1064話 ソルの反応
「それは放っておいて、冒険者になる為の試験について話をしようかの」
ゴーコスさんが私を見て微笑む。
「はい」
ギルマスさんの事が少し気になるけど、今の私にとって大事なのは試験だからね。
ゴーコスさんの前の椅子に座り、彼に視線を向けた。
「試験内容じゃけど、条件は『最低1匹の魔物を狩ること』なんじゃ。狩り方は自由で、アイビーさんが得意な方法を使っていい。だから、テイムしている魔物に協力してもらってもかまわんのじゃ。あ~」
ゴーコスさんの視線が、座っている私の隣にいるシエルに向く。
「目指しているのは中位冒険者か、それとも上位冒険者かの?」
あれっ、下位冒険者は除外された。
「上位冒険者を目指しています」
私の返事に、深く頷くゴーコスさん。
「そうか、上位冒険者を目指すんじゃな。でも、そんなに大物を無理に狩ってくる必要はないんじゃからな」
ゴーコスさんがシエルを見る。
「にゃうん」
「えっ?」
シエルの返事に驚いた声を上げるゴーコスさん。
「もしかして返事をしてくれたのかの?」
「にゃうん」
ゴーコスさんの質問に、シエルがもう一度鳴いた。
「ほぉ、凄いの~。アダンダラは知能が高い魔物じゃ。だからわしにも返事をしてくれるんじゃな」
「んっ?」
シエルだけじゃなく、ソラ達も返事くらいするよね?
ソラ達も、知能が高い魔物だからなのかな?
「なんじゃ?」
私の反応を見たゴーコスさんが首を傾げる。
「ゴーコスさん。彼女のテイムしている他の魔物も、返事をしてくれると思いますよ」
ジナルさんの説明に、私は驚いた表情で彼を見た。
「大丈夫。ゴーコスさんの様子からアイビーの味方になってくれるみたいだから、他の子達も紹介しておいた方がいいと思ったんだ」
ジナルさんがそういうって事は、ゴーコスさんって、もしかして凄い力を持っている人なのかな?
「他のテイムしている魔物も見られるじゃろうか? シエルを見ていると、他の子も気になるんじゃが」
興味津々の表情で聞いて来るゴーコスさんに、思わず頬が緩む。
「はい。皆、出てきて」
バッグの蓋を開けると、勢いよく飛び出して来るソラ達。
その勢いに驚いたのか、ゴーコスさんは目を見開いた。
「これはまた……珍しいスライム達じゃの。おぉ、噂の黒いスライムじゃな」
ゴーコスさんの言葉に首を傾げる。
「噂ですか?」
「あぁ、色々な場所で、魔法陣の上で踊っている黒いスライムが目撃されているらしいんじゃ」
魔法陣の上で、踊っている?
お父さんとジナルさんに視線を向けると、お父さんは首を傾げているけど、ジナルさんは笑っていた。
「ジナルさんは知っているの?」
「うん。黒いスライムの噂は、最初はあちこちの村や町からの目撃情報だったんだ。あまりに多いから、黒いスライムが大量発生したと噂された。それがしばらくすると『黒いスライムは魔法陣を見つけるのが上手い』と一部の冒険者達の間で噂が広がった。今では、一部の冒険者達の間で『黒いスライムが魔法陣の上で踊りながら無効化しているみたいだ』と、言われるようになったんだ」
一部の冒険者ってなんだろう?
それに踊りながら無効化?
「もしかして触手の動きが、踊っているように見えたのかな?」
「ぺふっ、ぺふっ」
「おぉ、それが踊りかの?」
えっ?
ゴーコスさんの楽しそうな声に慌ててソルを探すと、触手を持ち上げて上下に動かしていた。
「アイビーさん、これが踊りかの?」
「いえ、違うと思います。ソル、どうしたの?」
「ぺふっ?」
ソルは触手の動きを止めて、私を見る。
そしてもう一度、触手を上下に動かした。
「ソルが見ているのってギルマスじゃないか?」
お父さんがソルの視線の先を見て呟く。
「俺?」
ギルマスさんは、ソルを見て首を傾げる。
ソルがギルマスさんに?
でもソルが反応するのは、魔法陣かおいしそうと感じる魔力だよね。
「ギルマスさん、もしかして魔法陣を持っていたりしますか?」
「えっ? いや、そんな物は持っていないけど……」
私の質問に、驚いた表情で首を横に振るギルマスさん。
「ソル、ギルマスさんから気になる魔力を感じるの?」
「ぺふっ!」
私が見て嬉しそうに鳴くソル。
「それは、魔法陣に使われている魔力かな?」
「ぺふっ」
ソルがこの鳴き方をするという事は、ギルマスさんは魔法陣を持っている筈だよね。
「ギルマス、ポケットに入っている物を出してくれ」
真剣な表情で言うジナルさんに、ギルマスさんは戸惑いながらポケットの中の物を出す。
「出せと言われても、ペンと何かあった時に合図を送るマジックアイテム。それと――」
「ぺふっ! ぺふっ!」
ギルマスさんが合図を送るためのマジックアイテムを取り出すと、ソルがぴょんぴょんと跳びはねた。
「ギルマス。それを見せてくれ」
「あぁ、良いぞ。2日前に新しくなった物だ」
ギルマスさんはジナルさんに、マジックアイテムを渡す。
ソルの視線が、ギルマスさんからジナルさんに移った。
「ソルが反応をしているのは、間違いなくこれだな」
ジナルさんはソルの視線が変わった事に気付くと、手に持っていたマジックアイテムをソルに渡した。
「おい」
ジナルさんの行動を止めようとしたギルマスさんを、ゴーコスさんが止める。
「様子を見るべきじゃ」
「ぺふっ」
バキッ。
うあ~、ソルがマジックアイテムを壊してしまったけどいいのかな?
「あっ!」
「嘘だろう」
ソルが壊したマジックアイテムの内側に見えた魔法陣に声が漏れた。
ギルマスさんも気付いたのか、唖然としている。
「ソル、ちょっと待ってくれ」
ソルが魔法陣を無効化する前に、ジナルさんが止める。
「ぺふっ?」
それに不服そうな鳴き声を漏らすソル。
「ごめん、魔法陣を書き写させてくれないか? 重要なんだ」
「ぺふっ」
ジナルさんの説明を聞いたソルは、彼にマジックアイテムを渡す。
そして、ジッとマジックアイテムを凝視し始めた。
「急いで書くから、待ってくれ」
ソルの様子にジナルさんが笑いながら、紙に魔法陣を書き写していく。
そして書き写し終わると、マジックアイテムをソルに渡した。
「ぺふ~」
ソルの触手が魔法陣に触れると、描かれていた文字が薄くなっていく。
そしてある程度薄くなると、ソルはマジックアイテムを口に入れた。
パクッ。
「ジナルさんどうしよう」
「そのままでえぇ。見つけてくれたご褒美じゃ」」
ゴーコスさんが笑ってソルを見る。
「ぐしゃ、ぐしゃ、しゅわ~、しゅわ~」
ソルがマジックアイテムを消化し始めると、部屋の中に何とも言えない音が響いた。
「しっかし、本当に長生きはするもんじゃなぁ」
ソルをジッと見ていたゴーコスさんが、優しげに微笑むとソルの頭を撫でた。
その時に、彼が何か呟いたように見えたけど、声が小さくて聞こえない。
ただ、その時のゴーコスさんは、なぜか泣きそうに見えた。
「ありがとうな」
魔法陣を無効化し、マジックアイテムを食べ切ったソルに、ゴーコスさんがお礼を言う。
そんなゴーコスさんに、ギルマスさんは何も言わず、ただ彼の肩をポンと叩いた。
バタン!
「見つけた!」
「ひっ」
凄い形相で部屋に入って来た男性に、ギルマスさんが小さく悲鳴を上げ視線を逸らした。
「さて、ギルマス。行きますよ」
凄い、シファルさん並みの威圧感を感じる笑顔だ。
男性はギルマスさんの腕を掴むと、シエル達を見て少し驚いた表情をしたけど、すぐに去って行った。
「待て。今、ちょっと問題が――」
「朝から逃げ回っていたんですから、いい加減仕事しろ!」
朝からだったんだ。
「そんな事じゃろうと思ったよ」
呆れたように溜め息を吐き、お茶を飲むゴーコスさん。
「これは、どうしたらいいんだ?」
ジナルさんが魔法陣を描いた紙を皆に見せる。
「わしが対処しようかの。ギルマスが狙われたみたいじゃからの」
「お願いします」
ジナルさんが紙をゴーコスさんに渡すと、ホッとした表情を見せた。
「さて、試験に向かおうかの」
「あっ」
そうだ!
私は冒険者になる為の試験を受けに来たんだった。
ギルマスさんの登場と魔法陣の事ですっかり忘れてた。
「頑張ろうね、シエル」
「にゃうん!」




