1063話 ギルマスの相談役
お父さんと一緒に冒険者ギルドに入ると、なぜか冒険者の数が異様に少なかった。
「少ないな」
お父さんも同じ事を感じたのか、不思議そうに冒険者ギルドの中を見渡す。
「おはよう。冒険者達は、スキルを調べる会場に行っているから、こっちは少ないんだ」
ジナルさんの声に視線を向ける。
「皆、調べに行っちゃったの?」
少し驚いた声を上げると、ジナルさんが呆れた表情で頷いた。
「そう。遠くから見たけど、凄い状態だったよ」
お父さんもスキルが気になると言っていたけど、実際に調べるのはもうしばらく先になりそうだな。
「スキルを調べるだけなんだから、1週間もすれば落ち着くんじゃないか?」
お父さんの問いに、ジナルさんが少し考え込む。
「それはどうかな。スキルが増えている者達は落ち着くだろうけど、問題は失った者達だ」
「何か問題が?」
「スキルを調べたい者が殺到すると予想出来たから、1人につき1回だけ調べられる事に決めたみたいだ。普通は1度調べれば十分だからな」
そうだね。
数日でスキルに変化が起こるとは思えない。
「でも、スキルを失った者達はその事実が認められないのか、もう一度調べ直せと騒いでいるんだよ。しかも、当初の予想よりスキルを失った者が多いんだ」
「えっ? 多い?」
ジナルさんの説明に、お父さんが驚いた表情をした。
「そうなんだよ。冒険者になる時に、たとえスキルがあっても、しっかり練習を積む事が大事だと教えられていた筈なんだけど、練習をしていなかったみたいだな」
呆れた様子で話すジナルさんに、お父さんも苦笑した。
「それは自業自得だな。冒険者ギルドからは、スキルに頼り過ぎるなと再三言われていた筈なのに」
「まぁ、スキルの話はここまでにしよう。アイビー、とうとう冒険者だな」
「はい。ただ、試験に合格しないといけないけど」
私が不安そうな表情で言うと、ジナルさんが笑って私の肩をポンと軽く叩く。
「それは、絶対に大丈夫だろう」
ジナルさんがチラッとシエルの入っているバッグを見る。
私も、肩から下げているバッグに視線を向けた。
「この子達は大丈夫ですが、私が失敗するかもしれないので」
まだ殺気を感じられないと、矢を外す可能性が高いからね。
「気楽にな。一番の敵は緊張だから」
「うん」
ジナルさんは小さく笑って、私の頭をやさしくクシャっと撫でた。
「よし、行くぞ。話は通してあるから」
「うん、ありがとう」
ジナルさんの案内で、お父さんと一緒に冒険者ギルドの奥に進む。
「ここだ。アイビーの試験官は、ギルマスの相談役に決まったんだ。かなり揉めたらしいぞ」
楽し気に話すジナルさんに首を傾げる。
「どうして揉めたの?」
フォロンダ公爵が、シエルが試験に参加する事を伝えてくれたんだよね?
試験管を驚かさない為と、噂を広げないために。
もしかして、関わったらややこしいとおもわれたのかな?
「シエルを身近で見られるからだろうな」
なんだ、シエルを身近で見たいと思ったからか。
良かった。
「最後まで自分が試験官になると駄々をこねたのはギルマスだ。スキルの調査や暴れ回る冒険者を抑える為に、今は王都から離れられないくせいに。かなりしつこかったと、フォロンダ公爵が言っていたよ」
「悪かったな、しつこくて」
ジナルさんが部屋の扉を開けると、眉間に皺を寄せジナルさんを睨みつける男性がいた。
「はぁ、どうしてここに?」
ジナルさんが呆れた表情で男性を見る。
「……確認だ。いないのか?」
少し視線を逸らした男性は、私を見ると、落ち込んだ様子で呟いた。
「何が確認じゃ。ただ、見たいだけじゃろう」
落ち込んだ様子の男性の後ろから、少ししゃがれた声が聞こえた。
「すまんな。どうしてもアダンダラを一目見たいと、仕事を放り投げてきやがった」
目の前にいる男性は体格が良く、しかも扉のすぐ傍に立っているため、後ろにいる筈の男性の姿は全く見えない。
「やる事はやって来た」
男性が言うと、男性の溜め息が聞こえた。
「嘘をつけ。さっき、大量の書類を持ったオルフに、どこにいるか聞かれたぞ」
「げっ」
嫌そうに呟く男性は、そっと扉から顔を出して左右を確認した。
「まだ見つかっていないな、急いで部屋に入ってくれ」
男性が扉の前からどくと、年配の男性が部屋の中にいた。
彼が、少ししゃがれた声の持ち主なんだろう。
「悪いのう。君達が来る前に追い出すつもりだったんじゃが、本当にしつこくてのぉ」
嫌そうに男性を見る、年配の男性。
「目の前で見られるかもしれないんだぞ。仕事なんてやっていられるか」
あっ、本音が出た。
「ギルマス……まぁ、その気持ちが分からんではないからの」
年配の男性が肩を竦めると、私を見た。
「はじめまして、ギルマスの相談役をしている、元ギルマスのゴーコスじゃ。今日はよろしく頼むぞ」
「はじめまして、アイビーです。今日はよろしくお願いいたします」
深く頭を下げてゴーコスさんに挨拶をする。
「アイビー」
「はい」
皆の話を聞いていると、目の前にいるこの男性が冒険者ギルドのギルマスさんなのだろう。
その彼に視線を向けると、真剣な表情で傍に来た。
「シエルという子は、今どこにいるんだ?」
ギルマスさんの質問に、お父さんへ視線を向ける。
「彼等は味方になってもらう人達だから、隠しておく必要はないだろう」
「うん、分かった」
私は頷くと、肩から下げているバッグの蓋を開ける。
「シエル。出てきていいよ」
「「えっ?」」
私の行動を見て、首を傾げているゴーコスさんとギルマスさん。
アダンダラだと聞かされていたのに、バッグの中に声を掛けたから不思議なんだろう。
「にゃうん」
シエルはバッグから飛び出し、周囲を見回した。
そして二人の男性に視線を向け、鼻をひくひく動かす。
「あれ? スライム? 柄が珍しいけど、スライム?」
混乱した様子でぶつぶつ言うギルマスさん。
ゴーコスさんは、ジッとシエルを見つめている。
「ふむ。この子がシエルなんじゃね。そして、アダンダラという魔物」
「はい」
「いや、スライムだろう? アダンダラが変化するなんて、聞いた事がないぞ」
ギルマスさんが不思議そうに言うと、シエルにそっと近付いた。
「アイビー、元の姿に」
お父さんが小さな声で私に呟く。
「うん。シエル、元に戻っていいよ」
「にゃうん」
私の言葉に反応して、シエルが元の姿、アダンダラの姿になった。
「うわっ」
傍に寄っていたギルマスさんが、声を上げて2歩シエルから離れた。
ゴーコスさんは、目を少し見開くと笑い出した。
「あはははっ。長生きはするもんじゃな。こんな凄い光景が見られるとは驚きじゃ」
「驚いた。えっ、アダンダラって変化ができる魔物だったのか」
「違います」
ギルマスさんの言葉を、慌てて否定する。
「んっ?」
「魔石だ。姿を変えられる魔石の力を使っているんだ。それより、そろそろ落ち着いて話をしないか?」
ジナルさんに視線を向けると、お茶の用意をしていた。
そして、私達の方を見て、椅子を指した。
「皆、座れ。今日は、アイビーの冒険者登録をしに来たんだ。アダンダラのお披露目ではないぞ」
「あぁ、そうじゃったな。すまんね」
ゴーコスさんは謝ると、椅子に座りお茶を飲んだ。
「久々に興奮したせいじゃな。喉がカラカラじゃ」
「うぅ、触りたい」
ギルマスさんが、シエルを見て呟く。
「ギルマス、座ってくれ」
ジナルさんの注意に、恨めしそうな視線を向けるギルマスさん。
ゴーコスさんは、それを見て呆れたように溜め息を吐いた。




