1068話 リュウの子供
「アイビー、リュウの子供が暴れていると冒険者ギルドに伝えてくれ」
お父さんは、私の様子を見て言い方を変えた。
おそらく私が、お父さんの言葉に戸惑ったからだ。
お父さんと一緒に旅をするようになってしばらくしてから約束した事がある。
それは、お父さんが「逃げろ」と言ったら、決して振り返る事なく逃げる事。
「守りながら戦うのは大変だから」といっていた。
それもあるだろうけど、きっと私を危険から遠ざけるためだろう。
そして冒険者になった時、お父さんだけではなくセイゼルクさん達からも言われた事がある。
「冒険者に大切なのは生き残る事。そして何が起こっているか伝える事。アイビーは足が速いから、問題が起こったら冒険者ギルドに伝える役目だ」と。
シファルさんの方が森の事は詳しいし、ラットルアさんの方が速く走れるし体力もあるのに。
私は皆の優しさに触れ「逃げろ」と言われたり問題が起こったら、役目をしっかり果たそうと思っていた。
でも心のどこかで、お父さんは強いからそんな事態にはならないと思っていたのかもしれない。
だって、「逃げろ」と言われたのに足が動かない。
「アイビー」
お父さんを見る。
「大丈夫だ。リュウを討伐したら、王都に戻るから」
「う、うん」
しっかりしろ!
速く冒険者ギルドに伝えて、援軍を送ってもらう事が今は大切なんだから!
「分かった。えっ?」
お父さんを見て力強く頷き、足に力を入れようとすると、パパスさんとパガスさんがいるため外に出ていなかったソラ達がバッグの中で暴れた。
「ソラ、大丈夫。すぐに――」
私の言葉を邪魔するように、動きが激しくなる。
「にゃうん」
シエルが傍に来て、ソラ達の入っているバッグを鼻で突く。
「ソラ、フレム、ソル。アイビーには冒険者ギルドに伝えてもらわないと駄目なんだ」
お父さんがソラ達に説明しても、バッグの動きはより一層激しくなる。
おかしい。
ソラ達がこんな時に、こんな動きをするなんて。
「皆、出たいの?」
「アイビー!」
私の問いに、バッグが動きを止め、お父さんは焦った様子で私の名を呼んだ。
「にゃうん」
シエルを見ると、私をジッと見つめている。
「お父さん、皆が何かを伝えたがっているみたい」
「……分かった。でも急げ」
「うん」
お父さんは少し悩んだが、すぐに許可をくれた。
ソラ達が入っているバッグを開けると、3匹が勢いよく飛び出してくる。
「ぺふっ! ぺふっ!」
ソルがリュウの子供を見ると、いつもより大きな鳴き声を上げる。
「にゃ~ん」
それに反応するように、リュウの子供に向かってシエルが鳴く。
「なんじゃ? どうしたんじゃ?」
暴れるリュウの子供と戦っていたゴーコスさんが、チラッと振り返る。
「アイビーさん、早く行かんか!」
ざわざわ……、ざわざわ……。
えっ。
ぞわっとした恐怖を感じ、体がビクッと震える。
ぎゃああああああああ。
「にゃ~ん」
ぎゃああああああああ。
ざわざわ……、ざわざわ……。
恐怖が増し、体が震える。
「アイビー? 大丈夫か?」
リュウの子供の様子を気にしながら、お父さんが私の肩を掴む。
この恐怖……もしかして?
空に向かって悲鳴のような鳴き声を上げるリュウの子供を見る。
「あの子が怖がっているの?」
「ぷっぷぷ~」
私の傍で跳びはねながら鳴くソラ。
どうして、リュウの子供がこんなに恐怖を感じているの?
何が原因?
「ぺふっ!」
ソルは私を見て力強く鳴く。
ソルが反応するのは、魔法陣が関係している場合だろう。
「ソル、リュウの子供は魔法陣の影響を受けているの?」
「えっ?」
「ぺふっ!」
私の問いにお父さんがリュウの子供を見る。
そしてソルは私を見て頷いた。
「ソル、その魔法陣を無効化出来るか?」
「ぺふっ!」
触手を出してやる気を見せるソル。
お父さんは、ソルの様子を見ると少し頬を緩ませた。
「それに、賭けるしかないな。リュウが暴れているけど、大丈夫か?」
「ぺ~」
「無理みたい。少し動きを止める事が出来たら、大丈夫?」
「ぺふっ!」
「ゴーコスさん」
ソルの答えを聞いたお父さんは、ゴーコスさんを見る。
ゴーコスさんはリュウの子供が暴れるのを抑えながら、私達の話を聞いていたのかフッと笑った。
「まさか、この年になってこんな経験出来るとは。人生は本当に面白いのう」
ゴーコスさんはそう言うと、パパスさんとパガスさんに視線を向けた。
「パパスさん、パガスさん。リュウの子供の動きを止めるのじゃ」
「「はっ?」」
少し離れたところで戦っていた2人が、険しい表情でゴーコスさんを見る。
「止める? この大暴れしているリュウをですか?」
パパスさんの問いに、ゴーコスさんが頷くと彼女は嫌そうな表情を浮かべた。
「少しの間だけでも、お願いします」
私がパパスさんに向かって言うと、彼女は目を見開いた。
「分かった。力が強いから本当に少ししか無理だと思う」
パガスさんがリュウの子供から少し距離を取ると、マジックバッグから太い縄を出した。
「パパス!」
「あ~、もうやりますよ! やればいいんでしょう?」
パガスさんの呼びかけにパパスさんは叫ぶと、マジックバッグから太い縄を出した。
「行くぞ」
ゴーコスさんがリュウの子供に向かって火の球を放つ。
それに反応したリュウの子供がゴーコスさんに向かって首を伸ばすと、パパスさんとパガスさんが縄をリュウの子供の首に掛けた。
「引くぞ!」
パガスさんの声に、2人は縄を下に引っ張り、リュウの動きを止める。
「ぺふっ!」
リュウの子供の動きが鈍くなった瞬間、ソルがリュウの子供に向かっていく。
そして、リュウの子供の上半身を包み込んだ。
「えっ」
パパスさんの驚いた声。
「パパス、力を弱めるな!」
「ごめん」
リュウの子供が体を暴れさせ、倒れた木々が四方に飛ぶ。
「きゃっ!」
その飛んだ木がパパスさんの方に飛び、縄を掴んでいる手が離れた。
「うわっ!」
リュウの子供が首を振り上げた瞬間、パガスさんの体が宙を舞う。
「パガスさん!」
私がパガスさんを呼ぶと、シエルが彼に向かって跳んだ。
そして落ちて来る彼の体を乗せると、地面に着地した。
「シエル、ありがとう」
「にゃうん」
ぎゃああああああああ。
ざわざわ……、ざわざわ……。
「っ……」
リュウの子供の鳴き声と同時に感じた恐怖に、足から力が抜けその場に膝をつく。
リュウを見上げて、そこにソルの姿がない事に気付く。
「ソルは?」
「ぺふっ」
コロコロと私の傍に転がって来るソル。
「アイビー、大丈夫か? ソルは、リュウの勢いに飛ばされたんだ。ここは危ないから、少し隠れよう」
お父さんの手を借りて立ち上がり、大きな岩の後ろに隠れる。
すぐにゴーコスさんとパパスさん達が来る。
「これを使うかのう」
ゴーコスさんが、どこからか3個のマジックアイテムを取り出す。
「それは?」
「魔物用の網じゃ。最近では人にも使うそうじゃがな」
お父さんの質問に、ゴーコスさんはマジックアイテムの状態を見て頷いた。
「この網をリュウの子供に引っ掛けて、ボタンを押せば、電流が流れ少しの間は動きを止めてくれるじゃろう。ただ、さっきより暴れておるのう……。少し落ち着くのを待つしかないじゃろう」
電流?
私はマジックバッグから雷球を取り出し、ゴーコスさんに見せる。
「これは役に立ちませんか?」
「おっ、雷球じゃな。何個持っとる?」
「雷球が流す電流は弱いですが、役立ちますか?」
パガスさんの質問にゴーコスさんは頷く。
「1個や2個では全く役立たんじゃろうな。でも、もっと多ければ動きを少し止めるぐらいは出来るんじゃよ」
マジックバッグに入っている20個の雷球を全てゴーコスさんの前に出す。
それを見てゴーコスさんは、感心した様子で頷いた。
「なんとかなりそうじゃ」




