134話 ソラとソラ?
あと少しでオール町へ着く。
地図で確かめると、あと半日も歩けば門が見えてくるだろう。
オトルワ町と同じでオール町も巨大な町だと聞いているので、今からちょっと楽しみだ。
ただし、町に行けばシエルとは一緒にいられない。
これだけが気がかりだ。
「シエル、町に行ったらまた別行動が多くなるけど、大丈夫?」
「にゃうん」
大丈夫なのはうれしいが、何か方法があったらいいのにな。
って、これまでも色々考えているが、何も対策が思い浮かばない。
「人に見られないようにだけ、気を付けてね」
アダンダラが討伐対象になる事は少ないと聞いた。
でも、心配だ!
あっ、そうだ。
オール町へ行ったら、奴隷商に行かないと。
……なんだか、緊張してきた……。
「ぷ~~!」
少し考えに没頭していたら、ソラの大きな声が森に響き渡った。
「えっ? ソラ?」
急いでソラを探す。
すると、すごい速さで何処かに向かっているソラの後ろ姿が目に飛び込んでくる。
「えぇ~、ちょっとソラ!」
すぐに後を追うが、本当に速い。
とはいえ、シエルの足ならすぐに止めることが出来るだろう。
……ただシエルにその気はないようだ。
何故か私の隣を走っている。
「シエル?」
私の呼びかけにちらりと視線を向けるが、やはりソラを止める様子はない。
何か事情があるのだろうか?
それをシエルは知っているから止めない?
どちらにしても。
「ソラってこんなに速く走れたの?」
飛び跳ねて移動する事を、走ると言っていいのかは分からないが速い。
私が全速力で走っているのに追いつけない。
しかも、ちょっとずつソラの姿が小さくなっているような。
しばらく追いかけていると、何かを燃やしたような臭いに気が付く。
臭いの濃さから焚火ではない。
なにか、大きな物が燃えた臭いだ。
まさか……また問題事?
「ソラ! 問題事は駄目~」
私の声が森の中に響き渡るが、ソラが止まる事はない。
「シエル、ソラを止めて」
「にっ」
走りながら必死にシエルにお願いするが、拒絶。
何だか、悲しい。
というか、どんどん臭いが濃くなってくる。
しかも、土に血の跡があるような……。
厄介事は嫌だ。
心の中で叫びながら、小さくなっていくソラを必死に追う。
隣で余裕をもって走っているシエルが、この時ばかりはちょっと憎らしく思う。
くっそ~。
頑張ってもっと体力付けよう。
ん?
焦げくさい臭いにソラの急ぎ方。
もしかして、怪我?
「ソラ、人が怪我で駄目~」
あれ?
焦りすぎて、何かおかしな事言ったような。
いや、そんな事よりソラを止めないと!
あっ、足がもつれそう。
「いた! あ~、人~」
ようやく追いついたが、既にソラは血まみれの人を包み込んだ後だった。
「えっと、その人を助けるの?」
ソラの中にいる人を見る。
片腕が何かに食いちぎられたような跡を残して失くなっている。
お腹の傷もかなりひどく……内臓が見えている。
瀕死ではなく、死んでいるように見えるのだが。
じっと見ていると、心臓の部分が微かに動いている事に気が付く。
「生きてる。でも」
失くした腕はどうなるのだろう。
もしかして、生えてくるの?
「えっ、無理」
ものすごい想像をしてしまったので、頭を横に振って追い払う。
とりあえず、こうなってしまったらソラの事は仕方ない。
周りの安全を……。
周りを見回して絶句する。
ソラの事に必死過ぎて、見えていなかった。
馬車が4台、横転してその内の3台が燃えている。
2台は鎮火しているが、1台はまだ小さな火がくすぶっている。
そして、その周辺に冒険者の姿。
体格の良い冒険者が全員で18名。
商人らしき人の姿も3名ある。
かなりひどい状態だ。
お腹の辺りを切り裂かれて死んでいる人もいる。
「ひどいな」
馬車や亡くなった人の様子から、何か大きな動物か魔物に襲われたようだ。
大きな爪痕があちらこちらに残っている。
もしかしたら1匹ではないかもしれない。
周りを確認して、生きている人を探すがいない。
ソラが助けている人が、唯一の生き残りなのだろう。
「なんだろう。おかしな臭いがする」
被害を調べていると、焦げくさい臭いに混じって何か別の臭いがする。
何だか、何処かで嗅いだ事があるような臭いだ。
「にゃー」
シエルの声に、視線を向けるが姿が見えない。
声が聞こえた方へ移動すると、火がくすぶっている馬車の中から何かを咥えて出て来たところだった。
「シエル、危ないよ。それに何それ? あっ、この臭い」
シエルが咥えている物から、気になっていた臭いが強く香ってくる。
だから気が付いた。
「え? どうしてこれが此処に? って言うか、水!」
マジックバッグから急いで水が出るお鍋を出す。
水を満たして、シエルが口から離した幸香にかける。
臭いは薄くなったがまだ臭っている。
周りを見回すと、大きな桶が転がっていたのでそれに水を満たして、幸香を水の中に沈める。
どうしてこんな物が馬車の中にあったのか。
幸香の臭いは、魔物にとって惹きつけられる匂いだそうだ。
人にとっては、異様な臭いにしか感じられないのだが。
「ふ~、焦った。これで大丈夫だと思うけど」
この臭いにつられて寄ってきた魔物に襲われたのかな?
何だか、ものすごく嫌な予感がする。
どうしてこう何度も厄介事にぶち当たるのか。
「あっ、ソラ!」
今のでソラの事を一瞬忘れてしまった。
大丈夫かな?
急いでソラのもとに行く。
「よかった。まだ治療中だ」
安心するとちょっと力が抜ける。
幸香の事があるため、気は抜けないが。
「シエル、この周辺に魔物はいる?」
私が気配を探った感じではいないのだが。
「に」
えっと、いる場合はにゃうんだな。
という事はいないか。
「ありがとう」
周辺を注意しながらソラの治療行為が終わるのを待つ。
待っているのだが、長い。
シエルの時より長いような気がする。
しかも、人の姿が完全に見えないぐらいに泡が出ている。
「大丈夫なのかな?」
時間が経つにつれ心配になってくると、ソラの周りをウロウロと歩き回ってしまう。
私がこんな事をしても意味は無いのだが。
あ~、何かあったらどうしよう。
「ふ~、落ち着け、ふ~」
何度も同じことを繰り返して落ち着かせる。
「ぷ~」
「ソラ!」
ソラの声に、歩き回っていた足が止まる。
視線を向けると、ちょうど治療をした人から離れたところだった。
「よかった。ソラ、大丈夫?」
ソラに近づくと……なぜか思いっきり縦運動を始めた。
「うっ、つっ」
あ~、治療した人も目が覚めたようだ。
さてどうしようかな。
逃げる?
でも、何か覚えているかもしれないからな。
「えっと、あれ?」
あ~、ばっちり視線が合ってしまった。
あっ、やっぱり腕は元に戻らなかったみたいだ。
大丈夫かな?
って、違うな。
どうしよう。
ソラ~。
「ぷっぷ~」
「てゅりゅ~」
は?
おかしな鳴き声が聞こえたのでそちらに視線を向ける。
……は?
「えっと、ソラ?」
「ぷっぷ~」
「てゅりゅ~」
視線の先には出会った時のソラがいる。
青一色の半透明のスライム。
横に少し伸びているが、出会った時ほどではない。
で、隣にいるのは?
出会った時の様に横に崩れているスライム。
赤一色で半透明だ。
この色って、ソラの半分の色だ。
あっ、ソラが2匹に分裂したのか!
「……え~、どうなってるの。落ち着け! ソラが2つになった! 増えた! どうしよう」
どうしていいのか分からず、混乱してしまう。
えっととりあえず、何?
何をすれば?
「あ~、落ち着いてほしいのだが。それとそこの魔物は安全なのかな?」
落ち着いた男性の声にハッとする。
そうだった、ここには治療を終えた人がいるのだった。
「ぷっぷ~」
「てゅりゅ~」
何で、問題事が増えていくんだ。
泣きそう。