114話 良い食べっぷり
「まさか本当に全員が揃うとは」
テーブルにはセイゼルクさん達全員が座っている。
組織の調査で違う場所で働いているはずなのだけど、示し合わせたようにほぼ同じ時間に戻って来た。
ラットルアさんが苦笑いしていたので、何かしたのかもしれないな。
ちょっと呆れながら、夕飯の最後の仕上げをしていく。
今日はトーマとお肉の煮込みにたっぷりのチーズをのせた煮込み料理。
セイゼルクさんとラットルアさんがかなりうれしそうだ。
葉野菜を敷き詰めたカゴの中に一口サイズより少し大きめお肉を入れた蒸し料理。
これにはピリッとした辛めのソースを用意した。
ヌーガさんが蒸し料理に興味津々だ。
芋を湯がいてつぶした物に、濃い目に味付けをして焼いて小さく切ったお肉と湯がいた卵を混ぜたサラダもどき。
生野菜サラダにはこんがり焼いた黒パンを砕いた物を乗せて、サラダソースを掛けてみた。
「失敗したの?」
シファルさんの言葉に視線を向けると、黒パンを指している。
どうやらこんがり焼いた物を焦がしたパンと思ったらしい。
「違いますよ。ちょっとした食感の違いを出したくて入れてみたんです」
「へぇ~。なんだか吹っ切れたみたいだね」
さすがシファルさん。
いろいろと見抜かれているようだと、苦笑いを浮かべてしまう。
彼は、ポンポンと頭を軽く撫でると生野菜サラダを食べて頷いている。
「これは面白い」
どうやら気に入ってくれたようだ。
「おいヌーガ! 抱え込んで食べるな!」
ボロルダさんの言葉にヌーガさんを見ると、蒸し料理のカゴを抱え込んで食べている。
それをボロルダさんが取り上げようとしているようだ。
「あの、あと少しでもう1つが蒸し終わるので」
「ん? まだあるのか?」
「はい」
ヌーガさんはお肉にピリッとした辛めの味付けが大好きだ。
この2つが揃うと、いつも以上に食欲が増す事を知っている。
なので、蒸し料理だけはいつもの倍の量を作っておいた。
そろそろ第2弾が蒸し上がるはずだ。
調理台のお肉の様子を見に行く。
「良い匂い」
出来上がりを見ていると、後ろからロークリークさんが顔を出す。
ヌーガさんの隣に座っていたので、おそらくまったく食べられていないのだろう。
「もう、大丈夫みたいです」
「持っていっていい?」
「はい。熱いので気を付けてくださいね。ソースを持っていきます」
ロークリークさんはうれしそうに大き目のお皿にカゴを乗せてテーブルまで運ぶと、ヌーガさんから離れて座った。
ソースを持っていくと、他の人達にもありがとうととても感謝された。
ヌーガさんからお肉を取り上げるのは大変なんだろうな。
ヌーガさんを見ると、シファルさんがヌーガさんの抱えているカゴから器用にお肉を取っている。
……あれはシファルさんだから出来る事だ。
誰もが出来る事ではない。
「アイビーもちゃんと食べてるか?」
椅子に座ると、お肉を混ぜ込んだ芋のサラダを、ラットルアさんが渡してくれる。
「ありがとうございます。しっかり食べてますよ」
お昼を頑張って食べたのと、味付けした時の味見で結構お腹がいっぱいだ。
それほど味見を多くしたつもりはないのだが。
もしかしたらプルーの実を3個食べたのが駄目だったのかも。
自分のお皿のサラダを食べながら、大皿のお皿が空になっていくのを見つめる。
おかしいな、かなり多めに作ったのだけど。
残れば明日の朝用になると思って……。
「お腹、空いていたんですか?」
1人食後のお茶を楽しんでいたシファルさんに声を掛ける。
シファルさんってラットルアさんセイゼルクさんと同じぐらい食べるのに食べ終わるの早いよね。
早食いは体に悪いって聞いたことがあるけど……シファルさんには関係なさそうだな。
「明日の事は聞いている?」
明日ってファルトリア伯爵の事だよね。
「はい」
「そう。今日は集めた証拠の確認と明日の動きの確認でずっとバタバタしていたから、お昼を食べていないんだよね。だからすごくお腹が空いていたんだよ」
「そうだったんですか」
「おい、全員が昼抜きみたいな言い方するな。お前とヌーガはしっかり食っていただろうが」
ボロルダさんの言葉になんとなく納得してしまう。
シファルさんもヌーガさんも抜け目がないからな。
「え~、いつもより時間がなかったからしっかり食べることは出来なかったよ」
シファルさんの言葉に、何とも言えない表情のボロルダさん。
おそらくいつもより少なかったけど普通に食べたんだろうな。
何気にシファルさんもヌーガさんと一緒で大食いだもんな。
ボロルダさんは大きくため息をついて諦めたらしい。
確かにシファルさんに口で勝つには、相当勇気が必要だと思う。
もしくは覚悟か。
どちらにしても、疲れた状態ではやめた方がいいだろう。
「ごちそうさま。アイビー美味しかったよ」
「ん~食べた~。アイビーありがとう」
食べ終わった人達から感謝の言葉が飛んで来る。
どの顔も疲れてはいるようだが、満足そうだ。
よかった。
お茶の準備をしていると、マールリークさんとリックベルトさんが後片付けを手伝ってくれる。
「ありがとうございます」
お礼を言うと2人とも驚いた表情をする。
何かおかしな事でも言ったかな?
「アイビーは本当にいい子だよね。これぐらい当たり前だから」
「そうだよ、大変だろ? 俺達全員分を作るのって」
確かに量が多いと大変だけど、綺麗に食べきってくれるのでうれしい。
明日の朝ごはん用がなくなったのは、ちょっと痛いけど。
まぁ、材料はまだまだあるから大丈夫でしょう。
朝用にスープだけでも準備しておこうかな。
「楽しいから大丈夫です」
「そう言ってもらえると助かるな」
ボロルダさんが汚れたお皿を持って来てくれた。
それに感謝を述べて受け取る。
「変わった料理だけど、いつかお店でも開くのか?」
「……えっ?」
何だかボロルダさんから、ものすごくありえない言葉を聞いた。
お店?
誰の?
どうして?
「あれ? 違うのか? 料理が好きでいろいろ調理方法を試しているみたいだったから。目標はお店なのかと思ったんだ」
「あぁ~、違いますよ。料理はただ好きなだけです」
「そうなのか。もったいないな」
そう言ってくれるのはうれしいな。
でも、作り方は前の私が教えてくれているからな。
これでお店なんて開いたら、ずるをしているみたいな気分になりそうだ。
それはちょっと、精神的に遠慮したいかな。
「そうだアイビー。ごめん」
何故かいきなりラットルアさんに謝られる。
朝食用のスープの準備をしようとしていた手が止まる。
首を捻るが、彼に謝られるようなことは何もなかったはずだ。
色々考えを巡らせるが、やはり分からない。
「えっと、何でしょうか?」
何も思いつかないので、聞いてみる。
「奴隷商に話を聞いてみたんだ」
……えっ!
ラットルアさんの中でどこまで話が進んでいるんだ?
ちょっと止めないと。
「それが……組織に関わっていたって言う事でこの町の奴隷商全部駄目だった!」
ぅわ~。
それもどうかと思うが、とりあえず知らない間に奴隷が準備されていなくてよかった。
……よかったんだよね。
と言うか、奴隷商全て駄目だったのか。
それもすごいな。