。
とりあえず米を洗って水に浸けておこうかな。
どれくらいの時間浸けるんだろう?
とりあえず1時間浸けてみたけど、大丈夫かな?
で次に炊くんだよね。
えっと最初は強火……蓋はしていいのかな?
水の量は、米がしっかり浸かるぐらいの量でいいか。
まぁ、何とかなるでしょう。
炊いている間に今日のご飯を作ろう。
あっ、吹きこぼれそう、弱火にしたらいいのかな?
蓋は……このままでいいか。
ご飯があるから、グルバルのお肉の切れ端と野菜を炒めるぐらいでいいかな。
「……うん、失敗だね」
お鍋の中にはかなり柔らかく炊かれた米。
水の量が多すぎたみたいだ。
それとも浸ける時間が長かった?
とりあえず、味はわかるからいいか。
美味しく炊く方法はこれから、これから。
何回かすればコツを掴めるだろう。
「いただきます」
ちょっとドキドキする。
だって、ものすごく安かったんだもん。
ひと口。
……あれ?
普通に美味しいかも、ただし見た目以上に柔らかかったけど。
これは水の入れ過ぎだな。
それにしても、記憶の中の味に似ている。
これは、良いかも。
あ~、おにぎり食べたい。
丼物も良いな~。
うっ、頭の中で次々と光景が……。
前の私が米の味に触発されて暴走しているみたいだ。
初めての事にちょっと怖いけど、落ち着くまで待つしかないよね。
「ふ~、落ち着いた。よかった」
それにしても前の私は、ずいぶん米が好きなんだな。
まぁ、美味しいけど。
「ごちそうさまでした」
それにしても、米いいな。
浮かんだ光景の中のおにぎり?
あれだとお昼にもいいかもしれない。
「まぁその前に、美味しく炊けるようにならないと駄目だよね」
食べて分かったけど、炊くときの水量が結構重要だよね。
今まで料理を作る時に、水の量に気を付けた事はないからちょっと驚きだ。
米って繊細だな~。
水の量か、専用のコップを作った方が分かりやすいかな。
米の量に対して水の量。
これは繰り返して、加減を知るしかないな。
美味しく炊けるようになるまで、ちょっと大変かも。
あのお店の常連客になりそうだ。
「そういえば『こめ』『らいす』『むぎ』『こむぎ』か。探したらもっと記憶と一致する名前があったりして」
考えてみれば、私のような存在が過去にいてもおかしくはない。
だって、占い師は特に驚くことなく『内緒にしていた方が良い』と教えてくれたのだから。
それに、いたとしても私には関係ない。
名前がここまで浸透しているという事は、いたのは随分と過去の事だろう。
今でない以上、問題なし。
さてと、明日は森に罠を仕掛けに行こう。
グルバルに壊される可能性が高いけど、やっぱりシエルに頼りきりっていうのも駄目だからね。
……獲物が罠に入る様に、追い込みをしてしまうのだけど……
まぁ、それはそれだな。