144話 奴隷商は疲れる
「はぁ、奴隷商か。ちょっと緊張する」
シエルと戯れて、新しい子にフレムという名を付けた事などをシエルに話して今は町へ戻る途中。
「にゃうん」
応援してくれているのかな?
「ありがとう、旅のお供に良い人を見つけるからね」
シエルやソラ、それにフレムのためにも絶対にいい人を見つけないとな。
「よし、とにかく行ってみてからだな」
ここで不安に思っていても仕方ない、とりあえずは行ってから考えよう。
町へもう少し歩けば着くという場所で、一度立ち止まる。
「シエル、送ってくれてありがとう。また明日」
「にゃうん」
シエルは一つ鳴いて、ソラを一舐めしてから颯爽と森の奥へと消える。
あれ?
ソラを舐めるなんて今までした事なかったのに。
ソラを見る。
驚いているのか、ピクリとも動かず森の奥を見つめている。
やっぱり初めての事なんだ。
まぁ、悪い事ではないのでいいか。
「ソラ、戻ろうか」
私の言葉に視線を向けるソラ。
そして、ものすごい速さで縦運動を始めた。
えっと、これは喜んでいるのか、怒っているのか……。
とりあえず、落ち着くまで待とうかな。
「落ち着いた?」
「ぷっぷ~」
よかった。
いつものソラだ。
ソラをバッグに戻して町へ戻る。
シエルの行為の感想を訊こうかと考えたが、止めておいた。
また、興奮? されても困る。
そっとしておこう。
門番さんが私の姿を見て、ものすごく安心した表情を見せた。
そんなに心配をかけていたのか。
なんとなく申し訳なく思う。
早くお供が見つかればいいな。
町の大通りから少し離れた場所に、奴隷商が3軒並んでいる。
ただ、昨日聞いたとおり1軒は潰れているためか扉が閉まっている。
残りの2軒のうちの1軒、ゴルギャ奴隷商の前に来る。
小さく深呼吸してからお店に入る。
入ると、普通だった。
特に何か想像したわけではないが、本当に普通。
ただ、商品が棚に無いぐらいだろう。
「おや? いらっしゃいませ。私は店主のゴルギャです。ご用件は?」
やはりここでも私の姿のためか戸惑った表情を一瞬見せた店主。
でも、さすが店主。
すぐにその表情は消えて今はにこやかにほほ笑んでいる。
「えっと、旅のお供……あっ、手紙じゃなくて紹介状を」
やはり緊張してしまって何を言っているのか。
「大丈夫ですよ。ゆっくり」
こちらの緊張が伝わっているようで、店主がゆっくりと話しかけてくれる。
シファルさんが、紹介するだけのことはある人だな。
「これです」
シファルさんとラットルアさんが書いてくれた、紹介状と条件を書いた箇条書きを渡す。
シファルさんは知り合いに手紙を書くと言っていたが、内容はどう見ても紹介状だった。
店主さんは紹介状と箇条書きを確認して、少し目を見開いたがそれもすぐに元に戻る。
「ここに書かれていた条件の奴隷ですが、2人ほどいます。ただ、1人は女性なのですが」
女性の場合は駄目だと言われている。
被害が倍になるだけだと。
「すみません、男性でお願いします」
「そうですよね。もう1人は40歳の男性ですね。話をしてみますか?」
「えっと、ちょっとだけ見れますか?」
「見る? えぇ大丈夫ですよ。こちらです」
案内された部屋の中には数人の奴隷の人達。
共同生活をしているみたいな雰囲気だ。
何だか、想像と全く違った。
「その子は? 新しい子?」
「違います」
「えぇ~、という事は買いにきた人! えっ、本当に?」
かなり興奮している若い女性が1人、20代前半ぐらいだろう。
他には20代後半ぐらいの男性と、40代ぐらいの女性と男性。
おそらく、その男性が話していた人だろう。
ちょっと影から見たかったんだけど、ばっちり目と目が合ってしまった。
ん~?
何だか違和感を覚えるな。
ソラとフレムの入っている鞄に、そっと触れる。
この子達と一緒にいるところが想像できない。
「どうでしょうか?」
店主がにこやかに話かけてくる。
その様子から、条件にぴったり合うと自信があるのかも。
どうしよう。
この奴隷商では、この男性が条件に合う人なんだよね。
でも、やっぱり違うと感じる。
断ってもいいのかな?
ラットルアさんもシファルさんも「この人だ」と思う人を選ぶようにって言っていた。
何か不安を感じたり、違和感を覚えたら止めておくようにとも。
「すみません」
店主に向かって首を横に振る。
「そうですか? 他も見てみますか?」
「いえ、条件を変えるつもりはないので。ありがとうございました」
「分かりました。シファル殿のご紹介ですからね。無理は言えません」
「すみません」
「いえいえ、旅のお供という事ですからね。慎重に選ぶのは当然です」
はぁ、強く薦められたらどうしようかと思ったけど大丈夫そうだ。
シファルさんに紹介状を書いてもらえてよかった。
お礼と謝罪をもう一度して、奴隷商を出る。
「ふ~」
とりあえず、条件に合う人がいたら声を掛けてもらう事にした。
それと、もう1軒の奴隷商に条件に合う人がいるか確かめてくれるらしい。
思ったよりいい人だった。
でも、精神的に疲れた。
……ちょっと甘い物が欲しいな。
「屋台に行ってみようかな? それとも何か作ろうか」
前の私の記憶を頼れば、きっと何か作れるだろう。
ただ、今日は本当に精神的に疲れてしまった。
人を買うという行為は、心がしんどい。
「屋台に行こう」
甘い物を食べて疲れを癒そう。
何かあるかな?
屋台に近づくと、わくわくしてくる。
楽しみだ。
何を売っているのか確かめるように見て回る。
グルバルのお肉で作った串焼きがある。
何だか逞しさを感じる。
ん?
野ネズミの姿焼き……それはどうなんだろう。
ちょっと見たくないかな。
「あれ?」
あるお店の前で立ち止まる。
ドーナツという名前のお菓子らしい。
……どういう事だろう。
前の私の記憶に、一致するお菓子がある。
見た目が少し違うけど、同じような揚げ菓子だ。
偶然の一致?
気になるな。
「すみません。これください」
「はい。いくつ欲しい?」
「50ダル分でお願いします」
「えっとそれだと、7個ぐらいになるよ」
「それでお願いします」
2口ぐらいで食べ切れる大きさの丸い揚げ菓子。
砂糖が軽くまぶされている。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
50ダルを渡して、紙袋に入ったお菓子を受け取る。
甘くていい香り。
そう言えば、近くに公園があったな。
椅子が空いていたらそこで食べよう。
「あれ? ドルイドさん?」
公園で椅子を探していると、公園から見える通りでドルイドさんと男性が話をしている姿が目に入った。
その雰囲気が、どうもいいものではない。
喧嘩ではないようだが、ドルイドさんの顔が険しい。
というより、悔しそうな表情だ。
覗き見をしているようになってしまったが、彼の表情が気になる。
ただ、見ているのも悪い気がする。
迷っていると、男性がドルイドさんの肩を強く押したのが見えた。
しかも腕を失った方だ。
最悪、何あいつ。
どんな事情があるか知らないけど、それは人として駄目でしょ!
怒りで頭に血が上る。
とはいえ、人の事情に首を突っ込むのは駄目。
気持ちを落ち着かせていると、男性はドルイドさんを馬鹿にしたような雰囲気で離れて行った。
「なんだかムカつく」
そうだ。
公園から出てドルイドさんに近づく。
彼は少し下を向いて、表情を消していた。
「おはようございます」
「えっ……アイビー。えっと」
「おはようございます。一緒に休憩しませんか?」
「……休憩?」
「朝から奴隷商に行ってきました。心が疲れたので甘い物を食べて休憩するところだったのです。一緒にしましょう!」
緊張して言葉がちょっとおかしいような。
まぁ、気にしない気にしない。
「……ふっ、ククク。そうか休憩か。そうか」
ドルイドさんの肩が笑いを抑えようとして震えている。
その姿にホッとする。
「ただし、甘い物は各自持参です」
「アハハハ、分かった。何か買いに行こうか」
「はい。ドーナツを買ったのですが、隣のお菓子も美味しそうでした」
ドルイドさんは、笑いながら頷いてくれた。
少し一緒にいて思ったのだが、彼は人に頼られるのが好きだ。
好きというより、頼られると落ち着くようなのだ。
なので、甘えてしまう。
その方が、沈んだ気分も上昇するだろう。
……ただ、私が慣れてないので落ち着かないが。