148話 ギルマスさんはちょっと残念
「あった」
町の中心からかなり離れた場所に、ドルイドさんの家はあった。
周りを見る。
家がぽつぽつとあるぐらいで、なんとなく寂しい印象を受ける。
「すみません。ドルイドさんいますか?」
名前を確認して扉を叩く。
しばらく待ってみるが、反応が無い。
いないのだろうか?
ん~、いないときの事を考えていなかった。
まぁ、家も分かった事だし、お礼はまた今度でいいかな。
「アイビー?」
不意にすぐ傍で名前が呼ばれ、驚いてしまう。
声が聞こえた方を見ると、袋を持ったドルイドさんの姿。
こんなに傍にいるのに気が付かないなんて……。
衝撃を受けて項垂れてしまう。
「アイビー?」
「あっ、おはようございます。ってもう、こんにちはの時間ですね」
「ハハハ、確かに。こんにちは」
私の不審な行動に首を傾げているが、説明すると余計に凹みそうなので誤魔化しておこう。
「お礼が言いたくて」
「お礼?」
「はい。ギルマスさんに私は無関係だと話してくれたと聞いたので」
「そんな事いいのに。本当の事を言っただけだし」
「それでも、ドルイドさんのお蔭で私は全く疑われていなかったので」
「ギルマスも見る目はあるよ」
「……そう感じさせないギルマスって、ある意味すごいですよね?」
「へっ?……ぶっくくく」
「ドルイドさんの態度の理由が分かりました。なんとなく全てが残念と言うか」
「あははっは、ははは。ちょっとアイビー、お腹痛くなるから」
かなり受けたようだ。
お腹を押さえて笑っている。
でも仕方がない、今日1日で感じたギルマスさんの印象なのだから。
「あ~、笑った。お腹いたい」
「ドルイドさん、そんなに笑ったらギルマスさんに失礼だと思います」
「いやいや、一番はアイビーだからね」
「私は素直な感想を言っただけです」
ドルイドさんと視線が合うと、笑いをこらえきれず2人とも吹きだしてしまう。
「あ~笑った。上がってお茶でも飲んでいくか? と言ってもお茶以外は何もないが」
「いえ、お礼が言いたかっただけですから。あっ、そうだ。ご飯を作る約束はいつがいいですか?」
本当に色々とお世話になっているからな、しっかり時間をかけて作ろう。
「気にしなくていいのに」
「大丈夫です。というか、料理を作るの好きなんです」
「そうなの?」
「はい。でも1人分だと物足りなくて。だからドルイドさんがいっぱい食べてくれるなら作り甲斐があります」
「おぉ~、ならその日は夜まで軽めで済ませておこうかな」
「ハハハ、そうだ! 好きな食べ物と嫌いな食べ物ってありますか? 以前聞いた時は野菜が嫌いで肉が好きって。でも冗談だとも言っていたので」
ちゃんと確かめておかないとな。
「ごめん。本当にあれは冗談だったんだが」
本当だと思ったけど、違ったのか。
ドルイドさんは、人を騙すのが上手いな。
って、この言い方は駄目だな。
誤魔化すのが上手い?
「えっ、あ~そうだな。あまりそういうのを考えた事が無いな。食べられない物はないが」
自分の好き嫌いを知らないって事あるんだ。
誰にでもそれなりに好きや嫌いはあると思うのだけど。
それに食べられない物はないって、嫌いな物でも食べられるって事だよね。
「えっと、今食べたいって思う食材ってありますか?」
「食材? ……クリロかな」
クリロって確か木の実だったな。
湯がくとほくほくして美味しかった記憶がある。
季節は少し外れているけど、クリロなら確か売っているはずだ。
でも、あれを使って何を作ろう?
「あっ、それと食べてちょっと躊躇する味ってありますか?」
「それだったら苦味かな。あと酸味」
なるほど、刺激のある味付けが苦手なのかな。
そうなると、優しい甘めの味付けが良いかな。
香りのきついのも控えておこう。
「ごめん、ややこしい?」
「いいえ? 味の方向性が決まったので逆に楽になりました」
「すごいな。料理が苦手だから作れる人を尊敬するよ」
「へへ、えっと。明後日とか大丈夫ですか? 時間は夕方の6時頃で」
「あぁ、大丈夫。広場に行けばいいのかな?」
「はい。お願いします」
「了解。なんだか今から楽しみだ」
「えっと、期待をしてもらえるのは嬉しいのですが、外したらごめんなさい」
「ハハハ」
ドルイドさんは、肩をすくめて楽しそうに笑う。
今日会った時は、なんとなくふさぎ込んでいるように見えたが少しは気が紛れただろうか?
「では、明後日待ってます」
「あぁ、楽しみにしているよ」
「はい」
手を振って広場に引き返す。
帰りにお店によって色々と見繕っていこう。
少しだけドルイドさんの兄という人の事が気になった。
でも、やはりどうでもいい事だと思い直した。
家族の中で何かあっただろう事は、兄という人の態度を見れば分かる。
でも、私には関係ない事だ。
「私にとってドルイドさんは、頼りになるお兄さんって感じかな」
まぁ、周りから見たら間違いなく親子なのだろうが。
ん~クリロか。
……ちょっと難しい食材だな。
甘く煮るぐらいしか思いつかない。
後はおやつだ。
栗きんとんに栗の渋皮煮……ん? 栗? くり? クリロだよね。
えっと、記憶がちょっと混ざっているな。
あれ? もしかして私、クリロを食べた事が無いのでは?
……そうだ、食べたのは前の私だ、しかも栗という物だ。
今の私では、クリロを見た事はあるけど食べた事はない。
は~、ドルイドさんにおかしな事言っていないよね。
なんだか自分の記憶に騙された気分だ。
「自然に記憶が思い出されると、どっちの記憶か分からなくなるな」
まぁ、これもずっと付き合っていくモノだから慣れないとな。
そうか、旅のお供にはこれも話す必要があるのかな?
……なんだか、お供に選ばれる人が可哀想になってきた。
とりあえず気を取り直して、クリロの調理方法だ。
栗として考えるなら、栗ご飯か。
ご飯?
あれ、そういえばお米を見かけないな。
無いのかな?
ここは黒パンが一般的には主食だからな。
お金がある人だけは、ふわふわの白パン。
ちょっと探してみよう。
もしかしたらあるかもしれない。
あったら栗ご飯だ!
食べた事はないけど美味しい事は知っている。
そしてご飯を思い出したせいか、ものすごく食べたい。
店を回って必要な物を買っていくが、お米が見あたらない。
この世界には無いという事か。
ちょっとショックだ。
まぁ、他の収穫はあった。
パスタに似た物があったのだ。
パスタより太めで短いが、話を聞く限りパスタと似た使い方が出来そうだ。
ただ、少し高め。
なので特別な時だけかな。
「あ~、お米食べたい!」
前の私の感覚が強くなっているのか、お米が食べたいという欲求が強くなる。
しかしどの店にも置いていない。
無いとなると余計に食べたくなる。
それからお店というお店を見て回るが、やはりない。
「何かお探しですか?」
数十件目。
お店の商品を見て、ため息をついたからかお店の人に話しかけられた。
今までは、大丈夫と断っていたが聞いてみようかな。
「あの……白い粒の食材はありますか?」
危ない、お米と言いそうになった。
ここでは米という名前ではないかもしれないのに。
とりあえず、見た目で分かってもらえるかな?
「白い粒?」
「はい。えっとこれぐらいの大きさで、外は薄茶色の皮に包まれていて中は白っぽい粒が入っているんですが」
手で大きさを表現しながら、見た目の説明をする。
これで分かってくれるかな?
「……あれは食材ではなくエサでしょう?」
「エサ? あっ……」
お店の人の話を聞いた瞬間、前の私が『あるあるきた~!』と頭の中で叫んだ。
よかった声に出さなくて。
今、かなり危なかった。
ここで叫んだら、頭のおかしな人だ。
それにしても、この感覚久しぶりだな。
それにしても『あるある』とは何だろう。
「はい、家畜のエサです」
エサ……まぁ、見てみるまでは分からないからな。
「何処に行けば見られますか?」
「麦を売っているお店にあると思いますよ」
「ありがとうございます。ちなみに商品の名前は何でしょうか?」
「『らいす』です」
「えっ! あっ、ありがとうございます」
ライス?
お米の事だと、前の私の知識が教えてくれる。
そんな偶然あるのかな?
……そういえば、他にも同じ名前の物や似たような名前の物があるな。
私の様に記憶を持った人の影響だったりして。