136話 幸香
ドルイドさんの近くに桶を持って来て、中の幸香を見せる。
困った表情の彼は、私を見て申し訳なさそうにする。
片腕を失ったためか平衡感覚が取れず、立ち上がろうとした時に倒れてしまったのだ。
「すまない。まさか倒れるとは思わなかった」
「いえ。大丈夫ですか?」
倒れた時、受け身が上手く取れていなかったように見えたが。
「大丈夫。これでも体は鍛えているからな」
本当に大丈夫なのかな?
「本当に心配しなくても大丈夫だから。そんな顔しなくていいよ」
どうやら、考えが顔に出てしまったみたいだ。
「はい。すみません」
ドルイドさんは苦笑をして1つ頷くと、桶の中を見て眉間に皺を寄せる。
おそらく中に入っている幸香の大きさにだろう。
幸香とは「幸の木になる実」なのだが、実をそのまま持ち帰る事はない。
実が大きいため、臭いがきついのだ。
確実に魔物を惹きつけてしまう。
なので幸香を移動させる時は、ほんの少量を削ってマジックアイテムの箱の中に入れる。
マジックアイテムの箱には、密封魔法が施されていて臭いが外に洩れないそうだ。
だが目の前にある幸香は、実そのものだ。
水の中に浸けてはいるが、不安だ。
「何を考えてこんなモノを……」
「水に浸ければ大丈夫と聞いたのですが、これでいいですか?」
「あぁ、とりあえずはこれで大丈夫だ。ただ、水が幸香の臭いに汚染されていくから保って1日かな」
「そうなんですか? 処理の方法は?」
「森の中で燃やす方法しかないかな。周りの木に燃え移らない様にして、火を点けて逃げる。といっても、近くで様子は見るんだけど。魔物が来る可能性が高いから危ないんだ」
すごい方法だな。
そういえば、幸の木の周りって魔物だらけなのかな?
ずっと、気になっていたんだよね。
「あの」
「幸の木そのものは魔物にとって毒だから、周りに魔物はいないぞ」
ドルイドさんが苦笑いしながら、訊く前に答えをくれる。
少し驚くが、幸香の説明で何度も訊かれた事なのかも知れないな。
それにしても幸の木が魔物にとって毒?
初めて聞いたな。
実が魔物を惹きつけて、木そのものは毒。
何とも不思議な植物だ。
しばらくすると、人の焦ったような声と足音が耳に届く。
どうやら、救援の冒険者達が来たようだ。
「誰かいるかー」
生存者を探す声が聞こえる。
「ここだ!」
ドルイドさんが、声を張り上げると向こう側で微かに喜びの声が聞こえた。
全滅ではない事を喜んだのだろうが……。
「ぬか喜びをさせてしまったか」
「そうだと思います」
ドルイドさんがしまったと言う顔をする。
まぁ、仕方ない。
近づいてきた冒険者達は、周辺の状態を確認して顔を強張らせた。
その彼らの反応に違和感を覚え、首を傾げる。
上位冒険者達ではないのだろうか?
救援にあたるのは上位冒険者だけだと聞いているけど。
「おい、こんな事で狼狽えるな」
最初に到着した冒険者達の後ろから、ものすごいガラガラ声が聞こえた。
そちらの人は、随分と落ち着いた声だと思う。
ガラガラ声で少し分かりづらいが。
おそらく上位冒険者だろう。
「ん? ドルイドか?」
「ギルマス、どうも」
ギルマスさんだった。
ギルマスさんは背が高くがっしりした背丈だが、特徴はその声だろうな。
何処にいてもそのガラガラ声で気付きそうだ。
「随分と酷いな。それに、この坊主は?」
「あぁ、グルバルに襲われてな。この子は俺の命の恩人だ」
そういう説明するって言ってたっけ?
えっと。
下手な事は言えないので、黙って1つ頭を下げておく。
「グルバルなのか? 良く生き延びられたな」
ギルマスさんがグルバルという名前に驚いている。
相当恐ろしい魔物の様だ。
シエルたちは大丈夫かな?
心配だな。
「それに、命の恩人って? それにお前、腕……」
「腕を食いちぎられて、意識を失っていたみたいなんだ。で、このアイビーが通りかかって助けてくれた」
「食いちぎられたって……綺麗だな?」
ギルマスさんが、ドルイドさんの腕の傷跡を見て不思議そうな表情をする。
「持っているポーションを、種類関係なく全て使ってくれたみたいだよ」
「全て? 種類関係なく?」
「そう」
「それでそんなに傷跡が綺麗なのか? ポーションを組み合わせると不思議な作用があるとは、昔から言われているが。この目で見るのは初めてだ」
そうなんだ。
初めて聞いたな。
でも、その傷跡は嘘なので申し訳ないです。
心の中で謝罪をしておく。
ギルマスさんは近くに転がっている空のポーションのビンを見て頷いた。
それは、話を合わせるためにドルイドさんがばらまいた物だ。
ビンの数は全部で22本。
数を数えたのか、ギルマスさんの眉間に皺が寄る。
「随分と大量だな」
スッと視線を向けられると緊張してしまう。
「焦ってしまって」
声が掠れてしまった。
大丈夫、焦るな、落ち着け。
「そうか。ありがとうな」
信じてくれたのかな?
ん~、ちょっと疑われている気がする。
仕方ないか。
「自己紹介しておく。オール町のギルドマスターでゴトスだ」
「アイビーです。よろしくお願いします」
「……アイビー? オトルワ町から来たのか?」
「はい」
「そうか、あのアイビーか。何だ、だったら問題ないな」
問題大ありです。
あのアイビーってなんですか?
それに、あなたの声はガラガラの癖に周りに響くんです。
周りの冒険者達にも声が聞こえたようで、ちらちらと見られている。
「ギルマス、知っているのか?」
「いや、会ったのは初めてだ。だが有名だ」
有名?
何で?
「オトルワ町で王族関係の貴族を巻き込んだ組織が潰されただろう。あれの立役者がアイビーという名前だったんだ。正確な情報ではなかったが、まだ子供だという情報だったから間違いないだろう。合っているか?」
子供という事は合っているのでしぶしぶ頷く。
だが、立役者?
……物事の中心となって重要な役割を果たす人の事だったはず。
いつの間に、そんな大きな存在になったの!
あっ、ドルイドさんが驚いている。
なんだか、すごく嫌な予感。
「だから、気付けたのか」
ん?
気付けた?
「何がだ?」
「これだ」
ドルイドさんは、桶の水の中にある幸香を見せる。
「はっ? お前これっ!」
ギルマスさんの表情が、驚愕に変わる。
違います、シエルが気が付いたんです。
って、言いたい!
無理だけど。
ギルマスさんの誤解は後で絶対に解こう。
「幸香なんて誰が持ち込みやがった」
ものすごい迫力ある声が、周りに響き渡る。
その声に、この惨状に顔を強張らせていた冒険者達の体が飛び上がる。
私も一瞬体がビクついたが、彼らほどではない。
やっぱり上位冒険者ではないのかな?
上位冒険者のボロルダさん達とは、違いすぎる。
「ギルマス、落ち着け」
「お前、これで落ち着いてなんて。もしこれが町に入り込んでいたら!」
「分かっているが、今ここで怒り狂っても仕方無いだろうが」
ギルマスさんは、幸香の入った桶を睨みつけてため息をつく。
「悪い。そうだな」
「ギルマスの立場では怒りが湧く気持ちも分かるがな」
ドルイドさんが、落ち着いた声でギルマスさんに話しかける。
ドルイドさんって中位冒険者だと言っていたけど、雰囲気が上位冒険者だよね。
「はぁ、まぁお前が生き残ってくれて助かるよ」
「ハハハ、俺はほんの少ししか助けになれないよ」
2人がこれからの事を話し始めたので、少し場所を離れる。
部外者が聞いていい話では無いだろう。
それに、巻き込まれる可能性が高くなる行為は控えよう。
周辺を見渡す。
救援に来た冒険者達は、現状の確認などの仕事をしている。
私に出来る事はないな。
倒れた木が横たわっている場所まで移動して座る。
何だか、安心したら力が抜けてしまった。