140話 巻き込もう!
森へ向かうと言うと、門番に止められた。
町の近くにグルバルが出たのだから、仕方がないのだろう。
危ないと感じたらすぐに逃げると約束して通してもらえたが、かなりしぶしぶだった。
こういう時、シエルの事を話せたら安心してもらえるのだが無理だしね。
周りの気配に気を配りながら、森の奥へと進む。
しばらく歩いたがシエルの気配を感じない。
いつもなら、迎えに来てくれる頃だと思うのだけど。
「何かあったのかな?」
周りの気配を注意深く探る。
森の奥に気配は感じるのだが、遠すぎてシエルなのか判断が出来ない。
とはいえ、森の中で立ち止まっていても仕方ないので気配の方角へ進む。
「あっ、シエルだ」
近付いていくと、シエルの気配だと判断出来た。
それにホッと胸をなでおろす。
何かあったのかなど色々と考えてしまった。
急ぎ足でそちらへ向かう。
「シエルっ! ……ぅわ~」
死屍累々。
シエルの周りを表現するならそれだろう。
何か大きな動物の死骸が転がっている。
見ると、鼻先に大きな角?
足を見るとそれほど長くない。
そしてガッシリした体格。
もしかしてグルバル?
「えっと、シエルは大丈夫……そうだね」
何と言うか、綺麗な座り方で少しどや顔。
『やってやったぞ』みたいな表情をしているように見える。
「お疲れ様。偉いね」
確か、猫のしつけ方にちゃんと褒めるっていう言葉があったよね。
猫のしつけ方?
また前の知識かまったく……まぁ、いいか。シエルも怪我していないし、問題なし。
「それにしても何匹いるんだろう?」
倒れている死骸を数える。
8頭。
ただ、森の奥へ続いている足跡もあるので、逃げたグルバルもいるようだ。
「って、これはどうしたらいいんだろう」
放置というわけにはいかないよね。
町の近くで暴れた、魔物や動物の情報は連絡するのが決まりだし。
死骸を見たってだけで、別にシエルの事を言う必要は無いよね。
それともドルイドさんに協力を仰いだ方が良いかな?
でも、迷惑をかけたくないしな。
「あっ、それよりソラ!」
「にゃうん」
ん?
シエルを見ると、さっと立ち上がって木に登って行く。
そしてふわっと木から飛び降りた。
口にはソラ専用のバッグが咥えられている。
安全な場所にいたのか。
「ありがとう」
バッグを受け取り、そっと中を確かめる。
2匹のスライムが寄り添って寝ている。
可愛い。
「えっと、とりあえず場所を移動しようか」
さすがにグルバルの死骸のそばでゆっくりはできない。
他の魔物や動物を呼び寄せるかもしれないし。
「にゃうん」
バッグを持って移動しようとすると、シエルが進行方向に立ちふさがる。
「えっ? どうしたの?」
私の質問にシエルの視線が死んでいるグルバルに向かう。
そして私を見る。
なんだろう。
グルバル?
死んでいる魔物、で私……あっ!
「もしかして解体して売れって?」
「にゃうん」
「えっと、シエルごめんね。さすがにグルバルを解体して売るのは無理があるかな」
あんな大きな魔物を解体した事はない。
出来ない事はないだろうが、かなり大変だろう。
……しかも8頭!
それに解体が出来たとしても、売れない。
どうやってグルバルを討伐出来たのか、説明できないのだから。
「にゃっ」
かなり不服そうだ。
う~、どうしよう。
「に~」
……そんな悲しそうな顔されたら、何とかしたくなってしまう。
「シエル、ここで待っていて。ドルイドさんに協力してもらうから」
此処での知り合いはドルイドさんとギルマスさん。
シエルの事を知っているのはドルイドさんだけだ。
かなり迷惑になる可能性があるけど、1度だけお願いしてみよう。
「にゃ」
シエルの後押し? を受けて急いで町へ戻る。
確かギルドに用事があると言っていた。
まだいてくれるかな?
居なかったら……諦めよう。
急いで戻って来たため、門番さんにものすごく心配されてしまった。
申し訳ないです。
襲われたわけではないので大丈夫と言ったけど、信じてくれたかな?
ギルドの建物が見えてきたところで、建物からドルイドさんが出て来るのが見えた。
彼も私に気が付いたようで驚いた表情をしている。
「えっと、すみません。お願いが」
「おぉ。俺にできる事だったら大丈夫だが」
「あの……シエルがグルバルを狩ってしまって」
「……まじ?」
「はい」
「…………とりあえず、見に行くか」
「すみません」
「いや、教えてもらえてよかったよ。町もグルバルの事で随分と騒がしいから」
ドルイドさんと森へ向かう。
今度は彼も一緒だったため、門番さんに不思議そうな表情をされた。
首を傾げる姿に苦笑してしまった。
シエルのいる場所まで歩くのだが、さすが経験豊富な冒険者という事だろうか?
ドルイドさんの歩く速度が、町へ戻ってきたものより速くなっている。
さすがだな。
「あそこです」
「ぅわ~」
シエルの周りの状態を見て、立ち止まってしまうドルイドさん。
私と同じ反応だ。
そうなるよね、やっぱり。
「いったい何頭いるんだ?」
「8頭いました」
「そうか。これは人を呼んで片付けた方が良いな」
「えっと説明をどうしましょう」
「問題はそれだな。……ギルマスを巻き込むか」
ギルマスさんか。
さきほどの様子から悪い人ではないようだけど、大丈夫かな?
「ギルマスはちょっとそそっかしい人だけど、思いやりのある人で信用しても大丈夫だと思うよ」
……よし!
「そうですね。ギルマスさんを巻き込んでしまいましょう」
ここで悩んでいても解決策はおそらく出ない。
だったら、ドルイドさんを信じよう。
「よし、町へ戻って……アイビーは大丈夫か?」
「問題ないですよ? なぜですか?」
「いや、かなりの距離を歩いていると思って」
そうかな?
でも、今日はまだ9時間ぐらいしか歩いていないので問題ないけどな。
「大丈夫です。町へ戻りましょう」
「分かった」
シエルに、もう一度町へ戻って協力者を連れて来る事を伝える。
良い返事をしてくれたので大丈夫だろう。
「1日でどれくらい歩くんだ?」
「そうですね。朝、太陽が昇ってから沈むまでなので夏だと14、5時間だと思います」
「すごいな」
「慣れちゃいました」
最初の頃は大変だったな。
6時間も歩くと、体が限界を訴えてきたっけ。
ただ、最初の頃はとにかく逃げる事で必死だったから、疲れた体を引きずって何とか前へ前へって。
そんな毎日を送っていたら、普通に10時間は歩けるようになってしまった。
場所によっては、24時間歩き通しって事もあったな。
そう言えば、シエルと一緒に旅をするようになってからは24時間歩き通しという事はなくなった。
急いで町へ戻った私達にまた首を傾げる門番さん。
次はギルマスさんが一緒の可能性があるんだけど……。
冒険者ギルドの建物の中は、冒険者で溢れかえっていた。
しかも何だか殺気立っている。
少し怖いな。
「こっちだ」
「はい」
ドルイドさんの後を追って階段を上がる。
2階のギルマスさんの部屋? に入ると、ギルマスさん以外にもう1人男性がいた。
私達の姿に少し驚いた様子だったが、すぐに椅子を勧めてくれた。
「すぐに動けるように」
「分かった。ドルイド、大変だったな」
男性とドルイドさんは知り合いの様だ。
私をちらりと見たので、軽く頭を下げておく。
「ハハハ、まぁな。ギルマスちょっと話がしたい」
「待ってくれ。グルバルの件で『それについてだ』話……ん?」
もしかしてグルバル討伐のために、冒険者が集まっていたのかな?
「ギルマス、悪いが」
ギルマスさんはドルイドさんの様子を見て1つ頷くと、もう1人の男性に部屋を出るように指示を出す。
「冒険者どもに待機を言い渡してくれ」
「分かりました。失礼します」
礼儀正しい人だな。
もしかしてギルマスさんの補佐の人かな?
「で?」
ギルマスさんの声に鋭さが宿る。
さすがギルドのトップだけあって迫力がある。
「グルバルは既に討伐済みだ」
「……………………誰が?」
「シエル、アイビーがテイムしているアダンダラだ」
「…………………………」
部屋に満ちる沈黙が怖いな。