1071話 被害
ジナルさんを先頭に、王都に向かっていると彼が足を止めた。
「酷いな」
ジナルさんの視線の先には、大量に倒れた木々と、その木々に飛び散った血。
「かなり激しい戦闘があったみたいだな」
お父さんが、少し警戒をしながら周りを見る。
「魔物は既に処理されたようじゃが、これは死者が出たかもしれんなぁ」
ゴーコスさんの言葉に、パパスさんとパガスさんは静かに頷いた。
「行こうか」
行きにはなかった、戦闘の痕跡をあちこちに見ながら歩き続けると、巨大な魔物が横たわっているところに出た。
「死んではいるようじゃが、見張り役もおらんのか?」
ジナルさん達が周りを警戒する。
「すみません、処理がまだ終わっていないんです」
大量の血に染まった服を着た男性の冒険者が、巨大な魔物の影から姿を見せると、ジナルさん達に小さく頭を下げた。
「分かりました。この魔物の討伐は大変だったんじゃないですか?」
男性冒険者は、ジナルさんの言葉に頷く。
「えぇ、死にかけましたよ。怪我人を探し回っている冒険者達を見ませんでしたか? 彼らがくれた光ポーションでなんとか生き延びました。あと数分遅かったら、仲間が死んでいたでしょうね」
男性冒険者が自分の服を見ながら言うと、ジナルさんに視線を向けた。
「森の奥から来たんですよね? 怪我人を探している冒険者達に会いませんでしたか?」
「えぇ、私達のところにも来てくれたわ」
男性冒険者の問いにパパスさんが答えると、彼は少し迷いながらジナルさん達を見た。
「あの……光ポーションを誰が作っているのか知りませんか? 実は王都に来たばかりで、光ポーションについては噂を聞いた事があるくらいで、存在しているとは思っていなかったんですよ。だから、作っている人の事も知らなくて」
「悪いな。そのポーションについては情報制限がされていて俺達も知らないんだよ」
ジナルさんの答えに、男性冒険者が少し残念そうに頷く。
「そうなんですか、情報制限が……。あっ、それなら冒険者ギルドにお礼を伝えてもらうように言ってみます」
「まぁ、それが確実だろうな」
ジナルさんの答えに、男性冒険者が頷く。
「はい。あっ、そうだ。魔物の左側を通ってくれますか? 右側は、俺の仲間が大きな穴を開けちゃって、ちょっと不安定なんですよ」
「分かった、ありがとう」
ジナルさんは男性冒険者にお礼を言うと、巨大な魔物の左側を通って王都に向かう。
「うわ、凄い大きな穴だな」
パガスさんが、討伐された魔物の傍にあるかなり大きな穴を見て呟く。
「本当だ。凄いね」
大きな穴の横を通り過ぎると、少し離れたところに冒険者達が集まっていた。
さっき見た、男性冒険者の姿もある。
「本当に危なかったんだね」
集まっている冒険者達の真っ赤に染まった服を見て小さく呟く。
そして、ソラ達が入っているバッグをそっと撫でた。
「あと少しで王都だけど、さすがに20匹の魔物が暴れただけはあるな」
王都に向かうまでの木々が、大きな力でも加わったのかのように、同じ方向に大量になぎ倒されているのを見て、ジナルさんが呟く。
「足跡から見て、巨大な魔物もいたみたいだな」
お父さんが地面にある魔物の足跡を指す。
そこには、普通の魔物とは違う、大きな足跡があった。
「本当に王都は無事なのかしら?」
パパスさんの呟きに、パガスさんも心配そうな表情を浮かべる。
「大丈夫じゃろう。王都には、冒険者が沢山おる。彼らが力を合わせれば20匹くらいは討伐出来る筈じゃ」
なぎ倒された木々を避けながら王都に向かえば、破壊された門とその傍に横たわっている多数の魔物が見えた。
「すみません。通常の門は見ての通りなので通れません。左側にある非常時に使用する出入り口がありますので、そっちへ向かって下さい」
私達の姿が見えたのか、女性の門番さんが声を掛けてくれた。
「被害は門だけかのう?」
「えっ、ゴーコスさんですか? ちょっと待って下さいね」
女性の門番さんはゴーコスさんを見ると、周りにいた冒険者に声を掛け、こちらに走って来た。
「ゴーコスさん、無事だったんですね。冒険者ギルドに報告していた場所の近くにリュウが出たという情報が冒険者ギルドに届いて、不安な声が上がっていたんですよ」
「わしは無事じゃ。で、何が起こったんか詳しい事を知っとるかのう?」
「はい。昼過ぎくらいから、森にいる魔物の様子がおかしいという連絡が冒険者達からきたんです」
森の中にいたけど、私は気付かなかったな。
「ギルマスはすぐに調べようとしたんですけど、調査に入る前に魔物が暴走していると情報が入ったんです。冒険者ギルドは、王都中に魔物の情報を通達すると同時に門を閉鎖しました。ギルマスは王都に魔物が向かって来る可能性もあると考えて、上位冒険者達に集まるよう指示しました。しばらくして、複数の魔物が王都に向かっているという目撃情報が入りました」
ギルマスさん、さっきはちょっと情けない感じだったけど、仕事は凄く出来るんだね。
「ギルマスは集まっていた上位冒険者達に、王都に向かって来る魔物の討伐を依頼。巨大な魔物もいたために、門が見ての通り壊されましたし、怪我人も出ました。でも死者は出ませんでしたし、王都への侵入も防げました。ギルマスがすぐに動いた事と、上位冒険者達が速やかに集まってくれたお陰です」
「そうか、死者は出んかったんじゃな。それは良かったのう」
ゴーコスさんが安堵した様子で頷いた。
「はい。ただ……森にいた冒険者達は……」
女性の門番さんは、少し苦しそうな表情を浮かべた。
「ギルマスから特別依頼を受けた複数のチームが、あるポーションを持って森にいる怪我人を探しに行ったんですが、まだ連絡がきていません」
「間に合わなかった者もおるじゃろうが、助かった者もおる」
「えっ?」
女性の門番さんが驚いた表情でゴーコスさんを見る。
「王都に戻って来るまでに、光ポーションのお陰で命拾いした冒険者達に会ったんじゃ」
「そうなんですね、良かった。あの……いえ、なんでもないです。私が知っている事はこれで全部です」
「分かった。ありがとう」
「えっと、門はあの状態なので、通れるところに案内しますね。こちらへどうぞ」
女性の門番さんは私達に向かって笑顔を向けると、非常時に使用する出入り口へと案内してくれた。
「そうだ、ギルマスが特別依頼を出した時、批判する声が少し上がったんですよ。まあ、助かった者がいるなら、あいつらがこれ以上批判する事はないと思いますけど」
女性の門番さんが嬉しそうに言うと、ゴーコスさんが彼女を見た。
「誰が批判したんかのう」
「グルフォ達ですよ。彼らはいつもギルマスに批判的なので、冒険者達は相手にしていませんけどね」
んっ?
ゴーコスさんの気配がちょっと変わった?
「ゴーコスさん、グルフォ達に会ったら、締め上げて下さいね」
「そうじゃのう。奴ら、手を出しては駄目な物に手を出したかもしれんしのう」
ゴーコスさんの返事に、女性の門番さんが少し驚いた表情を浮かべた。
「そうなんですか?」
「もしかしたらじゃがな」
ゴーコスさんが楽しそうに笑うと、なぜか少し寒気を感じた。
グルフォさん達はいったい何をしたんだろう?
ちょっと気になるな。




