1073話 前脚が人気
「いい加減、あれをどうにかせんとな」
ギルマスさんに向かってゴーコスさんが言うと、ギルマスさんは溜め息を吐いた。
「前は、いい奴だったんだ。一緒に魔物討伐に行って、苦楽を共にした事もある。どうしてあぁなってしまったのか……」
ギルマスさんが寂しそうに呟くと、ゴーコスさんが呆れた表情をした。
「前は良くても、今は最悪じゃろう。いつまでも奴の暴走を放置しておけば、取り返しのつかん事になるかもしれん。魔法陣なんかに手を出しおったからのう」
「そうだよな。魔法陣に手を出した以上、俺も覚悟を決めないと駄目だよな」
バシン。
ギルマスさんが諦めた表情を浮かべると、女性が彼の肩を思いっきり叩く。
「シャーシャ、痛いんだけど……」
「当たり前じゃない。叩いたんだから」
ギルマスさんの言葉に、シャーシャさんという女性が呆れた表情でギルマスさんを見る。
「いや、叩く必要があったか?」
「あれを、あそこまで愚かな者にしたのは、放置したからよ。もっと早い段階で、しっかり対処していればよかったのに」
「……」
シャーシャさんの言葉に、ギルマスさんは気まずそうな表情で彼女から視線を逸らした。
「思い当たる事があるでしょう? 私は何度も言ったものね。早く奴を切れってね」
「そうだな。俺の判断ミスだ」
ギルマスさんが大きな溜め息を吐くと、ゴーコスさんに視線を向けた。
「フォガスについては、数日中に処断する」
ゴーコスさんは頷くと、ジナルさん達を見た。
「森の事を話しに来たのに、こんなところを見せて悪かったのう」
「いえ、大丈夫ですよ」
ジナルさんが苦笑すると、ギルマスさんが申し訳なさそうな表情をした。
「疲れているのにすまない。座って話を聞かせてくれないか」
ギルマスさんが全員に座るように勧めると、オルフさんが冷たい果実水を入れてくれた。
全員が座ると、ゴーコスさんが森での出来事を説明する。
途中でジナルさんやお父さん、パパスさんやパガスさんにも意見を聞きながら、数十分かけて全てを話した。
「魔法陣でリュウが……。もしかしたら捨てられた大地で暴走している魔物も?」
話を聞いたギルマスさんが呟くと、シャーシャさんが険しい表情で頷いた。
「ありえるわね。でも、どうしてここ最近になって増えているのかしらね」
シャーシャさんの問いに、ギルマスさんは首を横に振る。
捨てられた大地にいる魔物の暴走が増えているんだ。
今回のように魔法陣が影響しているなら、魔物も被害を受けている事になるよね。
「分からん。でも、リュウが捨てられた大地へ戻ってくれて良かった。リュウが出たという情報が来てから、最悪の事態に備えて準備を始めたが、被害は膨大だっただろうからな」
ギルマスさんはそう言うと、ジナルさんとお父さん、そして私を順番に見てから深く頭を下げた。
「王都を守ってくれてありがとう。君達がいなければ、最悪、王都は消えていた可能性もあった」
リュウに襲われるって事は、その可能性があるんだよね。
「力になれて良かったです。と言っても、活躍したのはアイビーのテイムしたスライム達ですけどね」
ジナルさんが微笑んで私を見る。
「アイビー、ありがとう」
ギルマスさんがもう一度、私に向かって深く頭を下げる。
お父さんが「冒険者として生きるなら、感謝はしっかり受け取った方がいい」と言っていたよね。
「私も力になれて良かったです。リュウも助ける事が出来たし」
うん、これが一番嬉しい事かもしれないな。
「謝礼は後で計算して、カードに振り込んで……あぁ、そうか。まだ冒険者ギルドカードは持っていないんだったな。今日、冒険者になる試験を受けて来たんだから。まぁ、結果は聞くまでもないが、どうだったんだ?」
ギルマスさんがゴーコスさんを見る。
「そうじゃったな、すっかり試験の事を忘れとった。アイビーさんは、もちろん上位冒険者登録で問題なしじゃよ。あと、ドルイドさんもじゃ」
ゴーコスさんの説明に、ギルマスさんが頷く。
「「おめでとうございます」」
結果を聞いたオルフさんとシャーシャさんがお父さんと私を見る。
「ありがとうございます」
「再登録なのに、そう言ってくれるんですね」
お父さんは少し笑って、オルフさん達を見た。
「すぐにギルドカードを発行しますね」
オルフさんはそう言うと、会議室から出て行く。
そしてすぐに、一部に丸い穴が開いた四角いマジックアイテムを持って戻って来た。
オルフさんはマジックアイテムをテーブルに置くと、青いカードを一枚、マジックアイテムの上に置き、お父さんを見た。
「ドルイドさん、穴の中に指を入れてくれますか? チクッとしますが、それほど痛くはない筈です」
「はい」
お父さんが穴に指を入れると、すぐに抜いた。
「ありがとうございます。こちらがドルイドさんの冒険者ギルドカードになります。アイビーさんもいいですか?」
オルフさんが新しい青いカードをマジックアイテムの上に置くと、私を見た。
「はい」
お父さんと同じように穴に指を入れると、チクッとした痛みを感じた。
すぐに指を抜いてみると、ちょっとだけ血が出てきた。
それを布で拭いていると、私の名前が刻まれた青いカードが目の前に置かれた。
「こちらがアイビーさんの冒険者ギルドカードになります」
「ありがとうございます」
テーブルに置かれた青いカードを手に取る。
カードには、名前の後に5個の星がデザインされていた。
「いいんですか? 初めて登録したアイビーと、再登録した俺にも5個の星が付いていますが」
この星には意味があるの?
ジナルさんやラットルアさん達の冒険者ギルドカードにも、5個の星がデザインされていたけど。
「リュウの大問題を、最小限の被害で食い止めてくれたのです。5個の星は当然ですよ」
オルフさんの説明にお父さんが頷く。
この星には重要な意味があるんだ。
村や町に対する貢献度とかかな?
「そうですか。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
後でお父さんに星の意味を聞こう。
「アイビー」
「はい」
「もしかすると、捨てられた大地を管理している者達が話を聞きたいと言ってくるかもしれない。その時は応じてもらえるだろうか? もちろんドルイドも一緒でかまわない」
ギルマスさんの問いにお父さんを見る。
「話くらいなら問題ない。でも、ソル達に何かさせようとするなら拒否する」
お父さんの言葉に、私も深く頷く。
話は良いけど、ソル達を実験体にするような事は絶対に嫌だからね。
「もちろんだ。そんな事をしたとフォロンダ公爵に知られたら、何をされるか分かったものではないからな」
ギルマスさんが少し顔を強張らせて言うと、オルフさんとシャーシャさんも頷く。
「そうか。アイビー、ソル達の安全が脅かされないなら、協力してもいいか?」
「うん。それでお願いします」
ギルマスさんを見て言うと、彼は微笑んで頷いた。
「絶対条件だと伝えておくよ」
「疲れたから、そろそろ終わっていいかのう? あっ、忘れとった」
ゴーコスさんがソファから立ち上がると、ハッとした表情で私を見た。
「イーズイを売らんと、記念品を貰えん」
記念品?
「冒険者になった記念か」
お父さんの呟きで、イーズイの骨の一部を加工してもらえると思い出した。
「そうだったね」
マジックバッグにイーズイがいる事をすっかり忘れていたな。
「随分と厄介な魔物を狩って来たんだな。珍しい魔物で人気だから、売ってくれるなら売って欲しいが、残さなくていいのか?」
「絶対にいりません」
「そうか」
どうしてギルマスさんは、私を不思議そうに見るんだろう。
「王都で冒険者試験を受ける者は、試験で狩った魔物を残す者が多いのですか?」
お父さんがギルマスさんを見る。
「半分くらいだな。十代の冒険者だけで言うと7割くらいが一部だけど残す」
そんなに?
一部とはいえ、私はいらないな。
「前脚が人気よね」
シャーシャさんの呟きに、ちょっと体が引いた。
私は絶対にいらない。




