146話 ギルマスさん
「すまないな、朝早くから呼び出して」
「いえ。それで訊きたい事とは何でしょうか?」
「それなんだが……」
ギルマスさんから『訊きたい事があるからギルドに来てほしい』と伝言が届いたのは早朝。
朝食を食べて、少し休憩してからギルドに来たのだがギルマスさんの表情が疲れているように見える。
何か問題が起こったようだ。
「幸香を見つけたのはアイビーなんだよな?」
「はい、そうです。正確にはシエルですが」
「そうか」
特徴的なガラガラの声が、今日は随分と静かだ。
それにしても、嫌な雰囲気だな。
「はぁ、すまない。今回の依頼人が、幸香など積んでいない。見つけた奴の仕業だと言いだしてな」
「えっ」
まさか、そんな事になっているなんて。
まったく予想していなかった事なので、どうしたらいいのか……。
あっ、ちゃんと否定しておかないと。
「あの、私はしていません」
「ん? 悪い、不安にさせたな。アイビーが関わっていない事は、ドルイドに確認を取ってある。だから大丈夫だ。今のは、訊いて無関係だと確認を取りましたという建前だな。はぁ、俺はこういうのは苦手だ」
よかった。
ドルイドさん、ありがとう。
あとでお礼を言いに行こう。
それにしても、ギルマスさんも大変だな。
「あの、私の仕業と言っている人は何が目的で私がそんな事をすると?」
「お金だと言っていたよ」
「お金?」
「あぁ」
「えっと? どうやってお金が発生するのですか?」
私が幸香を仕掛けたとして、それがどうなればお金を稼ぐ事になるんだ?
魔物をおびき寄せて倒す?
シエルの事がばれているのかな?
「あの、シエルの事がばれているのですか?」
「それはない、というよりアイビーの姿も知らないだろう。あいつ等が知っているのは随分と若い旅の冒険者という事だけだ。『その若造、幸香の事で脅しをかけてくるはずだ』と言っていたからな」
脅し?
えっと、それなら幸香の事を誰にも言わない方が良いのでは?
「無茶苦茶だろう?」
「そうですね。脅すなら幸香の事は内緒にしないと」
「その通り。予想以上に被害が出て、焦ったんだろうな。で、旅をする冒険者ならお金に困っているはずって考えたんだろう」
「なんだか……」
「愚かだろう?」
ギルマスさんと視線が合うと、2人で苦笑いしてしまった。
町や村に所属している冒険者達より、旅をしている冒険者達の方が稼ぎが多い。
それは、稼げる場所に絶えず移動しているからだ。
私の様に稼げないのに旅をする冒険者は少ない。
それにしてもお金か。
確かにこれから冬に向かうので、いくらあっても問題はない。
というか、正直お金は欲しい。
だが、それほど困っている状況ではない。
懸賞金もあるが、私には仲間が見つけてくれたモノがある。
だから大丈夫なのだ。
隣に置いてあるマジックバッグを見る。
ソラ達が入っているバッグとは違い、木の実や果物が沢山入っている。
それは、シエルが森の中で見つけてくれたモノだ。
そして、これが正規の値段で売れれば、結構な金額になる。
なので、それほどお金に困っている状況ではない。
困っているのは、誰に売ればいいのか分からない事だ。
マジックバッグから2種類の果物を取り出す。
それを机の上に置くと、ギルマスさんがかなり驚いた表情を見せた。
それはそうだろう。
森の奥でしか育たないと言われている果物と、どの薬師も欲しがる木の実だ。
確か薬実と言われる1つで……効用は忘れてしまったけど。
「すごいモノを持っているな」
「シエルが見つけてくれるんです」
「あぁ、あの子が。すごいな」
「はい。だからお金には困っていません」
「ハハハ、大丈夫。疑っているわけではない。なぁ、これは売らないのか?」
「今は、ギルドを通さなくても買ってくれる人を探し中です」
「ギルド? 商業ギルドに登録していないのか?」
「はい。ちょっと色々ありまして」
「そうか、悪い。あ~、俺の紹介でギルドに売らないか?」
「えっ?」
「これを売ったら、お金の問題は一切なしと言い張る事が出来る。問題解決だ」
えっと、私が持っている果物や木の実をギルマスさんを通してギルドに卸す。
ギルマスさんの紹介なら登録は必要ない?
「その果物も薬実も間違いなく高額になる。通常時でも高いのに、今はグルバルの事があって少し値上がりしているしな」
私がお金をある程度稼げば、言いがかりをつけている人達の言い分が間違いだと証明できるって事かな?
それで問題が解決するなら、特に問題はない。
というか、ギルドを通せるならそれが一番だ。
「あの、登録をする必要は無いですか?」
「あぁ、訳ありなのか? って訊くべきではないな。悪い、忘れてくれ」
頭を下げるギルマスさんに、急いで首を横に振る。
「問題ないです。ちょっと私の個人的な事情で登録はしていません」
「ありがとう。登録しないなら今回だけ特別という事になるが。ん~、これから王都周辺を目指すんだったよな?」
「はい」
「旅の共に奴隷なんてどうだ? その奴隷にギルド登録してもらえばいい。それに王都周辺は人が多い。アイビー1人だと目立って狙われやすい。必要だったら紹介状を書いてもいい」
皆、同じ意見になるな。
「ありがとうございます。紹介状は持っているので大丈夫です」
「ん? 奴隷商のか?」
「はい、オトルワ町の上級冒険者のシファルさんにもらいました」
「あぁ、奴か! 一緒に仕事をした事があるが、何度嫌味を言われた事か」
「嫌味?」
「あぁ、一言多いとか、それが駄目なんだとか色々とな」
まぁ、確かにギルマスさんはちょっと口が軽い人だと思う。
……シエルの事は大丈夫かな?
「アイビーも俺が口が軽いと思っているな」
「へへ」
否定が出来ない。
「はぁ、そんなに口が軽いという事はないから安心してくれ」
自分でそんなにって言っている所が不安なんだけど。
「それより、どうする? 売ってもらえるか?」
「はい、お願いします。それより問題になったりしないですか?」
「大丈夫だ。薬実が欲しいという依頼が結構きているんだが、上位の奴らが今はいないからその依頼を受けられなかったんだよ。薬実のなっている場所は森の奥だからな。下手な奴に依頼を任せると自滅だ。商品はそのバッグの中か?」
「はい」
「預かっても大丈夫か?」
「えっと、はい」
ギルマスさんは私の返答に、机の引き出しから紙を取り出してくる。
「バッグの中に何があるのか、全て書き出してほしい」
「分かりました。あのこの2種類以外にもあるのですが、お願いできますか?」
「あぁ、全てギルドを通して売るよ」
「ありがとうございます」
紙を受け取り確認する。
私の名前を書く欄と、売る商品の項目欄と個数欄がある。
全て書き終えてギルマスさんに渡す。
彼は書かれた内容を確認して『すごい』と言っていたが、この2つ以外にも何かあったかな?
ギルマスさんは、サインを記入して押印した。
「ありがとう。はい、これ預書。これで問題が2つ解決だ」
幸香の依頼人の問題と、薬実の依頼の事かな。
役に立てたのならよかった。
でも、薬実の件は解決になるだろうけど。
もう1つの方、私が稼ぐだけで問題解決になるのかな?
「本当に大丈夫ですか?」
「おう。こう見えて俺はオール町のギルドマスターだからな。信頼はある」
えっと、どう大丈夫かは教えてくれないのか。
それともそれが答えのすべてなのかな?
信頼があるから……まぁ、大丈夫と言うなら任せよう。
何だか今まで出会ってきたギルマスさんと、オール町のギルマスさんはちょっと違うな。