118話 干し肉は人気
「おっ、今日も大量だな。坊主は狩りが上手いな~」
「いえ……」
机に置いた14匹分の肉を見る。
確かに大量だ。
だが、これは全てシエルの手柄だ。
あの、久々に狩りをした日からシエルが頑張っている。
毎回罠を仕掛けると、シエルが威嚇で野兎や野ネズミを混乱させてしまうのだ。
一度、止めるようにお願いすると次の日には普通に狩りをした獲物を持って来てしまった。
どうやら、どうあっても獲物を私に提供すると決めてしまったらしい。
シエルから見ると、私の狩りは駄目という事だろうか?
……私だって頑張る予定だったのだが。
「ん? どうした?」
「いえ。あの連日買い取ってもらっていますが大丈夫ですか?」
「ハハハ、気にするな。どうやらこの店のうわさが下級冒険者の間で広まっているらしい」
「噂?」
「あぁ、俺の店に来たら干し肉が大量に買えるってな」
「あっ、広場でその噂は聞きました」
「おっ! やっぱり噂になっているのか?」
「はい。このお店の事が聞こえたので、何かなっと思って聞いたので間違いないです」
私が聞いた噂話は「干し肉が大量に買える店は、大通りの店で間違いないようだ」だ。
下級冒険者達は洞窟に籠る前に、様々な準備をする必要がある。
洞窟内にいる魔物を狩る道具や、洞窟内で使えるテント、そして食料だ。
食料で主に必要となるのが干し肉だ。
だが、この町の肉屋はどこも干し肉が品薄状態。
その為、数をそろえるには店を回って探す必要がある。
それがものすごく手間なのだ。
だが、ここ数日はこの店に来れば大量に買えるため店を回る必要がなくなっている。
その事が広場で噂話として広まっているのだ。
最初聞いた時は驚いた。
その情報の原因は、私の売っている肉だからだ。
「まぁ、その噂のおかげで俺の店は人気店ってやつだ。で、肉はまだまだ欲しい」
確かにあの噂が広まっているなら肉は必要だろう。
「なぁ、坊主」
「はい」
「もう少しだけ、量を増やす事って出来るかな?」
「えっ!」
今日は14匹分。
これを増やすとなると20匹ぐらいになる。
というか昨日は15匹分。
その前は、確か18匹分。
それでも足りないという事だろうか?
「あ~、無理にとは言わないが。ちょっと売れ過ぎちまって」
店主の視線が干し肉を売っている棚に向く。
それにつられて私も棚を見ると、その棚には大袋の干し肉が6個ほど置かれている。
確か昨日は25個程は置かれていたはず。
「朝から5個ずつ買っていく奴らがいてな。在庫があれだけなんだ」
5個!
この店の大袋は、1人の食料と考えると5日分ぐらいだ。
洞窟に入る冒険者は3人か4人のグループだったはず。
……確かにちょっと買いすぎのような気がするが、それだけ洞窟に籠るという事だろう。
しかし、売れ過ぎだ。
そんな状態で売れてしまっては、全然足りない。
「頑張ります」
「悪いな」
頑張ると言ってもシエルなんだけど。
いや、私も何とか狩りが出来るようになりたい。
シエルには普通に狩りをしてもらって、私も罠を仕掛ける。
これなら私も頑張れるかな。
「いつも通り銅板でいいか?」
「はい」
銅板を受け取り店を出る。
ファルトリア伯爵が捕まった日から8日。
ようやく町全体が元の状態に戻った。
彼は、町の人達に本当に人気があったようで、2、3日は町全体の雰囲気が暗く落ち込んでいるようだった。
それが少しずつ落ち着き、大通りでは人の笑い声が響くようになった。
セイゼルクさん達も安心したようだ。
ロークリークさんとシファルさんは、2日前に広場から家に戻って行った。
ヌーガさんも知り合いの家に転がり込むと言って、今日からいない。
そろそろボロルダさん達も本来の仕事に戻れるだろう。
そうなると、私の食事係も終わりだな。
……終わるよね?
ちょっと不安だな。
まぁ、必要とされるのはうれしいから特に気にはならないが。
広場に戻ると、ラットルアさんの姿がある。
まだ、夕飯には数時間ある。
何かあったのだろうか?
「ラットルアさん、今日は早いですね」
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
少し疲れた表情だが、その雰囲気は柔らかい。
どうやらいい事があったようだ。
「ギルマスと団長から伝言があるんだ」
ギルマスさんと団長さんが?
「なんでしょうか?」
組織の事に関しては、既に私は関わっていない。
なのでこれと言って何かあるとは思えないのだが。
問題も起こしてない……はずだ。
「『ゆっくり話をしたいので、夕飯でも一緒にどうですか?』だって」
「……あっ! えっと」
知らない間に問題を起こしていたという事ではないようで、よかった。
それにしても夕飯か。
……食べに来るのかな?
「ここに食べに来るのですか?」
「えっ? あっ、違う違う。夕飯を奢ってくれるって事」
「奢って……いいのでしょうか?」
「大丈夫。俺達も奢ってもらう予定だから」
ラットルアさん達も一緒なのか。
だったらいいかな。
「はい。喜んで!」
「よし! 何がいい?」
「特に希望はありませんが」
「そっか。だったら俺が勝手に希望を言っておくな」
それはいいのだろうか?
それに、何とも言えない表情をしている。
絶対何か良くない事を考えているような気がするな。
「ん?」
「いえ、表情に出ちゃってますよ」
「……ハハハ、大丈夫。無理難題とかではないから」
やっぱり何か考えていたようだ。
本当に任せても大丈夫なんだろうか?
「本当に大丈夫」
ラットルアさんは、私の顔を見て苦笑いする。
どうやら心配そうな表情をしていたようだ。
しかし、これはラットルアさんのせいだから。
「信じますからね! お願いします」
どんなお店があるのか分からないのでお願いするしかない。
ギルマスさん、団長さん頑張れ。
「よし、この町で行ってみたいちょっと高級店『緊張しないお店でお願いします』……え~」
高級店なんて緊張で味なんてわかる訳がない。
普通が一番。
「ラットルアさん、気軽に食べられるお店でお願いしますね」
とりあえず念を押しておこう。
私の言葉に、ちょっと残念そうな顔をする彼。
言っておいてよかった。
「仕方ないな、ものすごく残念だけど。アイビーの希望通りに言っておくよ」
ものすごくという部分に力を込められたけど、これについては譲らない。
任せると何だかすごい事になりそうだからな。
それにしても、ちょっと楽しみだ。
「ラットルアさんは、それを言うためのお使いですか?」
「えっと、ちょっと疲れたから抜け出して来たって感じかな」
つまりサボっているという事なのかな?
ラットルアさんって自由な人だよな。
でも、怒られたりしないのかな?
……そんなミスをする人ではないな。
絶対に。
「あ~、あとでセイゼルクが説明するだろうけど」
「はい?」
「ファルトリア伯爵が罪を認めたそうだ」
「そうですか」
「あぁ、俺達が集めた証拠でも十分だったんだが。奴の隠れ家から出てきた証拠が、決定打になったようだ」
隠れ家か。
さすが貴族って感じた。
それにしても、ようやく認めたのか。
証拠を突きつけても、陰謀だと騒いで罪を認めないと聞いていたから心配だったのだ。
いい人だったはずが、最後の最後に本性が出たって感じだな。
怖いな~。
「これで、ようやく終わりですね」
「俺達はな」
俺達はな?
何だか含みのある言い方だな。
「吹っ切れたのか、自暴自棄になったのか。奴がまぁ、しゃべる、しゃべる。貴族のやばい話をこれでもかってな」
「……それは、何と言うか」
「そのせいで、王都ではかなり慌ただしい事になっているみたいだ。奴が話した中に、王都で問題になっている裏組織の事があったらしくてな。今は騎士団が調査しているそうだ」
どの町にも、裏の組織はあるのだろうか?
そう考えると、もっと慎重に旅を続ける必要があるな。
本気で1人旅について考えないと駄目だろうな。
「王都のギルマスからお礼と愚痴が両方届いていたよ」
「お礼と、愚痴ですか?」
「そう。ずっと追っていた組織についてようやく目途が付きそうなお礼。いきなりの情報に余裕がなくて忙しいという愚痴だな」
「……ここと似てますね」
「ん? そうか、少し前のここ状態か。それは大変だな、場所は王都だし。可哀想に」
少しは可哀想という表情を作ってほしいな。
そうでないと、腹黒い人に見えてしまう。
「ラットルアさん、さすがにそんな笑顔で言われると……」
「あっ、やばい。本性が」
手で顔を隠す仕草をするが、かなり楽しそうだ。
ラットルアさんって、爽やかなのに腹黒い。
たぶん間違いないと思う。
もしかしたらシファルさんといい勝負だったりして。




