117話 疑えばいい
「お疲れ様です」
朝とは違う門番に声を掛けて町へと入ると、すぐに異変に気が付いた。
昼間には賑わいを見せていた町の大通りに人が少ないのだ。
周りを見ると、お店の店主たちが集まってひそひそと話をしている姿が確認できる。
ちょっと不安に思いながら、話を訊いた事がある肉屋へ向かう。
「すみません」
「ん? 坊主か、どうかしたのか?」
肉屋の店主は少し疲れた表情だが、笑いかけてくれた。
「野兎と野ネズミのお肉を売りたいのですが、大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ。助かるよ」
お店に入り店主がいる前のテーブルに、バナの葉に包んだお肉を置いていく。
売りに出すのは野兎6匹、野ネズミ4匹だ。
野兎2匹は夕飯に使用する予定で残した。
「おっ! かなり綺麗に解体をしてくれたんだな。これなら無駄が出ないから助かるよ」
解体には自信ありだ。
なので、うれしい言葉に顔がにやけてしまう。
「ありがとうございます」
「そうだな。野ネズミが1匹100ダル、野兎も100ダルでどうだ?」
野兎も野ネズミも100ダル?
いつもなら野兎の方は安くなるのに。
ちょっと得した気分だ。
あっ、色を付けてくれたのかな?
「はい、それでお願いします」
「全部で1000ダルだな。銅板でいいか?」
「はい」
銅板を10枚受け取って小型のマジックバッグに入れる。
久々の狩りの収入だ。
……ちょっと普通の狩りとは違ったけど。
まぁ、あれも狩りである事は間違いないはずだ。
「はい」
スッと差し出されたのは、小袋に入った干し肉の切れ端。
受け取ってしまったが、何だろう?
「お肉を売りに来てくれたお礼な」
あれ?
野兎を100ダルで買い取ってくれたのは違ったのだろうか?
「ん?」
「あっ、ありがとうございます。私はてっきり野兎を野ネズミと同じ値段で買い取ってくれたので、それが色だと思いました」
「アハハハ、そうだったのか。でも、この辺りでは野兎は野ネズミと同じ値段だな」
「そうなのですか?」
「あぁ、前も言ったが洞窟にこもる冒険者に野兎は人気でな。とくに下位冒険者にとっては安くてガッツリ食えるのが良いらしい。だったら野兎を狩って来いって言いたいが、洞窟の収入は上手くいけば狩りの数倍だからな」
数倍の収入を手にするために、洞窟にこもってしまうため狩りをする時間が無いって事かな。
「いつも品薄だから野兎の買い取りも野ネズミと一緒になっているんだよ」
「なるほど」
店主とのんびり話をしていると、お店の扉が軋みをあげながら開かれた。
そこから慌てた様子の2人の男性が入ってくる。
店主より、かなり若い2人組だ。
「やっぱり話は本当みたいだ」
「今、ファルトリア伯爵様がフォロンダ領主が連れてきた騎士団に連行された」
「ファルトリア伯爵様が裏切っていたなんて!」
お店に入るなり、興奮気味に話し始める2人。
その様子から、かなり苛立っているのが分かる。
2人はお店の出入り口にいるために、お店から出る事はできない。
少し距離を取るには、お店の奥に移動するしかないようだ。
気付かれないように、そっと静かに移動する。
「落ち着け! 証拠がないのに騎士団が動く事はない。証拠があるから動いたんだ! 分かっているだろう」
騒ぐ2人に向かって店主が諭す。
話していた2人は、店主を見てどこか悔しそうな表情を見せる。
「だが……」
「だが、何だ? この町の自警団やギルマス率いる上位冒険者は無能揃いか?」
「それは……」
「違うだろう。これまでの仕事ぶりを見ればそれはわかるはずだ。それに考えて見ろ。今まで人を何人も攫ってきたくせに、なぜこんなにも正体を掴めなかった? ファルトリア伯爵が関わっていたなら、その説明もつくだろうが」
「けど、俺はファルトリア伯爵様に助けられたんだ!」
「だが、その裏で人を何人も不幸にしてきた。団長の話では確実な証拠が見つかっているそうじゃないか」
「………………裏切られたんだな、俺達。伯爵のために仕事をしたことだってあるのに」
「今日は帰れ。酒に逃げるんじゃないぞ。下手に飲むと暴れそうだからな」
店主の言葉に2人はお互いに顔を見合わせ、そして大きく息を吐いた。
「確かに、酒はやめといた方がいいかもな」
「……あぁ」
「おい、本当に酒は飲むなよ。あとで家に見に行くからな。飲んでいたら殴り倒すからな」
「ハハハ、分かったよ。悪いな面倒かけて」
2人は落ち込んでいるようだが、少しスッキリした表情をしている。
おそらく気持ちをぶつける事ができて、ほんの少し余裕ができたのだろう。
2人は私の存在にようやく気が付いたようで、小さく謝ってから店を出て行った。
「悪いな、坊主。大丈夫だったか?」
「はい」
「ファルトリア伯爵って知っているか?」
「はい。一度話した事があります」
「そうか。この町ではとても人気のある人でな、だから町の奴らは少し混乱しているんだ」
「……そうですか」
店主の顔に悲しみが浮かぶ。
きっとこの人も、ファルトリア伯爵を信じていたんだろうな。
「2人にはあのように言ったが、俺自身がまだ納得できていないんだよ。いや、自警団の事は信じている。だが、本当なのかと疑ってしまってな」
「……それでいいと思います」
「ん?」
「納得できるまで疑えばいいんです。疑う事は悪い事ではありません」
そうだ。
納得できないなら、疑ってかかればいい。
自警団の集めた証拠が本当なのか、調べたらいいのだ。
ちゃんと納得できるまで。
「そうか」
「そうです。納得いくまで疑って調べたらいいんです」
「そうか。そうだな」
店主は少し驚いた表情を見せた後、おかしそうに笑った。
何かおかしな事を言ったかな?
「ハハハ、坊主は面白いな。そうか、納得するまでか。しかし悪かったな、2人が暴走して」
「いえ」
「また、狩ったらよろしく頼むな。ギルドに依頼を出すと余分な費用が掛かるからさ、売り込みは大歓迎だ」
「了解です。頑張って良いお肉を持って来ます」
「おっ、頼もしい」
店主が何処かスッキリとした笑顔を見せる。
私との会話で少し気持ちが晴れたみたいだ。
……よかった。
「では、またお願いします」
軽く頭を下げてからお店を出る。
広場に向かいながら、町全体の様子を見る。
人々の顔には悲しみと戸惑いが浮かんでいる。
中には、お店で酒を飲んで泣いている人もいるようだ。
「あっ」
広場に向かう途中のお店に、人だかりができているようだ。
見ると、男性が集まって大声で言い合いをしている。
巻き込まれないように、立ち止まって様子を見る。
問題が起きるようなら、セイゼルクさん達が言ってくれたように避難するつもりだ。
しばらく様子を見ていると、自警団の人達が足早に彼らに近づく姿が目に入る。
あれで落ち着けばいいけれど。
「アイビー、大丈夫か?」
後ろから急に声を掛けられてびくりと体が震える。
慌てて後ろを振り向くと、ちょっと困惑した表情のリックベルトさん。
「悪い。驚かせるつもりは……」
「あっ、いえ。大丈夫です。どうしてここに?」
「ギルマスのお使いの帰りだ」
ギルマスさんのお使いか。
「おっ、落ち着いたみたいだな」
リックベルトさんの視線を追うように、騒ぎがあった場所を見る。
どうやら自警団が来たことで落ち着いたようだ。
「小さな問題は起こっているみたいだが、大丈夫みたいだな」
リックベルトさんの言葉にホッとする。
「奴は既に騎士団が連れて行ったよ」
ファルトリア伯爵の事だろうな。
「お疲れ様です」
「大変だったが、これで落ち着ける。ようやく終わりが見えたな」
リックベルトさんの疲れた、でもどこかホッとした声。
この問題にかかわってきた人達は皆そう感じているのだろうな。
「よし、仕事に戻るよ」
「はい。頑張ってくださいね」
「おう。そう言えば狩りはどうだった?」
「今日は夕飯に野兎の香味焼きを出します」
「おっ……どうせヌーガが抱え込むんだろうな」
ちょっとげんなりした表情をして見せたリックベルトさんに笑ってしまう。
どうもリックベルトさんはヌーガさんの被害に遭いやすい。
「2匹用意できたので」
1匹はヌーガさんとシファルさん。
もう1匹が他の人達用だ。
少ないけど野兎だけではないので大丈夫だろう。
「さすがアイビー、ヌーガ達の事をしっかりと理解しているよ。じゃ、楽しみにしているな!」
リックベルトさんに任せて下さいと、笑って応えると別々の場所へ向かう。
今日もきっと夕飯の時には全員が揃っているのだろうな。
頑張って、ちょっと豪華に作ろうかな。