1112話 フォロンダ公爵と魔法陣2
ーフォロンダ公爵視点ー
「クース、魔法陣における禁忌とはなんなんだ?」
俺の問いにクースが庭に描かれた魔法陣を見る。
「禁忌というのは、俺が勝手に言っているだけなんだけどねー。簡単に説明すると、この世界に負担をかけないように魔法陣を動かせば魅入られる事も、命を削る事もないってわかったんだよー」
「世界に負担をかけない方法?」
「うん。魔法陣を俺の魔力だけで動かせば、禁忌に触れないって事だね。まぁ、庭に描いた魔法陣は大きいので俺だけで動かすのは無理なんだけどねー」
クースの説明を聞きながら、今まで関わってきた魔法陣の事を思い出す。
「それはおかしい」
「えっ?」
俺の呟きに、クースが俺に視線を向ける。
「魔法陣の事を知ろうと思って、俺は自分の魔力だけで魔法陣を動かそうとした事があった。でも、魔法陣は俺の魔力を吸収しながら、同時にこの世界の魔力も吸収していたんだ。そして、それをどうやっても防ぐ事が出来なかった。魔法陣とは、この世界の魔力が必要なのではないのか?」
「それは、使用した魔法陣のせいだね」
「魔法陣のせい?」
クースを見ると、彼は神妙な表情で頷いた。
「戦時中に描かれた魔法陣。教会の奴らが描いた魔法陣。そして教会が研究していた魔法陣には、この世界の魔力を使用するよう指示がされていたんだよねー」
「そんな指示が魔法陣に組み込まれていたのか?」
「うん。たった一文字で、それが出来るんだよ。そのたった一文字で世界が壊せるんだから、魔法陣って恐ろしいよねー」
クースが庭に描かれた魔法陣を見て呟く。
「その事に、もっと早く気付いていれば、あんなに仲間を失わずに済んだかもしれないねー」
悲しげな表情を見せるクースの肩を、軽くポンと叩く。
「クース、俺に何を見せたいんだ?」
クースは俺を見て笑顔を見せる。
「まぁ、見てて」
クースはそう言うと、魔法陣の一部をなぜか書き換える。
「それは?」
「これが、さっき話した禁忌を起こす文字だよ」
「はっ?」
クースの言葉に、驚いて声を上げる。
「大丈夫。ちょっとだけ借りるだけだし、魔法陣を発動させたりしないから」
魔法陣を発動させない?
「はぁ、わかった」
クースの真剣な表情に、溜め息を一つこぼすと頷いた。
「では、実験の準備を始めるね」
クースの言葉に魔法陣を見つめる。
「あっ、クース主任だ。実験中かな?」
少し離れたところから聞こえた話し声に視線を向けると、クースの部下達が、こちらを興味深げに見ていた。
「見られても大丈夫なのか?」
「大丈夫だよー」
クースに視線を戻すと、ポカンと口を上げてしまう。
「それは?」
「スコップだけど……」
そう、いつの間にかクースはスコップを持っていた。
「何をするんだ?」
魔法陣は発動しないと言っていたから、スコップで土を掘るつもりか?
「土を掘る!」
「……そうか」
クースは、魔法陣が描かれた一部の土にスコップを刺す。
そして……。
「あれ? 動かない」
研究ばかりだったから体力がなかったのだろう、土は掘れなかった。
「ふふっ、お願いしていいかしら?」
「はい」
俺の後ろに控えていたアマリが、護衛騎士に声をかけると、彼はクースからスコップを受け取った。
「どれくらいですか?」
護衛騎士の問いに、クースは指を1本立てる。
「1回でいいよー」
「わかりました」
護衛騎士はスコップで1回土を掘ると、スコップをクースに渡して俺の後ろに下がった。
「ありがとう。これで準備は終わり」
クースの言葉に、一部が崩れた魔法陣を見る。
「フォロンダ公爵は不思議に思わなかった?」
「何がだ?」
「森で見つかった魔法陣を見て」
クースの質問に、森で見た魔法陣を思い出すが、彼が何を言いたいのかわからない。
「思わなかったけど……」
俺の答えに、クースはちょっと驚いた表情をする。
「重要な事なのか?」
「うん。あっ、始まるよー」
クースの視線の先は、土が掘り返された部分。
「雨も降れば風も吹く。それなのに、魔法陣って崩れないんだよねー」
「そういえば、そうだな」
戦時中に描かれた魔法陣でさえ、枝や葉っぱの下になっていたけれど崩れていなかった。
「その答えが、これ!」
魔法陣から、かすかな魔力の動きを感じていると、掘り返された土が元に戻っていた。
「えっ」
「魔法陣は自己修復するようになっているんだよー。そして、魔法陣の周りを見て!」
クースの言葉に魔法陣の周りを見ると、周辺の草が枯れていた。
「土と草に含まれている魔力を奪ったから、草が枯れてしまったんだ」
「そうか。でも……」
森で見つかった魔法陣の周りの草木は枯れていなかったぞ。
あれは、どうしてだ?
「森で見つけた魔法陣の周りの草木は枯れていなかったでしょう?」
俺が疑問に思う事を予測していたのか、クースが俺を見る。
「あぁ」
「世界が、草木が枯れないようにする為に、対応してくれたんだと思う」
「えっ、世界が?」
「うん。実はこの事に気付いてから、小さな魔法陣を使って実験を行ったんだ。俺の拳くらい小さな魔法陣なら、3ヶ月で周辺の草木は枯れなくなったよー」
拳くらいの魔法陣で3ヶ月。
森にあった大きな魔法陣なら、数年はかかるかもしれないな。
「捨てられた大地の魔法陣が動き始めた原因なんだけど、王都側にあった沢山の魔法陣が木の魔物によって無効化されたからだと思う」
「えっ?」
「もちろん、木の魔物が対応してくれなかったら大変な事になっていたから、木の魔物の行動は正しい」
それは、そうだろうな。
彼らの助けがなければ、王都から人は消えていただろう。
「でも、魔法陣がなくなった事で、土の中に大量の魔力が溜まったんだと思う。それが何かのはずみで、捨てられた大地に流れてしまった。そのせいで、捨てられた大地にあった魔法陣が、影響を受けてしまった」
「影響とは?」
「ある実験で大量に魔力を使用したんだけど、少し離れたところにあった魔法陣が勝手に発動した事があったんだよねー。それがきっかけで、魔法陣と魔力の関係を調べる実験を行ったんだけど、魔法陣の6割から7割が、大量の魔力に影響を受ける事がわかったんだー」
6割から7割も?
「多いな。そうだ、勝手に発動した魔法陣は問題なかったのか?」
魔法陣の暴走という報告は来ていなかったが、大丈夫だったのか?
「うん、動き始めた時は全員が混乱したんだけど、すぐに黒のスライムが食べてくれたんだよー」
「黒のスライムが?」
「うん」
「魔法陣研究所に黒のスライムがいるのか?」
俺の問いに、嬉しそうにクースが頷く。
「そうなんだよ! いつの間にか研究所に、黒のスライムが2匹も住み始めたんだ」
「んっ? 誰かがテイムしたわけではないのか?」
「研究員の中にテイマーはいないからねー。あ~でも、研究員の一人が面倒を見てもらっているな」
クースの呟きに、俺は首を傾げる。
「研究員の1人が、黒のスライムの面倒を見ているのか?」
「違う、違う。黒のスライムに面倒を見てもらっているんだよ。彼、研究を始めると周りの事がおろそかになるからねー」
クースみたいな研究員という事だな。
「一度、研究所で倒れてから、黒のスライムが研究を中断させて休憩を取らせたり、食事をするように騒いだりするんだ」
それは間違いなく、黒のスライムに面倒を見てもらっているな。




