1066話 試験結果は?
スライムからアダンダラの姿に戻ったシエルを見て、パパスさんとパガスさんが目を大きくして固まった。
ゴーコスさんはそんな2人を見て、本当に楽しそうに笑っている。
「やっぱり、驚くより驚かす方が楽しいのう」
パパスさんがゴーコスさんを見て口をパクパクさせる。
「大丈夫かの?」
「大丈夫です! それよりゴーコスさん、説明くらいして下さい!」
「アイビーさんのテイムした魔物で、アダンダラのシエル。試験に参加するために元の姿に戻ったところじゃの」
凄く簡単な説明だな。
パパスさんを見ると、諦めたように溜め息を吐いた。
「はぁ。アイビーさんがテイムした魔物だから大丈夫っと。あっ、どうぞ続けて下さい」
ゴーコスさんはパパスさんの肩をポンと叩くと、私に視線を向けた。
「さて、それじゃ試験を始めようかの」
「はい」
でも、この試験は私よりシエルに頑張ってもらわないといけないんだけどね。
「シエル、この近くまで魔物を追い込んでくれる?」
「にゃうん」
嬉しそうに尻尾を揺らすシエル。
そして、何度か爪で土を引っかくと、一気に木の上に飛び乗った。
「あれは……やる気だな」
お父さんの呟きに、私も頷く。
「うん。尻尾の揺れがいつもより激しいし、目もキラキラしているよね」
どんな魔物を追い込んで来るんだろう。
私が対処出来ない魔物は連れて来ないと思うけど……。
シエルは木の上から森を見回すと、すぐにある方向をジッと見つめた。
そして私を見て、小さく鳴くと颯爽と走り去った。
私は、木の上に飛び乗るとシエルの気配を追う。
シエルの気配は、凄い速さで森の奥に向かっていた。
しばらく走ると急にシエルの気配が止まり、そして大きく揺れる。
きっと、魔物を追い込むために何かしたんだろう。
「来た」
エルの気配がこちらに近付いてくる。
「あれ? おかしいな」
弓を構えながら、シエルが追い込んでいる筈の魔物の気配を探す。
でも、その魔物の気配が捉えられない。
その事に少し焦っている間に、シエルの気配がどんどん近付いてくる。
落ち着け、落ち着け。
大丈夫、近付けば気配が分からなくても見えるようになるから、落ち着いて!
「にゃう~ん」
シエルの鳴き声に、微かにシエルとは別の魔力を感じた。
これか!
シエルが追い込んできた魔物の気配を捉えると、今いる木から隣の木へ飛び移った。
そして近付いて来る気配に、弓を構えた。
ドド、ドド、ドド。
足音が近付いてくると、緊張が高まっていく。
「えっ? あれって……」
木々の間から、シエルが追い込んでいる魔物の姿がチラッと見えた。
「嘘、もしかして……イーズイ?」
大きな体に、太い脚。
額には大きな角があり、尻尾は短いので、尻尾で攻撃してくることはない。
気を付ける事は、体当たり。
かなりの速さで体当たりしてくるため、冒険者ですらイーズイの攻撃から逃げられないと聞いた事がある。
本と冒険者から聞いた情報を思い出しながら、矢を当てる場所を決める。
「殺気が必要なら、向けさせたらいい!」
イーズイの足元に向かって弓を放つと、すぐに2本目を構える。
1本目の矢は、イーズイから殺気が向けられていないため、狙った場所から少しズレてしまう。
でも、イーズイが私の存在に気付いて、さらにシエルに追われている事もあって、強い殺気を向けてきた。
2本目はイーズイの目を狙って放つ。
「よしっ!」
イーズイの目に矢が当たったのを確認して3本目を構え、すぐに首元に向かって矢を放った。
イーズイの殺気が膨れ上がっていたおかげで、3本目の矢も狙い通りの場所に当てる事ができた。
ドサッ。
イーズイの大きな体が倒れると、すぐにシエルがイーズイの首元に嚙みつき、とどめを刺してくれた。
「はぁ、凄いの」
イーズイが動かなくなると、ゴーコスさんが感心した様子で呟く。
そしてイーズイの傍に寄ってから、私の方を見た。
「まさか、イーズイを選ぶとはの。驚きじゃ」
ゴーコスさんの言う通り、イーズイはかなり珍しい魔物だと言われている。
その理由は、森の奥から全く出てこないかららしい。
「シエル、ありがとう」
イーズイの傍にいるシエルに走り寄るとギュッと抱きしめる。
「にゃうん」
シエルを見ると、なんとも満足気な表情をしている。
「ゴーコスさん、試験結果はどうなりますか?」
お父さんの質問に私はドキッとする。
「イーズイは珍しいだけじゃなく、冒険者にとっては厄介な魔物じゃ。なんといっても気配が捉えずらいからの」
それで、近くに来るまで気配が捉えられなかったのか。
「気配を消して近付き、体当たりじゃ。それで何人の冒険者が亡くなったか。そんな魔物を討伐したんじゃ、合格じゃ。アイビーさん、上位冒険者に仲間入りに決定じゃ。おめでとう」
ゴーコスさんの説明に息を呑む、そして彼に向かって深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「アイビー、おめでとう」
お父さんが嬉しそうに言うと、傍に来る。
「ありがとう」
討伐したイーズイをマジックバッグに入れていたジナルさんが、私に視線を向ける。
「合格祝いをしないとな。何か欲しい物はあるか? あ、気にしなくていいぞ。金を出すのは俺ではなく金持ちだから」
ジナルさんの言葉に、私は首を傾げる。
「金持ち?」
誰の事だろう?
フォロンダ公爵だったら、そんな呼び方はしないよね?
「おそらく、フォロンダ公爵の事だろう」
お父さんが私の耳元で小さく呟く。
「どうして、金持ちだなんて言ったの?」
お父さんの視線が、シエルの傍にいるパパスさんとパガスさんに向かう。
あぁ彼らに、フォロンダ公爵と私に繋がりがあると気付かせたくなかったのか。
「なるほど。って、それは駄目でしょう」
「そうか? 喜んで払うと思うけどな」
フォロンダ公爵にとって私はなんなんだろう?
「彼にとってアイビーは、今まで自分の周りにはいなかった可愛い娘という感覚だと思う」
「今までいなかった?」
私の疑問に、ジナルさんが楽しそうに笑う。
「彼の周りには一癖、二癖では足りないほど癖の強い者達が集まっているからな」
癖の強い者達?
「そんな事はないと思うけど、アマリさんやスイナスさん、それにドールさんやフォリーさんは優しい良い人達だよ」
私の説明に、ジナルさんがなぜか微笑んでいる。
「アイビーはそのまま大人になれよ」
「えっ?」
今の会話から、どうしてそんな話に?
「あっ、それより」
ジナルさんが、イーズイの入ったマジックバッグを持ち上げて、私に見せる。
「討伐したイーズイ、どうする?」
どうするって、普通は冒険者ギルドに売るよね?
「イーズイは冒険者ギルドに売れないの?」
「珍しい魔物だから高値で売れるけど、全部売っていいのか?」
「うん。それ以外に何かあるの?」
「たまに、冒険者になれた記念として残しておく者がいるんだ」
お父さんの説明に、少し考える。
「シエルとの共同討伐だから、骨の一部を記念に残すのもいいね」
シエルが私を見て嬉しそうに鳴く。
うん、いいかもしれない。
「アイビー、それは普通に貰える」
「えっ?」
お父さんを見て首を傾げる。
「討伐した魔物の骨は加工して、冒険者になった記念としてもらえるんだ」
「そうなんだ、あれ? だったらさっきのはどういう意味?」
「ごめん、説明不足だったな。冒険者によっては、丸ごと残したり、気に入った部位を残したりする者もいるんだよ」
えっ、丸ごと?
つまり、そのままずっとマジックバッグに入れておくって事?
それに、「気に入った部位」って何?
前脚が気にったら、前脚を残すの?
「ちょっと、その考えは怖いかな」
「まぁ、普通はそういうだろうな」
それなら、どうしてわざわざ私に聞いたんだろう?
「冒険者ギルドは、売る前に討伐した本人に何か残すか確認を取るように言っているんだ」
お父さんが呆れた様子で言うと、ジナルさんが笑って頷いた。
「売った後に、揉めた事があるんだよ」
あぁ、だから事前に確認させるようにしているのか。




