135話 混乱、現状把握
目の前には、座り込んでいる男性。
そしてシエルにソラとソラ?
いったいどうすれば。
「にゃうん」
シエルの声に体から力が抜ける。
そうだ、こうなった以上覚悟を決めないと。
とりあえず。
「この子はシエルといって、私の仲間なので大丈夫です」
「……そうか。えっと、アダンダラ……いや、俺を助けてくれた? 違うな、助けてくれたのはそっちのスライム? あれ?」
あぁそうか、男性も混乱しているんだ。
自分が死にそうになっていたのは理解しているはず。だけど、腕は失ったが生きている。
そして目の前には、初めて会った私達。
混乱しない方がおかしいか。
……この状況を説明する必要があるんだよね、私が!
「えっとですね。そのまぁ、ソラには治療をする力がありました」
あれ?
終わった?
「……えっと、ありがとう」
あ~、続き。
「いえ、それでも腕は無理だったようです」
「あぁ、そうみたいだな。仕方ないよ、グルバルに食いちぎられたんだから。生きている事も奇跡だ」
「ぐるばる?」
襲ってきた魔物かな?
本に載っていたかな?
記憶にないんだけど。
「あのさ」
「はい」
「ソラってあの子達のどっちの事?」
男性の視線を追ってソラとソラ?を見る。
どっち?
「どちらもソラ?」
「ん? どちらも?」
「ん~、ソラ半分とソラ半分」
「…………」
男性は黙ってしまったが、間違ったことは言ってない。
1つが半分になったのだから、ソラ半分だ。
……とりあえず、私がまったく冷静でない事だけはわかった。
何度か小さく深呼吸を繰り返す。
冷静に!
「ぷっぷ~」
「てゅりゅ~」
相変わらず、力の抜ける鳴き声だ。
しかも赤い子の方は、何とも表現しにくい鳴き方だし。
「スライムが鳴くのを初めて見たな。それに治療……かなりレアなんだな」
あ~、鳴くのもそういえば珍しいって。
どうしようかな。
何だか、これからどうしたらいいのか全く見えない。
「大丈夫か?」
「えっ?」
「いや、なんだか泣きそうな表情をしているから……って、俺のせいか? 悪い、混乱していて」
何だか、とてもいい人みたい。
お願いしてみようかな。
いや、何とか約束を取り付けないと。
「あの、お願いします! ソラの事、シエルの事、黙っていてもらえませんか?」
「ん? ……あぁ、もちろん! これだけレアが揃っていたら危ないからな。助けてもらったんだ、絶対に誰にも言うことはないよ」
良かった。
信じるしかないという、ちょっと不安な状況だけど。
「はぁ、それにしても……ひどいな」
周りを見回す男性の顔に、悲しみが浮かぶ。
当たり前だ、仲間を失ったのだから。
「他に生きている者はいるのかな?」
「いいえ、いませんでした。21人の方が亡くなっています」
「21人? 35人じゃない?」
35人?
ちょっと分かりにくい人もいたが、21人で間違いないはず。
「えっと、ちょっと亡くなり方があれで分かりづらい方もいましたが、21人だと思います」
「そうか、逃げられた者もいたのかもしれないな」
35人いたのか。
もし逃げたのだとしたら、オール町へ逃げ込むだろう。
此処からだと私の足で約半日。
走って逃げ込むならもっと早いかな。
魔物から隠れながらだとしても、あと数時間後には救援として冒険者達が来る。
それは、やばい。
ソラ達の事もあるし、シエルもどこかに隠れてもらう必要がある。
「にゃっ」
シエルの声に視線を向けると、森の奥を眺めている。
もしかして、既に救援が来たのだろうか?
集中して探ってみると、人の気配。
かなりの速さでこちらに向かって来ている。
それも複数だ。
「シエル。ソラ達を連れて少し隠れていてほしいのだけど、大丈夫?」
「にゃうん」
ソラ専用のバッグに、青いソラと赤いソラ。
赤いソラを持ち上げる時は、ドキドキとしてしまった。
どう見ても、出会った当初の崩れスライムだ。
間違って死なせてしまっては大変。
そーっとバッグへ入れて……大丈夫なのかと不安になる。
バッグの中に2匹のスライムを入れた事はない。
「ソラ、大丈夫?」
「ぷっぷ~」
「てゅりゅ~」
やっぱりどっちもソラなのかな?
ややこしいな。
バッグをシエルの首にかける。
シエルはそっとバッグの入り口あたりを咥えて、ゆっくりと歩き出した。
男性は、私たちのやり取りを呆然と見ている。
何か、おかしかったかな?
「君はすごいテイマーなんだな」
「えっ! あっいえいえ、そんな」
アダンダラをテイムしていると思っているのか。
訂正してもややこしいし、そういう事にしておいた方がいいのかな。
森の奥へ消えるシエルに、すがるような視線を向けてしまう。
1人になったので、急に心細くなってしまった。
「そうだ。ちゃんとお礼を言っていなかったな。助けてくれてありがとう」
男性は私と視線を合わせてお礼を言うと、深く頭を下げた。
「いえ、あの」
私がしどろもどろになっていると、微かに笑ってくれる。
……助ける事が出来てよかった。
「そういえば、どうしてあの子達は移動を?」
「あっ、もうすぐここに救援が来るみたいです」
「救援?」
「はい。こちらに向かって来ている人の気配があるので」
「そうか。悪い、俺は気配を読むのがどうも苦手で」
そういえば冒険者の中にも気配を読めない人がいると、ラットルアさんが話していたな。
あっ、それより今は、救援の人に話す内容をこの人と話し合っておかないと。
まさか瀕死の人を助けましたとは言えない。
「あの、もう1つお願いがあるのですが」
「俺は腕を食いちぎられて、意識を失っていただけという事にするよ。通りかかった君が、たまたま助けてくれた」
「えっ?」
男性に視線を向けると、優しく笑って頷いてくれた。
どうやら、ソラ達とシエルの事を隠したい私の事情を察知してくれたようだ。
「ありがとうございます」
1つ頭を下げる。
この人で良かった。
ソラは分かっていて助けたのだろうか。
「お礼を言うのは俺の方だから。そうだな、腕はどうやって治した事にしようか」
「あ~、そうですね。ポーションで大丈夫でしょうか?」
「食いちぎられたわりに傷跡が綺麗だからなぁ、数本直接かけたって言い張るか」
男性の腕は、二の腕部分から無くなっている。
傷跡を確認している男性と一緒に見てみたが、とても綺麗な状態だ。
私としては一安心なのだが、傷を負ってすぐなのに綺麗すぎるらしい。
「まぁ、それぐらいしか思いつかないな。いいかな?」
「はい。聞かれたら『青いポーションを直接かけた』ですね」
「青のポーションだけではここまで綺麗にならないから、焦って色々かけてしまったの方がいいかな」
なるほど、何らかの作用があって傷跡が綺麗になったという事にするのか。
通用するのかな?
まぁ、他に無いから妥当なところかな。
「分かりました」
「おっ、忘れていた」
何を?
男性は姿勢を正すと、私に視線を向ける。
何故か真剣な表情なので、少し怖い。
「俺はオール町で中位冒険者をしている、ドルイド。よろしくな」
「……アイビーです。よろしくお願いします」
何が始まるのかとドキドキしていたので、ちょっと反応が遅くなってしまった。
まさか自己紹介が始まるとは思わなかった。
「あ~、でも今回の依頼の失敗で、借金だな。奴隷落ちか?」
「奴隷落ち」
「ん? ハハハ気にするな。2回目だ」
男性、ドルイドさんはあまり気にしていないのか悲壮感などは無い。
その様子に安心を感じた。
でも、気になるなアレが。
「あの、馬車に幸香が積まれていたのですが」
「はっ? いや、ありえないだろう」
「いえ、あの燃えている馬車の中からシエルが見つけ出してきました」
「あの馬車は依頼人が乗っていたモノだ」
依頼人の乗っていた馬車に、幸香か。
何だか嫌な予感がする。