1062話 それぞれの思い
ジナルを見送った後、アイビーを見ると、彼女はシファルから体幹運動を教わっていた。
「アイビーって、今も体幹運動しているよな?」
ラットルアがアイビー達を見て、俺に聞いてくる。
「これまでアイビーがやっていた体幹運動は、基礎や初心者レベルだったと思う。今シファルが教えているのは、中級レベルなんじゃないか?」
「そうみたいだな。俺もシファルにやらされた事があったのを思い出したよ。あれ、結構きついんだよ」
「きついのか……」
ラットルアが真剣な表情で俺を見る。
「まさか、ドルイドがアイビーを、上位冒険者にしようと考えているとは思わなかったよ」
「そうか?」
上位冒険者になれば煩わしい事は増えるけど、発言力もあるし、力も手に入る。
だから中位冒険者より、上位冒険者のほうがいいと思った。
「あぁ。アイビーは『捨てられた大地』へ行くために冒険者になるって言うと思った。でも、ドルイドが止めると思ったんだ」
「アイビーが真剣に考えて出した答えに反対するのは良くないだろう」
「そうだけど、目指すのは『捨てられた大地』だぞ? 今までとは危険度が違う」
険しい表情を浮かべるラットルアの肩を、俺は軽く叩く。
「アイビーは、あの場所がどれだけ危険なのかちゃんと考えているよ。だから、あんなに必死になって力を得ようとしているんだ」
シファルの注意を真剣に聞いているアイビーを見る。
俺はアイビーが、自分の未来について考え、そして悩む姿を何度も見てきた。
その姿を見るようになったのは、未来視から受け取った本を読んだあとからだ。
これまでアイビーは、彼女を助けた占い師に導かれるように行動していた。
もちろん、どう行動するかはアイビーが決めていたけど。
それでも、最終的に行き先を決めたのは占い師だった。
でも、あの本と出会っ事で、アイビーは真剣に自分の未来について考え始めた。
「俺は、アイビーが本気で弓を習うと決めた時、思ったより決意が遅かったなって思ったんだ」
「えっ?」
ラットルアは驚いた表情で俺を見る。
そんな彼を見て、微笑んだ。
「だってアイビーは、守られているより、隣に立つ事をずっと望んでいただろう?」
「あぁ、そうだな。俺達やシエル達に守られている事を良しとせず、出来る範囲で一緒に戦っていたな」
ラットルアはアイビーを見て優しい表情になる。
「だから、遅かれ早かれアイビーは『戦う術を手に入れたい』と言うと思っていたよ」
おそらくシファルも気付いていた筈だ。
それでなければ、どうして彼の体に合わない弓を持っていたのか説明がつかない。
シファルとアイビーの腕の長さは、まったく違うのだから。
アイビーは、その事に気付いていないみたいだけどな。
「俺が用意した剣は無駄になったな」
「んっ?」
「なんでもない」
「でもさ、まだ11歳のアイビーが上位冒険者になったら注目を浴びるんじゃないか?」
「そうだな。けれど、登録するなら今なんだ。冒険者達も、しばらくは自分達の事で手一杯だろうからな」
レアスライムをテイムしているテイマー達が、あちこちで冒険者登録をしていると聞いた。
そして、スキルの事で混乱するだろう今が、最適な時期なんだ。
「ん~」
納得出来ない様子のラットルアに視線を向けた。
「アイビーに、弱みを作りたくないんだ」
「えっ?」
「隠し事は、弱みになる。今は、フォロンダ公爵の力で貴族達は大人しくしている。でも、彼等はなんていうか……また復活してくるだろう?」
「復活……。ぷっ、そうだな。悪事を働いた貴族達が、消されたのを何度も聞いてきた筈なのに、なぜか数年後に出てくるんだよな」
ラットルアが楽しそうに笑う。
「そうなんだよ。しかも出てくるのが早くないか? せめて10年くらいは大人しくしているかと思ったのに、2、3年で何かし始める。あいつ等は本当に過去から学ばないよな」
悪事を働いて自滅していくなら、放っておけばいい。
けれど、ああした連中は他人の弱みを見抜くのが上手い。
「だからシエルの事も隠さず、上位冒険者か」
「あぁ。それに、フォロンダ公爵がアイビーを守るために権力を使うのも、あまり良くない。それが何時か二人の弱みになり、アイビーが狙われる原因にもなりかねない」
「それは、あるな」
貴族達は、数年もすればフォロンダ公爵の弱みを握ろうとし始める。
その時に、アイビーが目をつけられたら厄介だ。
「アイビーは、自分がフォロンダ公爵の弱みになっていると知ったら、きっと悲しむ」
「そうだな」
俺の説明に、納得した様子で頷くラットルア。
「俺達のように、弱みを握って優位に立てると勘違いしている屑共を利用できるほど、アイビーは腹黒くないからな」
「俺達? えっ……まさか、俺も含まれているのか?」
「当然だろう」
ラットルアが不満げに俺を見るが、絶対に一緒だろう。
「俺は、ドルイドやシファルほどではないと思うけどな」
呆れた表情でラットルアを見ると、彼はスッと視線を逸らした。
そういえば、ラットルアは前もシファルよりましだと言っていたような?
「まぁ、いいけど。アイビーは『自分も俺達に似てきた』と言うけど、根っこの部分は本当に優しい。俺達のように、結果のためならどこまでも非道な判断が出来るわけじゃない」
「そうだな。アイビーは、酷い幼少期を過ごしたけど、人に優しいよな」
ラットルアが、不思議そうにアイビーを見る。
「なぁ、アイビーには前世の記憶があるんだろう?」
ラットルアが声を潜める。
「うん」
そういえば、前世の存在が薄れたと言っていたな。
あれから、どうなったんだろう?
「それが、アイビーが優しく育った理由なのか?」
それは、俺も考えた。
親に捨てられ、殺されかけたのに、アイビーは人に対して優しいからどうしてだろうと。
アイビーは、占い師がいたからだと言っていたけど、おそらく前世の記憶も関係しているんだろう。
「たぶん、影響はあったと思う」
「そうか」
おそらく、体幹運動の方法を紙に書きだしたんだろう。
その紙を見ながら、話をするアイビーとシファルを見る。
「アイビーが上位冒険者か」
しみじみ言うラットルアに視線を向けた。
「どうしたんだ?」
「いや、俺はアイビーに何をしてやれるかなって思ってさ」
真剣に悩みだすラットルア。
「ラットルアは、そのままでいいだろう」
「んっ?」
「ラットルアは、アイビーにとって頼りになる兄だよ。一緒に甘味を食べて、一緒に騒いで笑って。楽しい時間を過ごせる、そして何かあったら相談できる相手だ」
ラットルアと甘味について話している時のアイビーは、本当に楽しそうだからな。
ソラ達と一緒に遊んでいる時も、ラットルアが混ざると笑い声が増える。
「兄か」
ラットルアは、ジッとアイビーを見る。
「そうか。このままでいいのか」
ラットルアは兄弟を亡くしている。
だから、きっと色々と考えてしまうんだろう。
「あぁ、そのままでいい」
「そうだな。うん。俺はアイビーの兄だ」
フッと嬉しそうに笑うラットルアを見る。
「ちょっと俺も参加して来る」
楽し気にアイビー達の傍に寄り、話に加わるラットルア。
何を言ったのか、アイビーが笑顔になった。
「俺も冒険者登録をする準備でもするか」
あれ?
冒険者の再登録って、何が必要なんだったかな?
「最弱テイマー」を読んで頂きありがとうございます。
すみませんが、11月6日(木)の更新をお休みいたします。
次の更新は11月9日(日)です。
本当にごめんなさい。
ほのぼのる500




