1069話 無効化と治療
ゴーコスさんは20個の雷球を受け取ると、網で作られたバッグを出して雷球に何か細工をし、それらを全て入れた。
そして、パパスさんとパガスさん、それにお父さんとジナルさんに魔物用のマジックアイテムの網を渡す。
「リュウの子供に向かって、上のボタンを押すんじゃ。リュウの体の一部に網がかかったら、それでよか。すぐに下のボタンを押して電流を流すんじゃ。上位魔物も動きを止める電流じゃ。4個分もあれば、リュウの子供でも、少しは動きを止められるじゃろう」
4人は頷くと、木々や岩の後ろに隠れながら移動した。
4人を見送りながら、ギュッと心臓の辺りの服を掴む。
さっきみたいに失敗したら、今度こそ誰かが怪我を負うかもしれない。
ソルだって、さっき飛ばされたし……。
「アイビーさん、大丈夫じゃ」
ゴーコスさんが私を見て優しげに微笑む。
「やるだけやって無理なら、皆で逃げようかの。いいと思わんか?」
「えっ」
私は驚いた表情でゴーコスさんを見る。
「無理なら逃げればええんじゃ。わし、まだ長生きしたいからのう」
ゴーコスさんは笑ってそう言うと、リュウの子供に向かって雷球が入った網のバッグを投げつけた。
バチバチバチ
きゅぅぅぅうう。
リュウの子供から今までとは違う鳴き声が上がり、体が大きく傾く。
「今じゃ!」
ゴーコスさんの言葉に、4カ所からリュウの子供に向かって網が放たれた。
リュウの子供が空に向かって顔を上げた瞬間、先ほどよりも大きな音がした。
バチバチバチバチバチバチ。
リュウの子供がビクッビクッと体を震わせて倒れる。
ソルは、倒れたリュウの子供に向かって跳びはねた。
「止めじゃ」
ゴーコスさんの掛け声で、電流が止まる。
ソルは、先ほどよりもしっかりとリュウの頭と上半身を包み込むことに成功した。
さすがに大きすぎるのか、全体は包み込めないようだ。
「……上手くいったようじゃのう」
「はい」
最初は少し暴れたリュウの子供も、今ではゆっくりと動きを止めて目を閉じ、大人しくしている。
それにホッとしながら、注意深くソルとリュウの子供を見る。
「凄いわね。ところで、あの黒いスライムはアイビーさんがテイムしているの?」
いつの間にか傍に戻って来ていたパパスさんに聞かれる。
「はい、そうです」
パパスさんは、私の傍にいるソラとフレムを見た。
「凄いテイマーだったのね。まぁ、上位魔物のアダンダラをテイムしているんだから、当たり前なんだけど」
パパスさんはそう言うとシエルを見た。
「ところで、あれは何をしているんですか?」
傍に来たパガスさんが、リュウの子供を包み込んでいるソルに視線を向ける。
そういえば、2人には何も説明していなかったなぁ。
「リュウの子供が、魔法陣の影響を受けているみたいなんだ。だから今、その魔法陣をソルが無効化しているところだ」
お父さんの説明に、パガスさんが驚いた表情を浮かべる。
「ぺふっ!」
満足げに鳴くソルに視線を向けると、ソルは既にリュウの子供から離れていた。
リュウの子供を見ると、なぜか体のあちこちから血を流している。
「怪我が酷いな」
「ぷっぷぷ~」
お父さんの呟きに答えるようにソラがリュウの子供を包み込む。
「あれは何を?」
パパスさんが首を傾げてお父さんを見る。
「怪我の治療だな」
「「……」」
お父さんの説明に、無言でソラを見る2人。
しばらくすると、ソラが満足げに鳴きながらリュウの子供から離れた。
皆が終わったと思っていたら、なぜかフレムがリュウの子供を包み込んだ。
「えっ?」
フレムは病気の治療だよね?
リュウの子供は病気だったの?
「あれは、なんの治療ですか?」
驚いた表情をしているお父さんに、パパスさんが聞く。
「……おそらく、病気?」
お父さんが少し困った表情で答えると、パパスさんが感心した様子で頷いた。
「リュウの子供は病気だったんですね」
パガスさんの呟きに、お父さんが首を傾げる。
「フレムが治療をしているから……たぶん」
お父さんが私を見るので、「たぶん」と呟いて頷く。
「てっりゅりゅ~」
フレムはリュウの子供から離れると、ソラとソルがいる場所に向かって嬉しそうに跳びはねた。
「終わったみたいだな」
ジナルさんがソラ達を見て呟く。
「ぴゅ~るるるる」
リュウの子供は倒れた体を起こし、ソラ達を見る。
そして、空に向かって綺麗な鳴き声を上げた。
「これは、どうしたものかのう……」
リュウの鳴き声を聞いたゴーコスさんが呟く。
「どうしたんですか?」
私の質問にゴーコスさんは困った表情を浮かべた。
「あれは、おそらく親を呼ぶ鳴き声じゃ」
ゴーコスさんの答えに、皆が驚いた表情をする。
「隠れた方がいいでしょうか?」
ジナルさんが、ゴーコスさんを見る。
「そうじゃの。親に見つかったら攻撃をしてくるかもしれん」
ゴーコスさんの話を聞きながら、隠れられる場所を探す。
「ぴぃいいい」
すぐ傍で聞こえた声に、全員が空を見上げる。
「あ~、手遅れじゃな」
大きなリュウが空を飛んでいる姿に息を呑む。
「ずいぶんと大きいな」
ジナルさんの言葉に、お父さんが無言で頷く。
空を飛んでいたリュウは、子供を見つけたのか降りて来る。
そして、リュウの傍にいる私達に気づいたのか、空中に留まるとジロッと睨むような視線を向けた。
その瞬間、体に強い圧を感じ全身が震え、息苦しくなる。
「これは凄いのう」
ゴーコスさんも顔色が悪くなっている。
「にゃ~ん」
シエルがリュウに向かって鳴く姿を見て、私は慌てた。
「シエル、危ない! あれ?」
リュウからの圧が消えた。
「ぴぃいいい」
「にゃうん」
リュウの鳴き声に、返事をするように鳴くシエル。
それが数回繰り返されると、リュウはその大きな体をそっと地面に下ろした。
「かなり長生きなリュウじゃな。ここまで大きなリュウは初めて見るのう」
「私はリュウ自体初めてですよ」
ゴーコスさんの説明に、パパスさんが緊張した面持ちで呟く。
リュウがシエルにそっと顔を近付けると、2匹の鼻が触れ合った。
2匹は数秒鼻を触れ合わせると離れ、そしてリュウは私の方を見た。
「アイビー、動くな」
「うん」
お父さんが私を守るように前に出た。
リュウは、そっと私達に近づくとお父さんを見て、次に私へと視線を向けた。
「ぴぃいいい」
リュウが私達に向かって鳴いた瞬間、不思議な感覚を覚えた。
それに首を傾げる。
「るるるる」
リュウの子供が甘えるように鳴くと、リュウはシエルにしたように鼻と鼻を触れ合わせた。
「あれがリュウの挨拶なのかな?」
私の問いにお父さんが肩を竦める。
「リュウの生態は全く分かっていないから何とも言えないが、そうかもしれないな」
リュウとリュウの子供の鼻が離れると、リュウの子供は私の方を見た。
そして、ふわっと浮かぶとそのまま私の傍に来る。
「どうしたの?」
声を掛けていいのか少し迷ったけど、なんとなく大丈夫な気がしたのでリュウに聞いてみた。
「ぴゅ~るるるる」
「えっと?」
「ぴゅ~るるるる」
リュウの子供は2回私に鳴くと、空に向かって飛んだ。
そのあとを追うようにリュウが空に向かう。
2匹は私達の上でくるくる回ると、そのまま捨てられた大地の方へ飛んで行った。
「「「「「……」」」」」
皆が去って行くリュウを無言で見つめる。
そしてあっという間に、その姿が見えなくなった。
「はぁ」
リュウの姿が見えなくなった瞬間、全身から力が抜けてその場に座り込んだ。
「アイビー」
お父さんが慌てて、私の様子を窺う。
「もう大丈夫だと思ったら、力が抜けちゃった」




