1067話 逃げろ
「次はお父さんの試験だね。ところで強大化したノースは何処にいるの?」
私の問いにお父さんはゴーコスさんを見た。
「ゴーコスさん、巨大化したノースを探すところから試験を始めるんですか?」
「それじゃと時間がかかり過ぎるから、目撃された場所付近を探して見つからなかった場合は、試験は別の日になるんじゃ。もしくは、別の魔物じゃが……んっ?」
ゴーコスさんが話を止め、森の奥に視線を向けると動物や魔物の気配が大きく動いた。
「皆、逃げているみたいですね」
動物や魔物の気配を追うと、ある場所から慌てて逃げているように感じた。
「ノースなのかは分からんが、魔物達が一斉に逃げ出す何かがあったようじゃの」
ゴーコスさんはそう言いながら、お父さんを見る。
「どうする?」
お父さんはゴーコスさんを見返すと頷いた。
「行ってみましょう。ノース以外だとしても、原因を調べる必要があります。アイビー」
「何?」
「ゴーコスさんと一緒にいてくれ」
「分かった」
お父さんを見て頷くと、彼は微笑んで私の頭を撫でた。
「ノースだったら、頑張ってね。でも、無理だけはしないでね」
「あぁ、分かってる」
お父さんは武器を手に持つと先頭に立ち、動物や魔物が逃げていく原因へと向かった。
しばらくすると、地面が大きく揺れ木々の倒れる音が森に響いた。
「ノースだ」
ジナルさんが、木々の上に姿を現れたノースを指さした。
「そうみたいだな。この間のノースより少し大きいみたいだ」
お父さんの言葉を聞きながら頷く。
前に討伐したノースは、もう少しだけ小さかったような気がする。
「んっ? 前より大きい? 小さいという報告が来ておった筈じゃが……噂になっていたノースとは別の個体かのう?」
ゴーコスさんの話を聞いて、皆は周辺へと視線を走らせる。
「他にノースはいないようですね」
パパスさんが緊張した面持ちでゴーコスさんに言う。
「そうみたいじゃの。地下に潜る可能性があるから、気を付けんとな」
険しい表情を見せるゴーコスさんに、パパスさんとパガスさんが頷いた。
「まずは、暴れているノースを討伐しましょう。ドルイド、行けるか?」
ジナルさんは剣を手にして、お父さんを見る。
「もちろん。試験があるから最初は俺からだな。ゴーコスさん、アイビーをお願いします」
お父さんがゴーコスさんを見ると、彼は頷く。
それを確認したお父さんは、木々を倒しながら王都の方へ進んでいるノースに向かって行った。
その後をジナルさんとパパスさん、パガスさんが続く。
「わしらも行こうかの」
「はい」
ゴーコスさんが少し小走りになってノースのもとへ向かう。
その隣を一緒に走りながら、前方から聞こえてくるノースの雄叫びと剣のぶつかる音にドキドキした。
お父さんは強いから大丈夫だと信じている。
でも、やっぱり不安になる。
「アイビーさん、こっちじゃ」
ゴーコスさんが、急に走って行く方向を変えた。
それに首を傾げながらついて行くと、後ろで木々の倒れる音がした。
「えっ?」
振り返ると、さっきまで走っていた場所に大木が横たわっていた。
「こっちじゃ。こっちじゃ」
「はい」
ゴーコスさんを追いながら、お父さんに視線を向ける。
「ドルイドさんは強いの。上位冒険者で問題はなしじゃな」
ゴーコスさんの言葉に少し戸惑う。
今のが試験結果なのかな?
ゴーコスさんは、大きな木の前で立ち止まると振り返った。
「ゴーコスさん?」
「今、空気が揺れんかったかの?」
ゴーコスさんを見て首を傾げる。
「ごめんなさい、分からないです」
空気が揺れるってなんだろう?
「んっ? 謝る必要なんてないんじゃ。ちょっと……気になっただけじゃよ」
ゴーコスさんを見ると、微かに不安な表情をしていることに気付いた。
そんな彼の様子に、私はほんの少し不安になる。
「えっ、まさか」
ゴーコスさんが慌てて、お父さん達がいる方を見る。
「あっ、お父さんが倒した!」
首に深く刺さったお父さんの剣を見て、思わず手を叩いてしまう。
「凄いのう、アイビーさんのお父さんは」
ゴーコスさんが倒れていくノースを見て、私と同じように手を叩く。
「はい、お父さんは凄いです」
自慢のお父さんだからね。
それにしても、お父さんだけで巨大化したノースを倒してしまうなんて……。
「ドルイドさんのところに行こうかの」
「はい」
ゴーコスさんと急いでお父さんのもとへ行く。
「お父さん、おめでとう」
お父さんに向かって手を振る。
「アイビー、おめでとうって?」
「ゴーコスさんが、お父さんの戦っているところを見て『上位冒険者で問題なし』って言っていたから」
あれって、試験は合格って意味だよね?
私がゴーコスさんに視線を向けると、彼は笑って頷いた。
「親子で上位冒険者じゃな。おめでとう」
お父さんが、ゴーコスさんに向かって頭を下げる。
「ありがとうございます」
「それにしても、まさか一人で倒してしまうなんてね……」
パパスさんが、倒れているノースを見ながら呟く。
「巨大化した魔物はこれで3匹目だ。ノースは2匹目で、戦い方を知っていたからな」
お父さんの説明に、パガスさんは呆れた表情で首を横に振った。
「2匹目だろうが何匹目だろうが、普通の上位冒険者では無理ですよ」
上位冒険者の普通ってなんだろう?
「そうね。私とパガスだったら、まだ無理ね」
お父さんがパパスさん達の会話を聞きながら、マジックバッグに討伐したノースを入れた。
「よしっ、ドルイド。これ」
ジナルさんが、お父さんに1枚の紙を渡す。
その紙を受け取ったお父さんは、内容を確かめるとジナルさんにお礼を言った。
「ゴーコスさん、王都に戻りましょうか」
ざわざわ……、ざわざわ……。
「んっ?」
不意に不安な気持ちに襲われた。
原因は、自分でも分からない。
「どうした?」
お父さんが不思議そうに、服を掴んだ私の手を見た。
「あれ?」
無意識にお父さんの服を掴んでしまったみたい。
謝って離そうと思ったのに、なぜか言葉が出てこない。
その間にも、どんどん不安な気持ちが強くなる。
「アイビー?」
不安そうに私を見るお父さん。
「えっと――」
「やっぱり変じゃ。何かおかしい」
ゴーコスさんの緊張感のある声に、お父さん達がすぐに武器を手に取った。
ぎゃああ、ぎゃああああああああ
森にこだました少し高い鳴き声。
それが聞こえた瞬間、全身が震えた。
バサバサ、バサバサ。
空から聞こえた音に視線を向ける。
「嘘でしょ」
パパスさんの悲鳴のような声が聞こえ、隣にいるお父さんの息を呑んだ音が耳に入った。
バキバキバキ。
空からまるで落ちてきたかのように見えた魔物は、大量の木々をなぎ倒しながら止まった。
ぎゃぁぁ。
私達の方を見た魔物は、威嚇するように牙をむく。
「リュウ……」
ゴーコスさんは小さく呟くと、何処からか槍を出してリュウに向けた。
「ゴーコスさん、駄目だ。このリュウは体が小さいから子供だ。子供を少しでも傷つければ、親が来てしまう」
以前に見た、大きなリュウを思い出す。
そして目の前にいるリュウを見る。
「確かに小さいけど……」
「3mぐらいかな?」
お父さんを見ると顔色が悪い。
「アイビー、逃げろ」
お父さんの言葉に、服を掴んでいる手に力が入った。




