1070話 他の場所でも
「分かるわぁ」
パパスさんは私の言葉に頷きながら隣に座り、ソラ達に視線を向けた。
「ありがとう、アイビーさん達のおかげで助かったわ」
パパスさんを見ると、彼女は私を見て微笑んだ。
「皆のおかげですよ」
パパスさん達とお父さん達がリュウの子供を押さえてくれたおかげで、ソルはリュウの子供に影響を及ぼしていた魔法陣を無効化する事が出来た。
きっと一人でも欠けていたら難しかった筈。
「わしの指示が良かったんじゃな」
ゴーコスさんが頷きながら呟くと、パパスさんとパガスさんが呆れた表情を浮かべた。
「アイビー」
お父さんに視線を向けると、お父さんは王都のある方を見ていた。
「お父さん、どうしたの?」
「複数の冒険者がこちらに来ている。ソラ達をバッグに入れてくれ」
お父さんの言葉を聞いて、王都の方の気配を探る。
本当だ。
えっと、4人?
いや、7人かな。
「分かった。皆、こっちへおいで」
ソラ達を呼ぶと、お父さんの話を聞いていたのか、すぐに集まってくれた。
皆をバッグに入れて、しばらくすると声が聞こえた。
「おーい、無事か? 怪我人はいないか?」
少し低音の男性の声に、ゴーコスさんが溜め息を吐いた。
「馬鹿もん。森の中で大きな声を出すんじゃない」
「げっ、ゴーコスさん!」
まだ姿は見えていないけど、男性の焦った気配が分かった。
その様子に、ゴーコスさんがまた溜め息を吐いた。
「えっと、すみません。怪我人はいませんか?」
さっきよりかなり抑えた声が聞こえると、木々の間からそっと顔をのぞかせる男性がいた。
「大丈夫です」
お父さんが答えると、男性はホッとした様子を見せて近付いて来る。
あれ?
他の人はこっちに来ないのかな?
気配から、どこかへ向かっているみたいだけど。
「他の冒険者達はどうしたんですか?」
「怪我人がいないか探しに行きました」
ジナルさんの質問に、男性は私達の様子を見ながら答えた。
「他の怪我人ですか?」
お父さんが不思議そうに男性を見る。
「はい。リュウが出たのはご存知ですか?」
「知っとる。リュウが出たのはここじゃ」
男性の質問にゴーコスさんが答える。
「えっ……。ここ?」
ゴーコスさんの答えを聞いた男性が、驚いた表情で周りを見渡す。
「本当にここ? それで、怪我人がなし?」
「そうじゃ。それで、リュウが出てどうしたんじゃ?」
「あぁ、それでですね。リュウの気配に怯えたのか、森にいた魔物が暴れ出しまして、一部の魔物が王都に流れ込んでしまいそうになったんです」
えっ?
王都に魔物が流れ込んだ?
男性の言葉に、お父さんもジナルさんも険しい表情を見せた。
「状況は?」
ゴーコスさんの問いに、男性は笑って頷く。
「大丈夫ですよ。流れ込むと言っても20匹程度だったので、王都にいた冒険者達で討伐しました。ただ、捨てられた大地から溢れた魔物はリュウ以外にもいたようで、森にいた冒険者達が怪我をしたという情報が入ったんです」
リュウ以外にも魔物がいたの?
もしかして、その魔物も魔法陣でおかしくなっていたのかな?
「それで、俺のチームと、あと2つのチームが冒険者ギルドから『ポーションを届ける任務』を受けて、こうやって森の中で怪我人を探しているという訳です」
「ポーション? あぁ、あの光ポーションかの」
んっ、光ポーション?
もしかしてソラ達のポーションの事かな?
ゴーコスさんの呟きに、お父さんを見ると微かに頷いた。
「はい、そうです。捨てられた大地から溢れた魔物に負わされた傷には、あのポーションしか効かないので。それに、瀕死の冒険者が多数出ていると言う情報もあったので」
ソラのポーションが皆の役に立っているんだね。
「あのポーション凄いですよね。俺の先輩も、あのポーションのおかげで命拾いしたんですよ」
そうなんだ、助かって良かった。
「そうじゃな。確かにあれは凄いポーションじゃ。わしも話を聞いた時は半信半疑だったんじゃが、目の前で傷が治るのを見て、驚いたもんじゃ」
ゴーコスさんまで認めてくれているのは嬉しいな。
「あの、それで……本当に、ここにリュウが出たんですか?」
「そうじゃ。なんじゃ、疑っておるのか?」
ゴーコスさんは男性を睨みつける。
それに慌てた様子で首を横に振る男性。
「疑っているというか……リュウが出たのに、誰も怪我をしていないとかありえないような気がして」
「まぁ、そう思うだろうな」
男性の呟きに、お父さんが頷く。
「本当よ」
声に視線を向けると、血まみれの服を着た女性達が姿を見せた。
「大丈夫ですか?」
男性が焦った様子で、マジックバッグから光ポーションを取り出した。
「大丈夫よ、怪我の治療はもうしてもらったから」
女性が首を横に振って言うと、男性は光ポーションをマジックバッグに仕舞った。
「ありがとう。持っていたポーションではほとんど治ってくれなくて、出血も酷いし、もう駄目だねって仲間と話していたら、あなた達の仲間が来てくれたわ」
「間に合って良かったです」
男性がホッとした表情で言うと、女性も嬉しそうに笑った。
「リュウの事だけど、この辺りの上空にいたのを見たわ。私達では助けにならないと王都に戻ろうとしたら横から上位魔物が3匹現れて……はぁ、死にそうになったのよ」
「そうでしたか」
女性の説明を聞きながら男性は空を見上げた。
「ところで、その光ポーションを作った人にお礼を言いたいんだけど、どこに行ったら会えるのか知らないかしら?」
女性が質問すると、女性の仲間も期待を込めた視線を男性に向けた。
「それが、このポーションについては全く情報がないんですよ。俺も先輩を助けてくれたお礼が言いたいと思って少し調べたんですが、止められたんです」
「止められた?」
男性の答えに女性が首を傾げる。
「えぇ、冒険者ギルドから『調べないように、迷惑がかかるから』と。まぁ、確かにそうですよね。誰が作っているのか分かったら、冒険者達が殺到するでしょうから」
「あぁ、それはそうね」
女性が残念そうな表情をする。
「冒険者ギルドに、お礼の手紙を渡してもらうようお願いしてみたらどうだ? 」
ジナルさんが、女性に声をかける。
それを聞いた女性の表情がパッと明るくなる。
「それはいいわね。って、ジナルさん?」
「気付いていなかったのか?」
ジナルさんと女性は、驚いた表情で顔を合わせた。
「ごめん。リュウを見て焦っているところに上位魔物が3匹現れるし、そのせいで死にそうになるし、死を覚悟したらぎりぎり助かるし……色々な事が起こり過ぎて周りが見えていなかったわ。でも、そう。ジナルさんがリュウ達を追い払ったのね。リュウの親の姿を見た時は、最悪な事を想像して泣いちゃったわ」
「俺だけの力じゃなく、皆のおかげだけどな」
ジナルさんが言うと、女性が私達を見た。
そして、頭を下げた。
「リュウ達を追い払ってくれてありがとう。王都には大切な人達がいるの」
他の冒険者達も、私達に向かってお礼を言って頭を下げた。
「ダッド、いるか?」
若い男性の声に、男性が視線を向ける。
「こっちだ。どうした?」
20代ぐらいの冒険者が姿を見せると、今来た方向を指す。
「意識のない冒険者が3名いた。傷が治ったけど意識が戻らないから、背負っていく事になったんだけど、手伝ってくれ」
「分かった。ゴーコスさん達は、冒険者ギルドに戻ったら話を聞かれると思うので待機をお願いしますね。では」
ダッドさんは、私達の返事を聞く前に若い冒険者と行ってしまう。
その様子を見たゴーコスさんが、呆れた表情をする。
「相変わらずじゃ。返事くらいは聞いてから行かんとな」
「意識が戻らない者がいるせいでしょう。そろそろ王都に戻りましょうか」
お父さんはそう言いながら、私に手を差し出した。
「ありがとう」
お父さんの手を借りて立ち上がると、まだ少し足が震えている事に気付いた。
しっかりしなくちゃ。
これくらいの事で震えていたら、捨てられた大地へは行けない。




